第12話 試運転

「できたぞえー!」


 休暇が始まって三日が経過した頃、じーちゃんから連絡が入ってきた。なんでも、アセイシルから吸い取った情報を元に行なったアールマイトに関係する調査が終了したという報告だった。

 その成果を聞けるということで、僕と瑠華るか、ロッタの三人は、早速ロボット工房白銀山しろがねやまに向かった。

 店の入り口で待っていたじーちゃんは、どこかスッキリしたような表情だ。


「ふむ。蒼次郎そうじろうよ、ちとやつれとらんか?」

「そ、そうかな?」


 確かに、今朝は妙に倦怠感が強くて、自力では立ち上がれなかった。左右から瑠華とロッタに支えてもらわなかったら、たぶん歩いてここまで来るのに、一時間かかったと思う。


「うむ。限界まで搾り取られているように見えるぞい」

「そ、そうなのかな?」


 身に覚えが無かった。

 隣の瑠華の顔を見る。


「無理はしないでね?」


 楽しそうに微笑んでいた。対して、反対側のロッタは、モジモジしながら顔を背ける。


(ヤバい、何があったんだ……?)


 しばらく、酒は控えよう。記憶に残らないのでは、問題の種になる。

 なんか気まずいけど、今はじーちゃんの報告を聞くことを優先しよう。

 みんなで奥の部屋のエレベーターに乗り込み、地下格納庫――の中にあるモニタールームに移動する。

 じーちゃんは、操作パネルの席につき、青いカラーのゲーミングチェアに座った。


「それで、じーちゃん。アールマイトの方はどうだったの?」

「ふむ。見て驚いたぞい」


 じーちゃんは、青い宝石を右手に握りしめながら、モニターを操作する。すると、大きな液晶画面に、先日カナミザワ漁港に現れた恐竜エイムが映し出された。


「結論から言うが、アールマイトとエイムは、同じ物質で構成されていることが判明したのじゃ!」

「エイムと同じ?」


 確かに、エイムの身体から生えた水晶と、マテリアムの装甲に用いられる物質は、性質が似ている。


「ならば、アールマイトとはエイムの体の一部、ということでしょうか?」

「アールマイトから発生される結晶化する細胞によって、作り変えられた生物がエイム。アールマイトとは、その細胞を貯蔵するための道具。儂はそうだと見ておる」


 瑠華の質問に、じーちゃんは頷いた。


「これまで入手したサンプルと照合してみたが、最も適合率が高かったのは、心臓部分じゃったよ」

「心臓、ですか……」


 瑠華が、ロッタの胸に吊り下がるペンダント――桃色のアールマイトに視線を移す。


「なら、アールマイトはエイムの心臓から獲れるってこと?」

「エイムの肉体は、摘出しても一定時間で消失するじゃろうから、そこから何かしらの細工を施す必要があるんじゃろうな」

「臓器を品種改良した……ってトコか」

「うむ。アールマイトを介して生み出されるマテリアムは、生体兵器の一種と捉えて良いじゃろう」

「ホントですか……私、ビックリです」


 ロッタの、僕の右腕を握る力が強くなる。


「エイムのもつ、結晶化の力を用いて兵器を生み出す……これこそが、お姫さんの国で生み出されたテクノロジーであり、切り札っちゅーわけじゃな」


 ロッタが身体を震わせる。

 自分が当たり前のように使っていた道具が、まさか他の生物の肉体の一部だったとは、夢にも思わなかったんだろう。いや、他の生物の肉体を使うっていうことは、人間がバッグや服を動物の毛皮で作るのと同じことだ。むしろ、エイムの力を利用していることに、恐怖を抱いているというのが正しいんだろうな。

 戦う覚悟とは、少し性質が違うかも知れない。


「こういうのって、良いと思いますか?」

「いいに決まっとるわい」


 ロッタの問いに、じーちゃんは即答した。


「理由も語らず、ただ本能の赴くままに人類を……もっと言えば地球を攻撃してくるような連中じゃ。確実に敵性生命体じゃし、そいつらに対抗するためにそいつらの力を利用するというのは、実に合理的なやり方じゃわい」

「……蒼次郎」


 ロッタの目が、僕に移される。視線で、同じ問いかけを促された。


「僕も同感」

「怖くないんですか? あなたは……」

「じゃあ、黙って殺されろっての? そんなの僕はゴメンだね」


 エイムと、エイムを生み出したウルトラボードを送り込んできた奴は、理由も無く地球人類に戦争を仕掛けてきたも同然だ。一方的に攻撃を仕掛けるだなんて、そんなことは侵略者のすることだ。

 決して、容赦をしてはいけない。

 ましてや、相手は明らかに地球人を凌駕した科学力を有している。

 毒をもって毒を制す。まともなやり方で勝てないのなら、利用できる物を何でも利用するしかないんだから。


「そう、ですよね……すみません、少し臆病になってました」


 命の危険が迫っている――そのことを思い出したことで、ロッタは持ち直した。

 生きているのなら、どんなことがあっても生き抜く努力をするべきだ。そうでなければ、これまで僕たちが生きるために奪った命に、申し訳が立たない。


「モラルがどうとか言う連中もいるんだけど、自分たちが殺されそうになったら、今度は守ろうとしてくれる警察や自衛隊に八つ当たりするんだ。ああいう連中のことだったら心配いらないよ。どうせ、自分たちがスッキリするためにやってるんだからさ」

「民も、同じということですか?」

「君らの国の事情は知らないけど、おんなじ風に考えて良いんじゃないの? たぶん、こっちの世界と大差ないよ、君らの世界の人たちもさ」


 人間だって、生きていくためにたくさんの生物を殺している。木や草を抜いたり切ったりしている。自然と、命と折り合いをつけながら、感謝しながら生きているんだ。

 それを理解しない、意思疎通もできないパワーだけの単細胞怪獣なんぞに、遠慮する必要なんてない。

 瑠華が、「私も同意見です」と頷いた。


「これはもう、生きるか死ぬかの戦いです。相手に勝つために有効な手段があるならば、積極的に利用するべきだと思います」

「わかりました。電児でんじさん、話を続けてください」

「ほいな!」


 じーちゃんは、青いアールマイトを僕に手渡した。


「このアールマイトっちゅーんは、そいつが選んだ持ち主、そして媒体を軸にして、持ち主に適した武器を形作るんじゃないかと思うんじゃ」

「なんでそう思ったの?」

「考えてみいよ」


 思考を促しながら、じーちゃんはロッタと僕を見比べる。


「例えば、姫さんのアールマイトは、お前をマテリアムを操るために必要な、体を動かす役目をもつ操縦者……というより、人工筋肉じゃろか? まあとにかく、簡単に動かせるようにするために必要な、自分には無い技能を持つ人間を媒体に選んだ。結果、ある程度媒体の自由にはなるが、最終的な命令権は自分が持っているという、ある意味では究極のらくちん兵器を生み出したわけじゃ」

「悪魔のような女だ」

「私の意志でそうしたわけじゃないんですけど?」

「戦えって言われた気がするけど」

「前任者がいるって言ったじゃないですか。奇跡みたいなことなんだから、むしろラッキーと思いましょうよ」


 ロッタの奴、ちっとも悪びれない。さっきくらい殊勝な方がちょうどいいんじゃなかろうか?


「しかしじゃ、蒼次郎よ。お前以上に強い人間は、この世にゴマンとおる。それは、お前自身が一番よくわかっているじゃろう?」

「そうだね」


 腕に覚えはあるものの、僕は自分が勝てる人間より、勝てない奴の方が多いと思っている。

 なのに、どうして僕が選ばれたんだろう?


「単純に、その時はお前が一番信用できる人間だったと考えることもできる。ならば、その後はなぜじゃ? お前ら家族の中で最弱のお前以外に、なぜ媒体となれる人間が現れない? そこには、姫さんの意志以上に、制約が絡んでいると思ったのじゃ」

「そっか……そういえば、瑠華も試したけどダメだったんだっけ?」

「そうね」


 アセイシルが現れたあの日、僕が訓練をしている傍ら、姉さんの監督の元、実験してみたらしい。結果、アールマイトはうんともすんともいわなかったという。


「できれば、三日前の戦闘であなたを助けることもできたんだけど……」

「私も、瑠華のことは聞いていたし、託せるのなら、そうしたかったのですが……」


 結果、じーちゃんのいう通り、ロッタのアールマイトは僕以外の人間を媒体とはせず、加勢してはもらえなかった。


「じゃあ、アセイシル《あのワカメ》からパクったそのアールマイトも、僕達じゃ使えないんだね」

「現時点では、そうじゃな」


 じーちゃんが、邪悪な笑みを浮かべる。

 こういう時ほど、天真電児という男の存在は、頼もしく感じる。


「そっか。それなら、今後の研究次第では……ってこと?」

「うむ! 登録みたいなのを解除することが出来れば、話は変わってくるじゃろうて」

「期待したいところだよ」

「時間をかけて調べんことには、なんとも言えんがな。ま、話に聞く危険人物に戻すよりかは、よっぽど有効な使い道じゃろうて」


 全員で笑った。

 そして、すぐに落胆する。


「そうなると、せっかく手に入れたってのに、今後はアールマイトを回収したら、速攻で破壊した方が良いんかね?」

「急を要する場合にはやむを得んじゃろうが、さっきも言った通り、解除の手段もあるかしれんからの。できる限り回収するべきじゃから、そのつもりでの」

「そっか。サンプルは多い方が良いもんね」

「これが、第一の結果報告! 次こそが本番じゃ!」


 じーちゃんは、七色に輝くダイヤモンドを取り出した。


「こ、これは!」

「高く売れそう!」


 ロッタは相変わらず現金だが、今回ばかりは全面的に同意だ。労働なんて行為が馬鹿らしく思えてしまいそうだ。うん。これはつい見ちゃうわ……。


「ゆ、ゆび……ゆびっ! わ、わ、わ……!」


 瑠華は、目を回しながら、僕とダイヤモンドを交互に見ている。気持ちはわかるけど、ブツを出した人間がマッドサイエンティストといっても過言じゃない僕の祖父なんだから、過剰な期待は止した方が良いと思うよ?


「これ! 煩悩剥き出しにするんじゃない!」


 何故か、僕だけ杖で頭を殴られた。明らかに取り乱している瑠華ではなく、僕に攻撃したという事実は、危険人物である祖父の中に、わずかでも常識が残っていることの証左であると判断し、逆にホッとしてしまった。


「こいつはアールマイトじゃ! 宝石なんて浮かれたもんじゃないわい!」

「えっ!?」

「「えぇ~……?」」


 女どもが露骨にがっかりしている。驚いている僕がバカなのだろうか?

 って、そんなことはどうでもいいんだ!


「ちょ、じーちゃん! なんでこんなもん持ってんだよ!?」


 エイムの心臓をアールマイトに変える技術は、確立されていないんじゃなかったのか?


「さっきエイムの心臓のサンプルがあると言ったじゃろ? そいつが変質したんじゃ」

「変質?」

「うむ。このアールマイトが発する特殊な電波を解析して、類似したものを照射したら、ご覧の通りじゃ! 嘘だと思うなら動画も見せるぞい」


 こっちは何も言ってないのに、じーちゃんはモニターを操作して動画を再生する。カプセルの中に浮かぶ培養液の中の赤黒い心臓は、液体が振動していくにつれて、次第に硬質化していき、表面の黒いものが剥がれて、最終的にはじーちゃんのもつ七色のダイヤのようなアールマイトが現れた。


「生み出す技術は、これで確立されたってことだね」

「確立されたかどうかはまだわからんが、今はどうでもええんじゃい!」


 じーちゃんは僕に七色に輝くアールマイトを押し付けた。


「蒼次郎、この部屋から出ろ! 広い所でそのアールマイトを使ってみるんじゃ!」

「えっ? ……僕が!?」


 変なことにならないだろうな……?


「女にやらせるってのか? この鬼畜変態孫!」


 また杖で頭を叩かれた。


 ◇◆◇◆


 そんなわけで、モニター室を出る。物一つ落ちていない、地下格納庫の中央(端っこはごちゃごちゃ)に僕が立ち、じーちゃんとロッタ、瑠華はシェルター機能をもつモニター室の窓から、こちらを観察している。


「そんじゃ、やってみぃよ!」


 拡声器を使って余計にやかましくなったじーちゃんの怒号が、鼓膜を破る勢いで響き渡った。


「ったく。どうしろってんだよ……?」


 とりあえずは、いつもロッタがやっているようにしてみるか。

 使ったらいつの間にか大きくなっていたから実感はないんだけど、確か、僕の背中にアールマイトを押し当てながら、祈るように目を伏せていたような気がした。

 この場合は、媒体にしたいものはないから、とりあえず僕の額にアールマイトを押し当てながら、願ってみる。「戦う力をくれー!」ってな。

 すると、アールマイトはすぐに反応した!


「うわ、まぶしい!」

「おぉぉぉ!!」


 眩い光が一瞬世界を白く染めて、すぐに元に戻る。

 こうして、僕のマテリアムが姿を現した――という解釈で、良いのだろうか?


「……なんだ、これ?」


 なんか、茶色い楕円形の物体が現れた。ロボットというよりは、なんとなく、公園の遊具のようでもある。

 確かなことは、ロッタと一緒の時と違い、人型ロボットは出てこなかったということだ。


「なんじゃなんじゃ? ちと見てみるか」


 じーちゃんがモニター室から出てくると、軽々と製作中の新型の頭部まで飛び移り、高いところから格納庫全体を眺める。遅れる形で、ロッタと瑠華も僕の近くに寄ってきた。


「ほがっ?」


 じーちゃんは、開いた口を塞げなくなった。


「……のう、姫さん?」


 こんな時でも、じーちゃんはちゃんと拡声器を使う。


「なんですかー!?」


 対して、ロッタは拡声器を持っていないので、声を張り上げざるを得ない。


「マテリアムっちゅーのは、人型ロボットになるとは限らんのかいの?」

「そうですー! 剣や盾、槍や斧といった武器になることがほとんどでした! 人型ロボットになる例は、希少なんですー! なんでこの世界ではロボばっかしか見れないんでしょー!?」


 叫び終えたロッタは、「ぜぇ、ぜぇ」と肩で息をし始める。


「っちゅーことは、蒼次郎! お前は初めての事例じゃ!」

「何!?」


 もしかして、新しい伝説を作ったとか、そんな感じ!?


「なんとライフルに姿を変えたんじゃからの!」

「ら、ライフルぅ~!?」


 気分を持ち上げられたと思ったら、一気に地面に叩きつけられた。

 物が変わっただけで、結局は武器じゃん!


「ロボットになれないんじゃ、失敗なんじゃないのー!?」

「そうとも限らん! さっきから、儂のハイパーゴーグルに組み込んだ測定値が、そいつからスンゲーエネルギーをビンッビン! に感じちょるんじゃい!」

「撃てなきゃ意味ないんだぜー!?」

「撃てるようにすれば良いんじゃ! そのためにうってつけなのがあんだろがい!」


 じーちゃんが足元を何度も杖で叩き、僕もハッとなった。


新型機そいつか!」

「そうじゃ儂らのカーマじゃ! 機体コンセプトは既存の機体を超える強化を施すことじゃったが、これはこれでおもしろい! そうすることに決めたぞい!」


 じーちゃんは一気に床に着地すると、僕の背中に張り付いてきた。


「うわ、目が回る!」

「よくやったぞ、我が孫よ! これで儂らの夢も、一気に現実的なものになるわい!」

「どういうこと?」

「お前のマテリアムを装着することで、その過剰なエネルギーを本体の動力部に回す! そうすることで、バッテリー駆動では満足に動かせない新型機コイツが覚醒するとは思わんか!?」

「あぁ、そういうことか!」


 つまり、僕のマテリアムを外付けのエンジンにしようってことか。


「あ、でも……そうなると、あの新型は僕にしか動かせないってことにならない?」


 今、こうしてアールマイトを使ってしまった以上、これは僕以外の人間には扱えないようになってしまったはず。そうだとして、仮にさっきじーちゃんが話していた機体設計で動くようになったら、僕の搭乗が絶対条件になってしまう。

 まさか、パイロットがエンジンの役割を兼任することになるなんて。どういうことなの?


「いーじゃん。すげーじゃん」


 なんかやばい言葉を繰り返しつぶやきながら、じーちゃんは工具を取り出し始める。


「写真は撮った。あとは、あのライフルのエネルギーを取り込むために必要な装置を開発しなきゃじゃのう~。太陽電池みたいな感じでええんかねぇ~?」


 じーちゃんはブツブツと何かをつぶやきながら、新型の胸部ハッチからコクピットに入っていった。

 これはもう、放置されたとみなすべきだな。


「仕方ない。みんな、帰ろう」


 そう言った瞬間、スマホの着信音が鳴り響いた。

 画面に表示された名前は――天真陽子。


「姉さん、どうしたんだ?」


 通話ボタンを押し、スマホを耳に当てる。


『ヤバぁあああああああああああああああああい!!』

「!!?」


 電話に出た瞬間、姉さんの怒号が鼓膜を突き抜けた。

 だけど、それ以上に驚いたのは、その内容だ。


「えっ? アセイシル《ワカメ》が逃げた!?」

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