第8話 マジックVSアート

 僕の気力が尽きるまで、訓練は続けられた。とにかく、無心で動きまくった。ほとんど頭が真っ白だったからもう何が何だかって感じなんだけど、とにかくあれから敵からの攻撃を受けた、という感覚はない。


「おぇぇぇ~」

「な、なんだアイツ……」

「わっけわかんねぇ……」

「マーティンの野郎、ズル勝ちじゃねえか……」


 地面に横たわっている野郎どもが、青白い顔をしながら倒れていた。気のせいか、かなり消耗している。端から見たらどんなものだったのかを知るべく、みんなの様子を確認する。

 ロッタは、顔を引きつらせていた。ヤバいものを見た、とでも言いたげだ。

 対して、瑠華は感心するように微笑んでいる。

 姉さんも、「これで良い」とでも言いたげに口端を吊り上げていた。


『よっ……よし! 演習終了! 蒼次郎君も、ご苦労だった! 降りてきなさい』


 審判役の男性から、全ての模擬戦終了の宣言が出た――その時、


「うわ、なんだこれ!?」

 鉢巻を解いてリラックスしようとしたところで、目の前に何かが落ちてきた。轟音と砂塵が振り撒かれ、一瞬だが視界を奪われる。

 黒い影が眼前に現れた。その瞬間、わずかだが砂煙が晴れる。


『覚悟!』


 肉薄してきた闖入者は、エメラルドの頭をもった、黒鉄の塊のようなマテリアムだった。


「ちっ!」


 機体の胸部を敵の拳が刺さり、仰向けに倒れて転がった。コクピットを強い衝撃が襲い、僕の身体が細かく何度も打ち付けられる。

 けど、耐えられないレベルじゃない!


『迎撃しろ、お前達! 敵だ!』 


 姉さんが、社員たちに指示を飛ばすが、


『させん!』


 敵の――おそらくはパイロットと思われる男が吠える。敵は、黒い腕から水流を発射し、鞭のようにしならせる。水を操る力をもっているようで、鞭のようにしなる水が、周りのアプレンティスを次々と叩き壊していく。幸い、僕は避けられたけど、これでは、他の機体の助力は期待できない。

 ここで、ようやく相手の特徴を窺い知る余裕が出来た。

 八頭身大で、全長は20メートル程度。緑色の頭部以外の全身を黒い宝石のような物で構成されたマントで覆っているような――身も蓋も無い言い方をすれば、おみくじの箱に頭が付いたような姿だ。


『成敗!』

 敵はこちらが健在であることに気付き、両肩(?)から炎の弾丸を発射した。わかりやすく放たれる殺気を察知したおかげで、なんとか後退し、回避することが出来た。

 それにしても、武器もないのに、あの魔法のような手段での攻撃……間違いなく、この世界の技術ではない。

 ならば、やはり相手はマテリアムだ。

 もしかしたら、ロッタと同じ世界から来た、別のマテリアムか?


「そうだ、ロッタは!?」


 相手の正体を知る、唯一の手掛かりの姿を探す。幸か不幸か、ロッタは瑠華共々、既この場を離脱しており、どこにも姿が見当たらない。

 この戦い、マテリアムヴェインは使えない!


『蒼次郎!』


 拡声器越しに、姉さんの鋭い指示が飛ぶ。


『実戦装備を使え! もう、お前しかヤツを止められん!』

「見りゃわかるっての!」


 手に持ったマシンガンのペイント弾を、相手の顔面目掛けて放った。高をくくっていたのか、相手は避けることもせず、黙ってそれを受け止めた。

 中に入っていた塗料が、敵の頭部をピンク一色に染め上げた。


『ぬぅ! 目が見えん!』


 実弾なら何の影響も及ぼさなかったのかも知れないが、塗料で目元を覆われた敵は、こちらを探ることに苦慮しているらしい。

 おそらく、敵は高慢な性格をしているんだろう。そうでなければ、さっきのペイント弾を受け止めるなんて真似はしないはずだ。


「ま、こっちとしちゃありがたいわな!」


 敵の背後に回り、コンテナをこじ開ける。そこから、実弾の入った別のマシンガンを機体の手に持たせ、腰にはパイルバンカーをマウントさせた。


「よし、これで!」


 戦う準備は出来た。

 相手もまた、水を使ってペンキを落とし終えたところだった。スプリンクラーを使ったわけじゃなさそうだし、自分の魔法で出したのか?


『小賢しい真似をする! 借りは返させてもらうぞ!』


 黒いマテリアムは、周囲に無数の火球を発生させ、それをこちらに連射してきた。直感で横に跳び、回避する。


「あの野郎!」


 こちらもマシンガンを発射し、反撃を試みる。しかし、次弾装填と言わんばかりに浮かぶ火球を消し飛ばすことは出来ても、黒いマテリアムの装甲には傷一つ付けることが出来なかった。

 操縦技術はこちらが上。

 機体性能はあちらが上。

 どちらが有利かと言えば、圧倒的に黒いマテリアムだ。向こうは寝ていてもこちらの攻撃を受け付けないのに対し、こちらは一発でも食らえばお陀仏だ。難易度が違い過ぎる。

 やがて、アプレンティスが僕の操縦についてこれなくなり、一瞬動きが止まる。


「おいおいマジかよ!」


 やはり、練習機では反応速度に限界があるようだ。それは仕方ないし、癖がわかればやりようはあるので、回避運動は継続できている。でも、時折回避が紙一重になってしまうのは、やっぱり怖い。背筋が凍る――という感覚を連続で味わうのは、マジで寿命を削っているように思う。

 そして、ついに火球が機体を掠め、手にしたマシンガンを蒸発させてしまった。


「マズい!」

『トドメだ!』


 敵の火球が、僕の機体をまっすぐに捉えた。幸い、頭部を狙っていたため、機体を仰向けに倒すことで、なんとか回避できた。

 その代償として、通り過ぎていった火球は、僕の背後にある建築物を次々と爆砕していった。誰の物かはわからないが、たくさんの人の悲鳴がスピーカー越しに僕の鼓膜を震わせ続ける。


「あぁ、もうクソ!」


 やってしまった……!

 軍や警察に先駆けて市民を守るべき天真PMCが、よりによって自己保身のために市民を犠牲にしてしまった。


『狼狽えるな!』

「っ!」


 姉さんが、叱咤が空気を震わせる。


『お前がここで殺られたら、それこそ他の人たちの命はどうなる!?』

「……くそ!」


 わかっている。あの、黒いマテリアムは、確実に周りの人間達の命を何とも思っていない。ここで倒さなかったら、辺り一帯の人々の命が奪われるかも知れないんだ。

 建物の中にいた人たちの安否は気になるが、守る余裕は残念ながら無い。

相手は未知のロボットで、攻撃方法だけでも魔法のような人知を超えた手段を用いてくる。下手に刺激して暴走でもされたら、どんなことになるか、想像もできない。


『フッフフフフフ……!』


 黒いマテリアムの搭乗者の、嗜虐の込められた笑い声が響き渡る。


「チャンス、か……」


 犠牲者には聞かせられない言葉だけど、相手が人間らしい反応を見せている今のタイミングで、トドメを刺す。

 もう、それしかない。

 鉢巻を、巻き直す。


「フゥゥゥゥ…………!」


 限界まで息を吐き出し、目の前の相手を見据える。

 求められるのは、一撃必殺。確実に相手を始末する最も有効な手段を可及的速やかに導き出し、実行する。

 最初に仕掛けるのは、わざと左右に機体を揺らすこと。これにより、手をこまねているように、そして回避に専念する姿勢を見せている――と、相手に思い込ませる。

 自分で言うのもなんだが、かなり様になっていると思う。まるごと、演技ってわけでもないからね。


『どうしたどうした!? 反撃しないのか!?』


 怒っているようで、どこか愉悦に浸っているように叫ぶ、黒いマテリアムを駆る謎の男。こちらの思惑に乗ってくれた、と見るべきか。

 ならば、こちらも覚悟を決める。


「やりたい放題やってんじゃねぇよ……!」


 選んだ武器は、パイルバンカー。腰にジョイントしたそれを機体の両腕に持たせて、一気に相手に肉薄する。


『何ッ!?』

「遅(おせ)ぇ!」


 バンカーの杭を相手の胸部に押し当て、トリガーを引いた。突き出された杭が相手のボディを砕き、貫く。その動作を、可能な限り繰り返す。


『ガアッ!』

「一発で済むわきゃねえだろぉが!」


 何度も、何度もトリガーを引く。マガジンが全て排出され、動かなくなったら、今度は杭そのもので突き殺すように、何度もパイルバンカーで黒いマテリアムを叩く。

 やがて、黒いマテリアムの装甲にヒビが入る。気絶しているのか? さっきまで耳障りだったパイロットの声は聞こえてこない。


「死ね!」


 最後は、大きく振りかぶって、バンカーを叩きつけた。上半身が粉々になったロボットは、全身を光の粒子に変えて、飛び散った。


「ふぅ…………ん~? なんだあいつは?」


 黒いマテリアムが消えた場所に、青いポンチョのような布で全身を包む、若い男の姿があった。癖のある黒い長髪が目元にかかっている。男から見てもセクシーな顔立ちは、見ているだけで殺意が芽生えてくる。


『よくやった、蒼次郎。鉢巻をはずしてから、降りてこい』


 姉さんの指示を受け、僕は大きく息を吐いた。

 ひとまず、これで戦いは終わったんだ。

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