第13話 捜索作戦

「だぁぁぁ! 今、思い出してもむかつくぜぇえええええええええええええ!!」


 ズガガガガガガガガガガガガガガガガガッ!!


 姉・陽子ようこは、こちらが事務所に来るや否やといったタイミングで、急に僕の頭を両手で掴み、そのまま何度も膝蹴りを繰り出してきた。何度も何度も膝蹴りを受けて鼻の骨が折れるんじゃないかと思ってしまうのだが、悲しいことにこうなることは珍しくない。

 だから、痛いけど、歯向かったらそれ以上痛い目に遭うとわかっているので、抵抗する気にもなれない。耐えるしかないのだ。

 こうして、今日も僕の顔はぐちゃぐちゃになり、心は理不尽でマヒしていく。


「それで、いったい何があったのですか?」

「ふむ」


 瑠華るかからの質問を受けて、姉さんは冷静さを取り戻す。僕への攻撃を止め、きちんと自分の足で立った。僕は顔面を片手で抑えながら膝をついた。

 瑠華、ナイスフォロー。

 ちなみに、オフィス入りするということで、瑠華は天真PMCの制服に、ロッタは動きやすいジャージに着替えていた。僕は、普段着が戦闘服同然だから、いつも通り。


「まさか、あいつ単独で魔法を使うなんざ、夢にも思わなかったわ。あいつ、こちらの隙を見て、屋外に出たところで空を飛んで逃げやがったのよ。簀巻きにされた状態でな」

「あれ? 魔法は使えないって……」


 ロッタを見る。これはコイツからの情報提供なのだから。


「脱出用に、ルーンを刻んだ魔法石のようなものを隠し持っていたのでしょうか? 通常なら、アールマイトを媒体にアレコレするんですけど、そこまで彼のことを見ていたわけじゃないので」

「わかるわぁ~」


 ロッタの解説に、姉さんは腕組みしながら頷く。たぶん後半に反応したっぽい。

 それにしても、空を飛ぶ簀巻きの人間か……。見てみたい気もする。


「でも魔法かぁ。ここにいるのが全然そういう方向で需要を見せないから、てっきり夢物語だと思ってたよ」

蒼次郎そうじろう。どうしてそこで私を見るの?」


 ロッタは、本気で不思議そうな顔をしている


「君からは、魔法の話はあまり聞けなかったもんだからね」

「アセイシルなんて興味ないから、どんな魔法を使うかなんて知ってるわけないじゃない」


 哀れ、アセイシル。ここまで興味を持ってもらえないなんて……。


「でも、人間、誰にでも一つは取り柄というものがあるという証拠でもあるわね」


 今のロッタの法則に基づけば、彼女の取り柄は「厚かましさ」といったところか。ストレスの多い現代社会においては割と重要なスキルなのだと、姉さんが話していたことを思い出す。


「ならば、これから追跡でしょうか?」


 瑠華が、窓の外から見えるレッドフェニックスを見る。左肩に「02」の文字がペイントされているということは、あれは2号機ということか。


「隊長、今からでも私と蒼次郎とで、捜索隊に参加するべきでしょうか?」

「えっ? 私も行かなくてはならないんですか? 戦闘じゃないのに?」


 ロッタはマテリアムヴェインの起用を提案されたと思い、身構えたが、


「いや。留守番で構わん」


 姉さんは首を横に振った。


「ワカメ野郎は、自分のアールマイトを探しているはずだ。ここでお前達が下手に動けば、おじいちゃんの家を探り当てられかねんからな。よって、お前たちは捜索隊に加わる必要は無い」

「おおっ!」


 ロッタが目を輝かせるが、


「だが、家に帰ることも禁ずる」

「えぇぇぇ……」


 一転して、がっくりと肩を落とした。


「見たいドラマがあったのに……」

「そうなの?」

「アマスンプライムビデオだけどね」

「お前も簀巻きにしてやろうか」


 いつでも観れるじゃねえか。


「いやね、蒼次郎。私、SMよりねっとり愛されたいタイプなんだけど?」

「クネクネしてんじゃない、みっともない」


 なんでこの流れで照れ臭そうに出来るんだ?


「そうですよ、ロッタ。場と立場と分を弁えてください」


 さすがに、瑠華からも叱られていた。


「な、何よ急に……?」

「この世界において、あなたはお姫様ではなくただの食客であるという事実はお忘れなく」


 瑠華は瑠華で、いろいろ容赦がない。休みの間に、かなりロッタと親しくなったようだ。


「これは……意外だな」


 姉さんが、僕の肩に腕を回してきた。


「まさか貴様が二股とは」

「身に覚えがないんですけど?」


 瑠華はともかく、ロッタに手を出そうなんて思ったことは一度もない。


「まあ、お前には女性関係で死ぬ前にもう一働きしてもらうからな? やり遂げるまでは死ねると思うんじゃあないぞ」


 我が姉は、とことん弟を使い潰すつもりらしい。


 バカ話も程々に、僕たちは会議室に移動した。横に長いテーブルにつき、姉さんからの報告を聞くことになる。


「さて、捜索隊からの報告が上がる前に、お前たちにはワカメから引き出した情報について話しておかなくてはならんな」


 この場では、ワカメ=アセイシルと解釈しろというわけだ。


「仮にも宮廷魔術師でしたからね。いろんな筋から情報を得ていてもおかしくないでしょう」

「ふむ。脱出することに全神経を集中していたからか、本来なら機密に相当するような情報でも、結構ベラベラ喋ってくれたぞ。なんせ、エイムの出処についてだったからな」

「エイムの!?」


 姉さんは得意げに胸を張り、空を指す。


「順を追って話そう。まず、エイムがウルトラボードから生み出されていることは、既に承知しているだろう?」


 みんなが、首を縦に振る。

 実際、不用意に手を触れた人をウルトラボードが吸収して、そこからゾンビのような奴らが出てくる映像を、ニュース番組で流されていたのを見た。

 あれは、いつ見ても慣れそうにない。


「そのウルトラボードを送り込んだのは、異星人だと言われている」

「そ、そうなのですか!?」


 驚愕するロッタ。それを、姉さんは冷ややかな目で見ていた。


「……宮廷内では、有名な話だと聞いたが?」

「勉強は苦手なのです」


 食う寝る遊ぶ以外にやること無いのか、この女は?


「詳しいことはワカメもわからないようだが、予想としては、ウルトラボードを送り込んだ異星人と思われる連中は、向こう側の地球にいる生物に、何かしら干渉しようとしていた可能性があるという。あるいは、地球を実験に使うフラスコのようなものと思っているのかもしれないな」

「どこぞの、宇宙の旅みたいな話だね……」

「気にはなるが、とりあえずこいつらの問題は置いておく。奴らの手段であるウルトラボードを攻略しないことには、突破口を探ることすら出来ないしな」

「すぐにどうこう出来る問題ってわけでもないしね」


 ウルトラボードの調査すらままならない状態なんだ。その送り主の正体を探るなんて、夢のまた夢の話だ。将来的な目標を考えるのは良いけど、そのためにもまずは現在をなんとかしなくてはならない。


「今は、あのワカメを捕まえてオシオキする方が先ってわけだね」

 

 姉さんは、「そうだ」と答える。


「人類が目指すのは、ウルトラボードがもたらす被害を抑える方法を見つけること。今回、あのワカメを捕まえたことで、貴重な情報が多少は手に入ることになる」

「でも、逃げちゃったんでしょ?」

「だからもう一回捕まえるんだよ!」


 しかし、姉さんは「だが!」と声を張り上げ、着目するべき問題を変える。


「繰り返すになるが、その前に私達も今一度、現実に起こっている事について整理しよう」

「整理って、何を?」

「ウルトラボードの存在の、どういうところが迷惑かってことだよ。なんで、あれが面倒な物体だと思われているのか、お前らも考えてみろ」

「うぅ~ん……」


 普通なら、「そんなことしている時間なんて無いよ!」と言うべきところだ。

 だけど、僕は天真陽子という女が、意味のないことはしない女であることを良く知っている。一見、何も関係のない話題かも知れなくても、紐解いていけば、きっとこれから僕達がすることにも、大きな関わりを持つのかも知れない。


「えっと……じゃあ、まずは事例を挙げていくかね。初めからさ」


 まずは、確認されている被害を整理する。


「場所は、私が元いた世界。人間をエイムに変えること……よね?」

「そうだね。ついでに言うと、ふたつの世界の時間が並んで流れていると仮定して言えば、たぶん後で、僕らの世界でも」


 ロッタの言うことは正しい。人類を材料に人類の敵を作るなんて、明らかに迷惑だ。


「巨大なエイムを生み出すことも挙げられるわ」


 瑠華の言うことも正しい。人間以外の動物を模した巨大なエイムは、ただひたすらに破壊と殺戮を繰り返す。既存の戦力では一匹のエイムを倒すだけでも、大きな損害を覚悟しなければならない状態だ。これを脅威と呼ばすして、なんという。

 ならば、今度は僕が挙げよう――と思ったんだけど、


「……あれ? こんなもんじゃね?」


 他に、思い浮かぶ言葉が無くなっていた。

 そんな僕を見て、姉さんはため息をついた。


「……万物に共通することだが、目の前のことに囚われて問題の根っこの部分を見れないのは、未熟者の証だな」

「うっ……!」


 妙に、胃にズッシリ来る言葉だった。なんというか、思慮が浅いというよりも、人としての在り方そのものにメスを入れる必要がある――そんな物言いに聞こえてならない。

 ちなみに、ロッタと瑠華も僕と同じような顔をしていた。彼女達としても、僕と同じように、三つ目の問題点を挙げることが出来なかったということか。


「ただまぁ、順を追っていく上ではとっかかりにはなるだろう。最初に目撃された事例でもあるわけだしな」

「揚げ足を取らなくても……」

「あれは本心だぞ。成長しろバカ」


 罵倒を合図に、検証が始まった。


「では、こちらの世界での事例だ。まず、ウルトラボードがメキシコに現れた。そこから現地の人間を取り込んで、人型の歩兵と巨大さが売りの生物兵器を生み出した。これらは、小型と大型という分類に分けられるものの、基本的にはエイムという呼称は統一されている。ウルトラボードから生み出された化け物は、例外なくエイムというわけだ」


 元が地球の生物だとしても、ウルトラボードは確実に地球の外から来た。そんな物体によって宇宙的要素を組み込まれて改造された生物は、地球外生命体として扱われる。

 そんな連中が懐に飛び込んできたというのに、未だに健在というメキシコという国は、ものすごい底力をもつ国だと思う。もしかして、世界最強なんじゃないか?


「その後、ウルトラボードはメキシコ以外の場所でも点在していることが判明した。だが、そのほとんどが、人里離れた無人島や、海中だ。なのに、人間を取り込んた歩兵エイムは地球全体にその勢力を広めている……これが、どういうことかわかるか?」

「……噛みつかれたら、ウイルスに侵されて仲間にされちゃうとかかな?」

「人類はエイムにとっては単なる餌だ」


 姉さんがこういう物言いをするということは、ゾンビゲームとかでよくある、噛みつかれたらゾンビになる『感染』のような事例は確認されていないということだろう。

 そこだけは、ちょっとだけホッとした。空気感染というものの恐ろしさは、何年も前に猛威を振るったという変異型ウイルスによるパンデミックで、嫌という程思い知らされたのだから。


「ロッタはどう思う?」


 異世界人ならではの常識の違いからくる、予想外の返答を期待し、話を振る。


「単純に、泳いで渡ったとかですかね?」

「なんて原始的な……」


 紀元前の世界から来たのかコイツは?


「だが、悪くない発想だ」

「そうなの!?」

「そうでしょうそうでしょう!」


 意外にも、姉さんの意見と近かったらしく、ロッタは勝ち誇った笑みを浮かべながら僕の肩を揺すってきた。


「実際、歩兵エイムは泳げないが、ある程度水中での活動は可能とされている。海を渡ってくる個体がいないとは限らない」


 そうといわれると、わかる気がしないでもない。

 以前、家の近くに流れる川に歩兵エイムを落としたことがある。活動に酸素を必要とするならば、そのまま溺死すると思ったけど、何分経っても動きは止まらず、放っておけばまた上がってきそうな勢いだった。あの時はすぐにトドメを刺したけど、放っておいたら沈んで終わり――とはならなかったと思う。

 ふむ。ロッタの単純さは、本気で見習った方が良いかもしれない。


「だが、それだと他国が一斉に慌てるような事態にはならないだろう。仮に歩兵タイプが泳げたとしても、海を渡りきるのには、どれほどかかるか見当もつかないからな」

「では、なぜ?」

「……なぜだと思う?」


 瑠華の質問に、姉さんは質問で返した。

 瑠華は一考し、口を開く。


「……運ばれた、ということでしょうか?」

「誰に?」

「今の人類に、エイムを利用するといった発想は難しいと思いますが……」


 それでも、瑠華の顔は、自分の中で確信を得たと主張しているように見える。

 確かに、彼女のいう通り、エイムが日本を含めたメキシコ以外の国で暴れるには、移動時間が気になる。それに、人々が脅威に感じるのは、相手の未知の戦闘力だけじゃなく、その繁殖力にもある。物量戦で挑んでくることも珍しくないのだ。

 そんなことができる理由が、きっと何かあるはずなんだけど。

 そう思った所で、僕は先日の事件を経て確認した、重大な事実を思い出した。


「……そうだ! ウルトラボードだ!」

「「えっ?」」

「戦闘とかでドタバタしてたから忘れてたけど、近所の漁港からウルトラボードが出たんだよ!」


 あの後、警察の調査でもウルトラボードが発見したという発表が無かったから秘匿しているのかと訝しんだもんだけど、もしかしてエイムは――


「あれを使って、ワープしてきたのかも……」

「えっ?」

「簡単に見つけられない場所に隠して、そこから各地で生み出したエイムを送り込んで……その上で、また現地で新しくエイムを作ってたりしてるのかも!」

「蒼次郎、熱くならないで」


 興奮気味に話してしまったせいか、瑠華は「落ち着いて」と言わんばかりに僕の胸を軽く叩く。

 そうだ。

 そうでなければ、警察が発表をしないわけがない。おそらく、確認をした警官は、全員あの時のエイムに殺されてしまったか、エイムに変えられてしまったんだ。そう考えると、あの時のティラノザウルスみたいなエイムが僕とじーちゃんを執拗に狙っていた理由も、説明がつくはず。

 あいつの目的は、ウルトラボードの目撃者を始末すること。それなら、僕とじーちゃんがあの恐竜エイムに執拗に狙われ続けたことにも、説明がつく。

 そして、この事実から判明する、決定的事実。


「ウルトラボードは複数存在して、転送装置の役割も兼ねている……」

「ロッタ姫のこともある。その範囲は、次元の壁の向こう側にも及んでいるかもな」


 周りの空気が、一気に重苦しいものに変わる。


「……姉さん、対策はあるの?」

「現状、無い。今の人類では、ウルトラボードの破壊は不可能だ。ミサイルによる爆発にも耐える物体を、どう破壊しろっていうんだって話だ」


 そのせいで、メキシコの地図に大きな穴が出来たのに、ウルトラボードは相変わらずそこに位置し続けている。


「なら、見つけにくい場所を捜索し直すとかしてさ――」

「お前程度が思いつきそうなことは、既に試した」

「そ、そっか……」


 重苦しいため息と共に、窘められた。


「ただし、ウルトラボードが転送装置としての機能を有しているかどうかは、調査の必要性ありと、上に提案してみるがな」

「そ、そうだね……出処がわかれば、出来ることもあるだろうし」

「うむ。今回だけは褒めてやろう」


 姉さんが、気まずそうに顔を逸らす。試してなければ、始めからそう言えば良いのに。


「そういえば、ロッタさん」


 瑠華がロッタに尋ねる。


「あなたの国では、ウルトラボードを利用する方法とかは、誰かが確立していたりはしなかったのですか? マテリアムが普及していたということは、確実にエイムから核を抜き取るという工程を挟まなければならないでしょう?」

「確かに、エイムの核を保存する方法はあったとは思うわよ。アールマイトが不足して困っている、といった報告は、聞いたこと無いから」

「あぁ、それならこちらでも確認したぞ!」


 一転して、姉さんが声を弾ませる。


「ワカメ曰く、エネルギーを冷却させるシステムがあるらしいのだ! メンドイから詳細は省くが、調べたら、こちらでも僅かだが、成功例はあるらしい!」

「あぁ、じーちゃんだね。それ」


 じーちゃんはエイムの肉体を保存していて、そこから虹色のアールマイトを摘出したと言っていた。説明されなかった技術というものは、じーちゃんの試したそれと類似点が多いのかも知れない。


「そこまでの情報をもっている人間が、手ぶらの状態でまず何をするのか……うん、そういうことだったんですね」


 瑠華が、僕と姉さんを交互に見る。おかげ様で、僕も姉さんが振ってきた最初の質問の意図を、理解することが出来た。

 これは、アセイシルの行動原理を考える上で、必要な知識の整理だったんだ。これを基に、ロジカルにアセイシルの行動パターンを予測していく。

 僕と姉さんで、ディベートをしてみる。


「私なら、まず武器を求めるな」

「同感。でも、拳銃程度じゃ満足はしないはずだよね」

「そうだな。この世界に普及しているカーマには、歯が立たないだろうしな」


 加えて、アセイシルが拳銃の使い方を知っているとも思えない。


「ならば、何を求めるって話になるけど……」

「向こうの世界の人間なら、最も信頼のおける武器とは、やはりマテリアムじゃないか?」

「そりゃそうだろうけど、それならどうやって調達するの? あいつの持っていたのは、こっちが押収してるよ?」

「無論、エイムだろうな。問題はそいつがどこにいるかなんだが……」

「小型じゃしょうがないし、大型を狙うんだろうけど、そう都合よく出てきてくれるかって話だよね」

「闇雲に探すような奴に見えたか?」

「そういうバカなら、楽で良いよね」

「ならば、やつはどうやってマテリアムを手に入れるつもりだ? 奪うにしても、空飛んで逃げるような選択をする奴だ。今の状態では、数で押し切られたらヤバいと思っているはずだからな。その程度の奴が、単独でエイムを倒せるか?」

「大型エイムを、確実に見つけ出して、かつ倒す手段を知っているのかな?」

「倒すはともかく……見つける方法って何?」

「見つけるっていうか、ウルトラボードで作れば…………ッ!」


 ここで、僕は背筋が凍り付くのを感じた。

 それは、次に僕が目指す場所を理解したという自らへの合図だった。


「姉さん、横浜かも!」

「なるほど。例の漁港だな?」


 僕は頷いた。


「そっちは捜索隊の進行方向とは真逆だ。準備が出来るまで時間がかかる」

「じゃあ僕が行く!」


 飛び出すように会議室を出る――つもりでいたが、その前に姉さんにケツを蹴っ飛ばされた。


「な、何してんだぁぁぁ……!」

「行ってこぉい! って、ボディランゲージに決まっているだろう」

「そんな優しい言葉じゃなかったって……!」


 きっと、僕の体は、蹴られた瞬間くの字に曲がっていたに違いない。ていうか、止める意図が無いのに足を止めるとか、迷惑以外何物でもないんですけど!

 あっ。ていうか、忘れてた。


「いかんいかん……行くぞ、ロッタ!」

「えっ? 私も――」

「時間が無いかも知れないんだ、急げ!」

「イタタ! 引っ張らないでよ!」


 ロッタの手首を掴み、強引に移動させる。アセイシルがここを出てから何時間も経過しているし、バイクで横須賀から横浜まで移動するには、最低でも40分くらいかかる。ここは、マテリアムヴェインの飛行で、少しでも移動時間を短縮させた方が良いだろう。すぐに戦闘も出来るし、備えておくに越したことはない。


「蒼次郎、私も――」

「ダメだ瑠華、お前はここに残れ」


 姉さんが、僕の随伴を希望する瑠華を制止した。


「隊長……!」

「大至急、2号機の発進準備に取り掛かれ」

「あっ! は、はい……!」


 姉さんの判断は的確だった。確かに、ナイトフェニックスならば飛行が出来るし、移動速度も今まで瑠華が使用していたソルジャーを大きく上回る。

 それを理解しているからこそ、瑠華も素直に従った。


「蒼次郎……」


 瑠華が、僕の胸に手を当てる。

 僕は、笑顔で応えた。


「とりあえずは調査だから、心配しないで」


 何があってもおかしくないけど、瑠華にはそう言っておく。少しだけ冷静さを取り戻すことが出来たのは、瑠華が一緒になって慌ててくれたおかげだからね。


「無理は禁物よ」

「そんな真似はしないよ」

「する人だから言ってるの」


 少しだけムスッとした表情で、瑠華が僕の頬に口をつけた。

 また、少しだけ熱くなり、ロッタと姉さんに頭を叩かれた。

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