第9話 悪いことはするもんじゃない

 戦後の後処理を会社の人たちに任せ、僕は姉さんに付き添い、倒れた男を拘束。会社の地下室に閉じ込めた。今は手足を拘束して、尋問を始めようというところだ。

 ロッタと瑠華るかは、尋問の準備をしている間に戻って来た。男の素性を知っているかも知れないということで、姉さんの指示を受けて、僕が瑠華に連絡をして連れてきてもらった。


「では、始めるとするか」


 姉さんの宣言と共に、僕達4人は地下にある尋問室に入る。縛られた状態で椅子に縛り付けられた男を含め、計5人で狭い部屋を占める。

 まず、相手の素性はすぐに明かされた。


「ア、アセイシル……!」


 ロッタが、苦虫を噛み潰したように顔を歪める。


「知ってる人かい?」

「私の、その…………姉の知り合い」


 どこか気まずそうに、ロッタは答えた。


「となると、そっちの世界のお偉いさんってことになんの?」

「貴族ではあるけど、特段影響力の強い家系じゃなかったわ。ただ、外出先の山で遭難した私を救出したという実績から、婚約者として選定されたんだって」


 ロッタが、重苦しいため息をついた。さっきの反応もそうだけど、なんか「関わりたくない」って態度が露骨に表れている。


「……ロッタ。この、アセイシルってヤツとは、仲が良かったの?」

蒼次郎そうじろうの目って、風穴空いてんの? それともセンスのない冗談か何か?」


 あ、なんか本気で怒ってる。


「何かと思い付きばかりで行動してるように見えるから、ホント迷惑なのよね。こっちに来た時だって、話し合いも無しにいきなり攻撃を仕掛けてきたでしょう? たぶん、まずは力で従わせようって思ったんじゃない?」


 ロッタはスマホを操作し始める。覗き見るつもりは無かったのだが、それでも画面に表示された物を見た瞬間、スッと電源のボタンを押して画面を消してやる。


「ちょっと、何すんのよ?」

「バリカンはマズい。寝てる相手にバリカンはマズい」

「手入れが大変そうだから、私みたいに短くして差し上げようと思っただけよ」

「ショックで暴走されても困るんだって」


 何かの拍子に、またあの恐ろしい火球なんか出されたら、今度こそ死ぬかもしれん。


「あぁ、それなら大丈夫よ」


 ロッタは、上着のポケットから、サファイアのようなきれいな石を取り出した。


陽子ようこさん。これは、アセイシルのアールマイトです」

「ほう?」

「私達の世界では、アールマイトの力を借りて、小規模ですが力を借り受けることが出来て、それを魔法と呼びます」

「なるほど。故にこれさえ奪ってしまえば、この男はそこら辺にいるインドア派青年と何ら変わりないってわけか。そいつを聞いて安心した」


 姉さんが、アセイシルの顔面をグーで思い切り殴った。


「ぐあッ……何が起きた?」


 流れる鼻血を拭うことも出来ず、アセイシルがうめき声をあげる。


「鳴らしたんだよ。戦いのゴングをな」


 姉さんは、木製のハンマーを取り出すと、軽く、だが何度もアセイシルの額を小突き出す。雨だれ岩を穿つ、ということわざ通り、何度もやられると徐々に痛くなっていくんだな、これが。僕も子どもの頃によくやられたから、わかるんだ。

 けど、今回は相手が相手だ。こちらも悪ノリしたくなる。


「ロッタ、バリカンなら僕が買ってきてあげるよ。君の小遣いで」

「悩むわぁ~」


 アセイシルという男のことが嫌いらしいが、自分の小遣いを使われるのは癪らしい。


「ロッタさん。そんなことせずとも、カミソリなら事務所にありますので、それを使って剃毛は可能ですよ?」

「そうなの、瑠華?」


 意外な提案だったので、思わず聞き直してしまった。


「うん。小さい頃は、美容師を夢見ていた時期もあったから」

「それは……答えになってないような……?」


 どうしてその夢を諦めたのか? そう思ったけど、何故か聞き返すのが怖かったので、この辺にしておく。今は、姉さんによって早々に頭蓋骨を砕かれそうになっているアセイシルを尋問するところから始めなくてはならない。


「や、やめろ……これは尋問ではない、嬲り殺しだ……!」

「まずは貴様のせいで我が社がいらん出費と労力を削られた。ついでに周辺の地域住民の生命も脅かされたのだ」

(破壊されたビルは、点検作業で休館。しかも、作業員も全員外食に出てたから、奇跡的に死傷者ゼロだったわ)


 僕が気に病んでいると思ったのか、瑠華が素早く耳打ちしてくれた。


(そうなんだ……)


 安心した。結果論だけど、僕の判断ミスで犠牲になった人はいないんだな。


「既に貴様は事情を知らないという情状酌量すら通用しないレベルの犯罪者だ。殺す前に脳味噌から情報を抜き取らせてもらうぞ」

「ま、待て! 話をする準備はあるんだ! 本当だ!」


 目に見えて狼狽し始めるアセイシル。既にアールマイトを奪われているため、力でこちらをねじ伏せようという発想は頭の中に無いみたいだ。


「私は神聖アトラステア王国騎士団一番隊隊長アセイシル・ストレイボッツだ! そちらにおわせられる、ロッタ・ミルクレイル=アストライア第二王女様の警護を――」

「姉さん、こいつ死刑だな」

「なぜだ!?」

「ロッタ《こいつ》の家系が神聖とか、お前達の世界が間違っているからだ。完全にこちらの世界とは相容れない。殺し合うしか道は無い」


 いきなり戦闘を仕掛けてきたのは相手側だし、突拍子もない意見でもない。


「待って。神聖という部分は当っているわ」

「お前の言う神聖ってのは、ニート生活を良しとすることを言うのか?」

「可愛がってくれているんでしょう?」

「アールマイトが手に入った以上、お前はもう用済みだ」

「アセイシルのアールマイトは、彼の身分と功績を称える意味で、王国が預けた物。すなわち、このアールマイトも王国――この世界では所有権を持つのは私だけなので実質私の物! 勝手に使うことは許さないからね!」

「な、なんだと!?」

「あ、これ、胸元を冷やすのに便利ね。欲しかったら、取ってごらんなさい?」


 ロッタは両腕を組んで、胸を寄せてあげる。ボリュームが無いわけではないため、何も知らない男なら生唾を飲み込むかも知れんが、これまで散々コキ使われてきた僕に対して、それは悪手だということを思い知らせてやろう。


「おっぱいを力の限り引っ張れば引きちぎれるか、試してみるのも一興だと思う」

「えっ? ウソでしょ本気?」

「ダメよ、蒼次郎。そういう冗談を言っちゃ」

「えホッ!」


 瑠華に鳩尾に裏拳を叩きこまれ、悶絶する。


「ロッタさん、蒼次郎をそういう手段で取り込もうとするのは感心しませんよ?」

「は、はい。ごめんなさい……!」


 さすがに不謹慎だと思ったのか、ロッタが大人しくなった。

 いや、瑠華が怖かったからだな。きっと。


「き、貴様……! ロッタ様を誑かすか!」

「酷いカルチャーギャップだな……」


 アセイシルの野郎、不愉快極まりない誤解をしてやがる。


「さて、じゃあ真面目な話をするとして……」


 僕は、アセイシルの額に縦線引くように、指を動かす。


「姉さん。ロッタが知識の面でクソカスだから、コイツから情報を搾り取ってやるつもりなんだよね?」

「無論だ」

「「ヒェッ」」


 ロッタとアセイシル、異世界人コンビがすくみ上る。アセイシルは命の危険を察知してのことだが、ロッタの方は謎だ。一丁前に、役立たず扱いされて驚いたのだろうか?


「僕も賛成だ。ちょうどじーちゃんが、脳に突き刺して情報を吸い上げる装置を開発してるって言ってたからね」

「あぁ、それはもう完成しているぞ」

「それは素晴らしい」

「おじいちゃんが気を利かせてくれて、完成直後に送ってくれたのよ。もう、何度も使ってるから、間違えたりなんかしないわぁ~」

「へぇ~! それは良いことを聞いたぁ~!」

「うぅ……!」


 アセイシルが、目に見えて怯えた顔をしている。

 今の僕、そんなに悪い顔してるのかな?


「ちょうどいい、おじいちゃんにもこの話をしてやれ。もしかしたら、あの人に任せた方が、この世界のためかも知れんぞ?」

「同感。すぐ連絡するよ」


 その後。話を聞いたじーちゃんが文字通り飛んできた。

 さらに10分後。アセイシルの悲鳴が、横須賀の町に響き渡った。

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