第10話 ロッタside① ~人間観察~

 電児でんじさんによるアセイシルの尋問が始まった後、私と蒼次郎そうじろう瑠華るかの3人は帰宅を許可された。情報が整理されるまでは、緊急事態を除いて、暇をくれるという話だった。

 そんなわけで、プライベートな時間を過ごせることを、蒼次郎と瑠華は大いに喜んでいた。


「今日は焼き肉だな!」

「わぁーい!」

「楽しみ……!」


 日本人は、良いことがあったり、気持ちを上げていきたい時には焼き肉を食べるんだって、蒼次郎が教えてくれた。そういうことなので、遠慮なくご相伴に預かろう。

 タクシーで自宅に戻った時にはもう夜の7時を回っていたので、蒼次郎はすぐに食事の準備を始める。幸い、焼き肉は元々予定していたことだったから、準備は楽に済んだ。炊飯器には炊いた米が4合分も残っていたし、ホットプレートで肉を焼いたら、すぐに食事を始められた。

 この世界のお肉の味は、私が城で食べていたものより上質だった。蒼次郎は「安物だけどね」と笑っていたけど、私にとってはこの世界に来てから、一番の御馳走と言って良い味だった。おかげで、蒼次郎の3倍は食べちゃった。

 そんな私を見て、蒼次郎と瑠華は顔を合わせて笑っていた。

 ふたりが仲良くしている姿を見ると、少しだけ胸が苦しくなる。

 そうやって、食事に集中していたせいか、まともな会話を始められたのは、食後のデザートとして出された、スフレカップに入れられた杏仁豆腐という白いスイーツを渡されてからになった。

 雑談は、操次郎の小さな疑問から始まった。


「今さらだけど、意外なんだよな。姉さんが僕を部下にしようなんてさ」


 そういえば、蒼次郎の姉である陽子ようこは、彼を現状について相当不満が溜まっているようだった。自虐的な発言が目立つ蒼次郎だけど、陽子は弟のそういう態度に腹を立てているように、私には見えるけどね。


「もっと言えば、あの人は最初から、あなたを自分の隊に引き入れるつもりだったと思うわ」

「そ、そうなの?」


 だからこそ、瑠華の言葉に、蒼次郎より先に私が驚いてしまった。


「えぇ。社長……蒼次郎のお父様が、側近を陽子さんから私の父に戻したということは、陽子さんが後継者として認められたのだと思います」

「だから、みんなして僕を潰そうとしてたのか……」


 蒼次郎が、盛大にため息をついた。彼の言う通り、きっとその辺の関係でやっかみを受けたのかもね。


「そんな人の部下に選ばれたなんて、瑠華もすごいじゃない」

「そうだね。瑠華だって役立たずだと思われたら弾かれるだろうし、そこは実力があるって判断されたってことなんでしょ?」


 私と蒼次郎の言葉に、瑠華は首肯する。


「当然、そうだと思っているわ。一応は、父から剣道を習っているしね」


 聞けば、瑠華の家系は、代々道場を経営しているらしい。私も昨晩に案内されたから、なんとなく彼女が厳かな雰囲気を纏う理由にも、納得している。


「ただ、また父さんの側近にされるなんて。おじさんも大変だよな。文句言やぁ良いのに。そのくらいの権利はあるんだろ?」

「父は目立つのが嫌いだから、むしろ役得だと思っているんじゃない?」


 瑠華が苦笑する。


「実力が認められたといえば、あなたもそうだと思ったわ」

「えっ?」


 蒼次郎の目が点になる。

 この人、本当に褒められ慣れてないみたい。


「模擬戦の結果。私は見事だと思ったわ。実力は高いけど、実戦経験に乏しい蒼次郎が、まさかあそこあまで立ち振る舞えるだなんて。個人的には、少し自信を失くしそうになったわ」


 知識と経験は違う――戦闘者じゃない私には、そう言葉を置き替えたら、しっくり来た。


「言い過ぎだって」


 ここでも、蒼次郎は遠慮気味に笑う。

 私は、あなたに何度も救われているのに、もっと自信を持ったら良いじゃない。


「蒼次郎」


 同じ思いなのか、瑠華は憮然とした態度を示した。

 一日通して思ったのは、瑠華は冗談を言うのが好きではないということ。つまり、ここまでの言葉は全て彼女の本心なのだ。

 それをわかっていて、誤魔化すことは、目を背けていることに他ならない。


「……はいはい、悪かったよ」


 ここまで言われたら、頑固な蒼次郎もさすがに折れた。いや、受け入れたわけではなく、瑠華の言葉を否定することを止めただけかも知れない。

 ちょっとだけ、空気が沈む。

 仕方ない。ここは王女である私が、場の空気を入れ替えてあげようじゃない。


「そういえば、瑠華と蒼次郎って、どっちが強いの?」


 杏仁豆腐をスプーンで食べながら、話題を振ってみる。これは、純粋に興味があってのことだった。……うん、杏仁豆腐っておいしいな。


「瑠華の所作は歴戦の勇者のそれと遜色ないように思うのよね。生身での戦闘経験も、大したものなんじゃない?」

「そうだね。剣の腕前は、やっぱり凄まじいと思うよ」


 蒼次郎は、瑠華の手を見ながら苦笑する。


「瑠華がケンカをして負けたところ、一回も見たことが無いからね。一度、クラスメイトの女子を守るために、ちょっかいをかけてきた連中いたろ? あの不良男子どもさ」

「そんなこともあったわね」

「んでさ、ロッタ。瑠華は、手持ちのペーパーナイフで、そいつらを一方的に叩きのめしちまったんだよ」

「そ、それは……!」


 素直にすごいと思った。ペーパーナイフが殺傷を目的とする道具ではないことは、蒼次郎から渡されて使い方を覚えたスマホで知ることが出来たけど、それでどうやって相手を倒すことが出来たのか?

 全然、想像も出来ない。

 しかし、瑠華自身は首を横に振った。


「経過はどうあれ、それで私の方が蒼次郎より勇敢に動けるという保証にはなりません。戦場において、最も重要な力とは、度胸……まとめて言えば、心です」

「あなたは、蒼次郎の方が心が強いって思うの?」

「はい。事実、私の力が向上したきっかけは、蒼次郎にありますので」

「えっ?」


 蒼次郎が呆気に取られている。これは、「よくわからないけど」という、昨今流行りのフレーズが使える展開と見たよ。


「ぼ、僕、何かしたっけ?」

「うわぁ……」


 本人がどう思うにしろ、実際にこういうところを見ると、なんかムカツクわね。


「……やっぱり覚えてないのね?」


 理由は違うと思うけど、案の定、瑠華も不機嫌そうに眉をしかめた。


「何のことだかさっぱり」

「ふぅ……まぁ良いわ。あなたがそういう人なのは、よくわかっているつもりだしね」


 瑠華が、何かを諦めたみたいな顔してる。


「蒼次郎。女の子にこういう顔をさせちゃダメよ」

「そ、そんなこと言われても……」

「あなた、たぶん忙しさを理由に、結婚記念日とか相手の誕生日とか忘れて、適当に言い訳するタイプね」

「ぐっ!」

「あぁ、それ私も思いました」


 瑠華と視線を合わせ、頷き合う。


「うわぁ、なんかショック……」

「だったら、これを機会に、もう少し周りに気を配ってみたらどうかしら? あなたって、いつも思い立ったら一直線なところがあるから」

「……はい」


 消えそうな声を絞り出し、項垂れる蒼次郎。普段から偉そうにしているから、こういう姿を見ると、どこか新鮮に思える。

 同時に思う。

 私はまだ、蒼次郎のことをよく知らない。


「ふぅ……なんだか、あなたのロッタさんへの冷たい態度が、将来の私達の姿に思えてならなくなってくるわ……」

「そ、そこまで言わなくても……」


 なんだか、軽い夫婦喧嘩みたいなやり取りに見えるわね。

 もしかして、この二人って、そういう関係?


「ていうか、とりあえず説明させてよ! 話を聞けば君も僕の立場を理解できるはずだからさ! あとこの自称お姫様の腐った中身がさ」

「あら、それって私のこと?」

「そうだよ!」


 心外だわぁ。


「酷いわねぇ。ねぇ瑠華さん、騙されないでね? この人の拙い説明にはおそらく曲解が多分に含まれているはずだから」

「あぁもうクソ! みんなから命令されてなければ、誰がお前なんか……!」


 蒼次郎が不機嫌そうに頬杖をつき、視線を逸らす。

 これは、少し放っておいた方が良いかもね。ちょっとイジり過ぎちゃったわ。


「それについて、少し疑問があるんだけど……」


 瑠華が、少し違った方向性に話題をもっていく。


「そもそも、ロッタさんはどうしてこの世界に来ようと思ったんでしょう? 一応、自分の役割は承知しているし、納得もしているんですけど、経過がわかると、今後の活動がより効率が良くなるかも知れないので……」


 瑠華の言葉が、最後になって遠慮がちになる。これを「無理に話さなくてもいい」という意図だと解釈した私は、「構わないわ」と告げ、蒼次郎を見る。


「彼と、彼の家族には既に説明しているけど……原因は、私達の世界で起きた、未曽有の大事件が原因なの」

「それは、エイムの……?」

「えぇ……ウルトラボードの出現でおかしくなったのは、こちらの世界も同様なの」


 そして、私は記憶を整理する意図を含め、瑠華に語った。

 私がこの世界に来るきっかけになった、あの忌まわしい『事件』について。

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