第11話 ロッタside② ~昔話~
初めに断っておくけど、私のいた世界の常識や土地、文化については、こちらの世界と大分似通ったところがあるわ。だからさ、解説を入れない限りは、私が使用する言葉の意味は、あなた達の知るそれと同一の物と解釈してね。
それで、まずは私のいた国について説明しておこうかしら。
神聖アストライア王国――私の家系が代々統治している国は、この世界で言うところの、ヨーロッパのどこかにあったわ。文化も似通ってはいるみたいだけど、この世界程コンピューター技術が発展していたわけじゃ……ううん、はっきり言うけど、皆無だったわ。だから、本当にこの世界の中世時代を想像してもらえれば、きっとそれが一番しっくりくるはずよ。
……えっ? どうしてそう思うのかって? 蒼次郎のゲームを借りて遊んでたら、そんな感じの場所が出てきたからさ。面白いわよ、ライ○ア○イブってゲーム! ……うん、ごめん、話を戻すわ。
科学の代わりに、こっちの世界では魔法という概念が発展したの。……うん。あなた達の年代の人達が好みそうな、ファンタジー世界のそれね。
ただ、道具を運んだり、物質を焼いたり、逆に凍らせるといった、日常生活に用いることがほとんどだったから、戦争で使われるのは鉄の武器が主流だったけどね。
魔獣のような生物も生息してたけど、そういった生物は魔法に対する耐性が強いから、剣を始めとした武器による物理攻撃で討伐するのが基本だったからね。
当然、人間同士の多少の諍いや、魔獣たちとの食物連鎖に則した戦いもありはしたけど、概ね星を傷つけるような大規模な戦争は、数える程度しか起きなかったわ。少なくても、私が生まれてから十七年、そういう話は聞いてないもの。
でも、そんな私達の世界にも、あの悪魔が現れたわ。
そう、エイム。……そして、それを生み出すウルトラボードもね。
私が生まれるずっと前に、地球の外からやってきたエイムは、当然のように地球に攻撃を仕掛けてきたわ。
地球側との力の差は歴然としていて、まるでアリがゾウに挑むようなもので、人類は滅亡の危機に瀕したといってよいでしょうね。エイムの攻撃が断続的で、一か月に一回程度だったことが、唯一の救いだったわ。
当然、人類も早急にエイムへの対策を講じるわけだけど……結論から言うと、それは初めの攻撃から2年が経過したところで、ようやく結実したの。
それが、アールマイトよ。
事情はわからないけど、初めて人類がエイムの尖兵である虫型を墜落させたんだけど、そこから程無くして、国内のある騎士が、突然巨人となってエイムを殲滅していったそうよ。
……うん。
断片的な情報だけど、虫型のエイムを倒した後に、その騎士様はたくさんのアールマイトを入手することが出来たそうよ。
私のアールマイトも、そう。お守り代わりに渡されたんだけど、隣国から招待されたパーティからの帰りに、突然魔獣の群れに襲われたの。それを、私の近衛騎士だった男性を媒体とすることで、あのマテリアムヴェインが完成したの。
それ以来、そういう使い方しか出来なくなったのね。だから、
それからしばらくして、シラフジ王国――ここでいう日本で、驚くべき発見がなされたわ。
向こうの世界の富士山に当たる土地で、ウルトラボードが発掘されたの。地下資源の採掘現場にあったらしいわ。
研究者曰く、そのウルトラボードはね、まだ人が猿の祖先だった時代に飛来してきたものと推測されたみたい。
発見されたウルトラボードは、すぐに周囲の人間や魔獣を取り込んで、エイムに変えてしまったというわ。その様々な形、大きさのエイムの集団は、見境なく他の生物を襲い始めたって聞いてる。
当然、人類は対抗し、エイムを退けたわ。でも、数日後には新たなエイムの大群が発生して、いろんな国を襲い始めた。
その中には、神聖アストライア王国も含まれていたわ。
騎士団は応戦したけど、戦力差は歴然としてて、王城の陥落は時間の問題……。
やむを得ず、父は王城の放棄を決断し、国民を逃がすために兵力をそちらに集中させたわ。そして、自らも母と共にマテリアムとなって、孤軍奮闘したけど……。
私も、それに加勢したかった。でも、ヴェインが……私のアールマイトの媒体となる、近衛騎士が姿を消してしまったために、それが出来なかった……。
両親のマテリアムが果てた時、私のアールマイトが突然光り出して、マテリアムヴェインとなったの。
でも、そこで行われたのは、戦闘じゃなくて、転移魔法だったわ。
私は、崩壊する王城を……私の世界そのものが崩れ去る瞬間を眺めながら、光の道に吸い込まれていったの。
目が覚めた時、私はもうこの世界にいた。月と地球の間にね。
宇宙空間という概念すら頭になかった私は、その場で手足をばたつかせることしかできなくて、そのまま何度もデブリを叩きつけられて、体が動かせなかったわ。
ヴェインがいなかった時点で、マテリアムは動かせないことはわかっていたから、どうすることも出来なかったの。ただ、命だけはって思って……防護魔法を持続させることに集中させてた。あの時はホント怖かったわ……。
しばらくして、デブリっていう物にぶつかって、マテリアムは地球に近づいたわ。それで、引力に引っ張られて、大気圏に入っていったの。
だから、マテリアムヴェインは隕石みたく、この家の近くにある山に不時着したってわけ。
その時、蒼次郎が来てくれて、本当に助かったわ。
◇◆◇◆
ひとしきり語り終えた私は、カップに入った麦茶で喉を潤した。
瑠華に過去を語ったことは、私の気持ちの整理にもつながった。
理由もわからず生き残ったことを、始めは幸運と思えなかった。エイムのせいで国を、家を、家族を失った悲しみと苦しみは、今も忘れていない。
けれど、そんな私の気持ちを救ってくれたのが、蒼次郎を始めとした天真家の人たちだった。
エイムが憎い。必ず倒してやりたい。
そんなドス黒い感情を、皮肉にも蒼次郎がマテリアムの媒体になれるという事実が後押ししてくれた。彼もまた、エイムとの戦闘の重要性を理解してくれていること、そして自らの苦い体験を下地に戦闘の技術を磨き続けてくれたことも、幸運だったといえる。
もう、王家の人間という肩書は、意味を成さなくなった。だから、前のように凛とした、国の象徴とされることを意識した生活の仕方をしなくて済む。
ひたすら、エイムを倒すために生きる。そのために、余計なことにエネルギーを使わない。
そんな私を、きっと蒼次郎は尊重してくれていると思う。説教臭いのが玉に瑕だけど、それでも彼は私の世話役という立場を放棄しないで、いつも私のわがままに付き合ってくれる。逃げようと思えば、いつでも出来るはずなのにね。
彼を通じて、この世界を知ることも出来た。
少しずつ、楽しいことを見つけることが出来るようになった。
時々、悲しくなって泣いちゃうこともあって、そういう時は蒼次郎のそばにいるようにしている。時々、夜這いみたいな形になってしまうこともあるけど、そうしたくなるくらい、瑠華の隣で憮然とする彼のことは、家族を失って冷たくなった私の心を、温め直してくれている。
そんな蒼次郎を、そして彼のそばに私を置いておくことを許してくれた、天真家のご両親には、本当に感謝している。まだ、彼らと直接顔を合わせたことは無いけど、いずれちゃんとしたお礼がしたいと思う。
「さて……」
蒼次郎が、壁に立てかけた愛用のライフルを拾い、玄関に向かって歩き出す。
「えっ? 私、なんか怒らすこと言ったっけ?」
「そうじゃない。招かれざる客ってヤツ」
蒼次郎の眼は、日常生活では絶対に見せない質の鋭さがあった。
「無遠慮な足音を聞いた。たぶん、セーフティネットを潜ってきた歩兵エイムだと思う。瑠華、ロッタのこと、お願い」
「一人で大丈夫?」
「当たり前だ」
蒼次郎がドアノブに手をかけたと同時に、瑠華は素早く玄関に向かい、彼の背中に体を寄せ付けた。
「気を付けて」
「うん」
蒼次郎が家を出て、ドアが閉まる。数十秒ほど経った後、発砲音が響いてきた。
「やはり、歩兵エイムが侵入していたみたいですね」
同じく、拳銃と小太刀を手にした瑠華が、私のそばに戻って来た。
「あなたは、私達が必ずお守りします。どうかご安心を」
「ありがとう。期待してるね」
「はい」
発砲音が断続的に響き渡る中、私は恐怖とは違う感情に支配されつつあった。
その原因を、確かめることにする。
「ねぇ、瑠華?」
「はい?」
「蒼次郎とは、恋人同士なの?」
瑠華と蒼次郎は、ただの幼馴染にしては、随分と距離感が近い。それは、例えるなら……私の今まで読み漁ってきたマンガやゲーム、アニメといった作品に出てくる、理想的なカップル同士のそれに似ている。
もしかしたら、私は二人の邪魔をしているのかな?
そう思うと、今まで通り蒼次郎のそばにいることが難しくなりそうな気がする。
忘れかけていた不安が、膨れ上がっていく。
そして、瑠華は迷わず答えた。
「恋人ではありません」
「そうなの?」
「内縁です」
「おッフ!」
こちらの予想を、軽々と越える返答だった。
「な、内縁って、つまり、その……」
「法律上認められていないだけで、実際は夫婦ということですね」
「そ、そうなんだ……へぇ~~~~…………」
あまりにもショックで、何も言えなくなる。なんというか、もしかして私は蒼次郎に淡い恋心的なものを抱いていたのかも知れないけど、今みたいに答えられたら、なんかいけないことをしているような気分になってくる。
「蒼次郎の左目が義眼であることは、ご存じですか?」
「あ、うん……」
突然の話題に困惑しながらも、なんとか返事をする。
蒼次郎が義眼であること、きっかけが歩兵エイムに襲われたことであることは、他でもない彼の口から説明されたことだ。
「あの時……蒼次郎は、私を守ろうとして、死にかけてしまったんです」
「えっ?」
瑠華の目が、わずかに細くなる。自分の罪に苦しんでいるように、私には見えた。
「学校帰りに、歩兵エイムと出くわして……武器が無いから逃げようとしたんですけど、私は足がすくんで動けなくなって……」
「……それで?」
「それで……私を守ろうとして、蒼次郎は自ら歩兵エイムを引き付けるために戦いを挑んで……相討ちに近い形で怪我を負ってしまったんです」
「あ、相討ち!?」
蒼次郎には悪いけど、彼が怪我したことより、単独で歩兵エイムに勝ってしまったことに驚いてしまった。十年前と言えば、蒼次郎は大体9か10歳といったところのはず。子どもなのに、大人でも複数人で対処するのが当たり前の歩兵エイムを、自分だけで倒してしまったってことよね!?
「それ以来……私は、蒼次郎を守れるようになりたくて、それまではアレルギー反応のように嫌がっていた古武術を……最も筋が良いと言われていた剣術を身に着けることを決めたんです」
「そっか……」
だから、今の二人があるんだね。
「昔から、特に仲が良かったと思いましたが、その事件を通じて、彼がどれほど私を大事に思ってくれていたのかがわかって、それで私も嬉しくなって……自然と、将来は彼の妻になるものだと思っていて、いろんなことを先んじて…………高校生になる直前に、引き剥がされてしまったんですよね……」
「ひっ!」
瑠華の全身からドス黒いオーラのような物が見えた気がして、つい竦み上がる。
もしかして……大人の階段、上り過ぎちゃいましたか?
「今までは成人するまで、天真PMCの全戦力をもって、合流を止められていましたが、ようやくこうしてまた同じ所で生活できるようになったものですから……自分で言うのもなんですが、私、舞い上がってしまいまして……」
「そ、そうなの……ねぇ~……」
あの仏頂面の裏で、そんなこと考えてたんだ……。
「な、なんかゴメンね……私が、実質彼のこと、独占してしまっているみたいで……」
ここで謝っておかないと、後で殺されそうな気がするので、とりあえずそうする。
だからこそ、次の瑠華の言葉は、意外に思った。
「お気になさらず。他の女性でしたら考えることもあったでしょうが、ロッタさんは別です」
「そ、そうなの?」
「あなたはあなたで……蒼次郎にとっては、特別な存在ですから」
その一言を最後に、瑠華は無言で周囲の安全確保のため、見回りに従事し始めた。
気持ち的には一人取り残された形になった私は、さっきの瑠華の言葉を、ひたすら頭の中で反芻する。
(私が、特別……?)
おそらく、今しがた判明した蒼次郎への独占欲が恐ろしく強い瑠華が、私が彼のそばにいることを認めた。きっと、それだけの事情がある。それはわかる。
だけど、それは恋愛感情が絡むような話では、断じてないだろう。だとしたら、瑠華は秘密裏に私を排除しようとするかも知れないからだ。
彼が私のマテリアムの媒体だから? ちょっと違うと思う。それなら、そうと言うはずだし。
だとしたら、私と蒼次郎の間に、どんな繋がりがあるんだろう?
「みんな、怪我は無いか!」
「
私の前では初めて使う、瑠華の蒼次郎への愛称。その言葉と共に抱き合う、瑠華と蒼次郎の笑顔を見比べながら、私はずっと彼との繋がりについて考えていた。
答えは……出なかった。
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