第7話 たのしー模擬戦

 翌日。横須賀市内にある天真PMCのオフィス内で夜を明かした僕は、迷彩柄ではない青い戦闘服に着替え、会社が保有する迷彩色の訓練用カーマ『アプレンティス』が並び立つ、焼け野原のような訓練場に入った。そこでは、天真PMCのメンバーが社内訓練を行なう場所だった。

 今日から、地獄のシスターズブートキャンプの開始だ。

 訓練の相手は、姉さんとは別の小隊のメンバー。顔も名前も知らない人達ばかりだ。だけど、彼らのラフなジャージの下で盛り上がる筋肉は、普段から相当鍛え上げられている証だ。あんなのを毎日見ていれば、姉さんが僕を弱くなったと思うのも当然の話だ。実際、僕にもだんだんとそういう自覚が芽生えてきている。

 ちなみに、僕も含めて何故訓練に参加している人たちがジャージ姿なのか? という理由については、単純に日常生活での行動を想定しているからだ。

 自衛隊とかならきちんと装備を身に着けた状態で訓練に臨むのだろうが、天真PMCは民間軍事会社という特性上、迅速な対応が売りとなっている。時には、普段着で任務に当たることもある。故に、普段から汚しても良い普段着で訓練に臨むことが推奨されていた。私服でも構わないんだけど、「汚すのが嫌だ」という理由から、みんなが会社から支給されるジャージを好んで着ているという。

 まずは、参加者全員でランニングや軽い筋トレなど、激しい運動に備えて体を慣らす。それを終えたところで、ホイッスルが鳴らされる。


「これより、カーマによる組手を始める!」


 審判役の小隊長を務める中年男性が、適当に日系アメリカ人と思われる二十代くらいの大柄な男性を、そしてその相手として、僕を指名した。

 互いに、アプレンティスの前に立つ。


「よろしくお願いします」


 一応、目上の先輩が相手なので、まずは軽く頭を下げる。


「おう……一応、鍛えてるみたいだな。楽しませてくれよな」


 しかし、相手の男は、口だけで笑いながら、飢えた虎のような目で僕を見下ろす。どうやら、普段から鬱憤が溜まっているようだ。

 少しだけ、気持ちはわかる気がする。

 相手からすれば、目の前にいるのは、社長とその奥さん、そして目の上のたんこぶと言える最強の小隊の女隊長の弟だ。特に、姉さんは控えめに言って傍若無人のクソ女なので、彼らのような立場が下の人達にとって、決して良い上司とは言えないんじゃないかと思う。

 ただ、本人ではなくその身内に仕返しをするのは、意味のあることか?

 まぁ、こっちは別に構わない。本気の相手と戦って勝てれば、その時に僕自身の感覚はだいぶ洗練されるはずだ。そういう意味では、願ってもない展開だ。

 一方で、気になることもある。


「蒼次郎、早く終わらせてよー!」

「がんばって」


 僕の荷物が置いてあるベンチに、ロッタと瑠華が腰を掛けていた。ちなみに、二人とも訓練場に留まるつもりでいるのか、僕らと同じジャージ姿だ。


(何故だ……?)


 おかしい。

 今頃は瑠華の家で規則正しい生活習慣という、ロッタにとっては地獄と言えるルーティーンワークを味わっているはずなのに。

 しかし、よく見たら、ロッタは目に見えてやつれている。

 何があったらあんなことになるのか、少し気になってきた。


「ちょっと失礼します」


 対戦相手に一言断ってから、彼女達のいるベンチに移動する。


「蒼次郎、知ってる? 黒い焼きそばって、ソースを焦がして作るんだって」

「突然、何を言っているのかね?」


 僕は瑠華を見る。世話係なら、事情を把握しているはずだ。


「言葉通りよ。私が作った焼きそばを食べたら、急に外に出たいとおっしゃるものだから。戦力が確保されているという意味で、少しでも安全なここに来たの」

「そうか。それで、なんで焦げ臭いの?」

「料理をした後だからかしら?」


 瑠華がジャージの裾の臭いを嗅いでいる。試射に用いられた拳銃の硝煙の臭いに勝るとも劣らない強烈さに、僕は事情を察した。

 瑠華がメシマズ女だということは、古い付き合いということもあり熟知している。ただ、真面目な彼女は、会えなかった三年の間に、その問題を改善しているものだろうと、心のどこかで期待していた。

 しかし、結果はご覧の有様。おそらく、ロッタが瑠華に焼きそばを注文したが、出てきたものは先程言及された黒い焼きそば――口にするだけで体調を崩すような、食べさせるタイプの凶器だった――と、こんなところか。

 ロッタが、怖いものを見る目で瑠華を見ている。基本的に、付き人には料理の腕を求めている節があるロッタには、瑠華がモンスターに見えるのだろう。


「ロッタ」

「何……?」

「これを機に、君も料理を覚えたら? 瑠華に面倒かけることも無くなるし、何より自分が食べたい物を、いつでも食べられるようになるじゃないか」


 命をもって、調理を学ぶ必要性を思い知らせる、絶好の機会と見た。


「そうですね。私でよろしければ、お手伝いしますが?」

 瑠華も僕に賛同する。諸悪の根源がこんなことを言うのは違和感あると思うけど、あえて止めない。上手くいった時には僕が助かるから、これで良いのだ。

 だが、死にそうな目に遭ったばかりだというのに、ロッタは不機嫌そうにそっぽを向きやがった。


「蒼次郎が付き人に戻れば済む話でしょ」

「僕は戦場に行かねばならないんだ」


 その方が気楽という現状は、明らかにおかしいがね。


「ちゃんと戦えなかったら、君のそばにはいられないからね。ちゃんと護衛が出来るようになるまで、頑張るぞー」


 踵を返して、訓練に戻る。


「あ、逃げるのですか!?」

「世の中、逆らえない相手っているんだよねー」


 僕は、離れた位置で訓練場を眺める、姉・陽子ようこをわずかに睨む。無論、反抗する意志はあるんだけど、それだってここで自分を鍛えなければ、成し得ないことなのだ。

 気を取り直して訓練場に戻り、アプレンティスに搭乗。スムーズに電子機器を起動させた。

 僕が操縦技術を学ぶにあたり、使用していたのはこのアプレンティスだ。幼い頃から慣れ親しんだこの機体のことは、久しぶりの搭乗でも忘れるわけがない。


「しっかしまぁ、よくぞここまで用意できるもんだと思ったら……」


 カーマを生産する施設を持たない天真PMCが、100に迫る数の機体を用意できた理由――それを、僕は先日の一件で知ることになった。

 それは、平たく言えば火事場泥棒だった。

 大型エイムの襲撃を受けて、大なり小なり損傷した国のカーマの部品を、天真PMCの回収班が密かに先取りをする。そうやって入手したパーツを組み合わせて、新たな機体として整備し、運用する。それが天真PMCのやり方だった。

 もちろん、法律違反ではある。奪って誰かを傷つける――なんてことが横行したら、その国はたちまち無法地帯と化してしまうからだ。それを抑制するための法だ。

 だけど、天真PMCならば、それが許されるのだ。

 整備の段階で国が照合してもわからないくらい派手に改造したりするから、警察も上手い事追求できない――という建前の元、天真PMCは、緊急時における出動と災害救助を率先して行うことを条件に、積極的に戦力を補充することを認められた。

そうやってカーマを乗り回す連中の方が、明らかに大きな戦果を挙げているという事実が、民衆を味方につけた。

 結果、国は不甲斐ないと見なされ、実績を積み重ねていく天真PMCを認めざるを得ない――そういう状況を作り上げることに成功した、というわけだ。

 つくづく、とんでもない連中だ。こんな組織のトップにいるような人間は、確実に頭のネジをノリノリで吹き飛ばしたような奴らに違いあるまい。

 はい、それウチの家族です。


(せめて、僕だけは真面目なまま強くあらねば)


 でないと、天真家の家系は変人だと誤解されてしまうからね。


 ◇◆◇◆ 


 いよいよ、模擬戦開始!

 見た目こそ強面の対戦相手の男だが、ロボットに乗ってしまえば関係ない。

 腕と頭が物を言う、パイロットとしての力量の戦いだ。


『簡単にくたばるなよ、坊主!』


 思った以上に流暢な日本語で、威圧をかけてきた。

 装備したマシンガンに装填した、ペイント弾を発射することで、挨拶に代えさせていただいた。当然、紙一重で避けられる。


『いいねぇ。下手に礼儀正しいよりずっと良い』


 相手もお返しとばかりに、ペイント弾を発射した。

 機体を横に移動させて避ける。

 アプレンティスは、肩に装着されたスラスターの出力が強力だから、反動に目をつぶりさえずれは、人間に近い動作で回避運動を取ることが可能になる。

 再び、撃つ。

 避けられる。相手が撃ち返してくる。

 肩のシールドで受け流す。そのまま前に突っ込み、突進を仕掛ける。

 衝突クラッシュ。相手が仰向けに倒れる。

 倒れた相手に向けて、マシンガンを構える。

 その前に、相手が倒れた状態で撃ち返してきた。

 後退して避ける。

 その間に、相手が起き上がってしまう。腰からナイフの形をしたペンキ付きのヘラを抜き取り、腰だめに構えてこちらに迫る。

 相手のヘラをもつ腕を掴んで、一本背負いを決める。地面に叩きつけられた相手は、少しの間動けなかった。その間に、銃口を機体に突き付ける。

 これで、ゲームセットだ。


「終わりだ!」


 機体のスピーカーで、審判に勝利宣言をする。

 だが、中年男性は返事をしない。


「ちょっと、聞いてないのか!? これ以上は無意味――」

『隙ありぃ!』

「うわっ!」


 急にモニターが真っ白のペンキで塗り潰された。


「勝負あり! マーティンの勝ちだ!」


 ここで、審判が試合終了の合図を出した。周りの隊員たちが、おかしそうな笑い声をあげる。それが、僕にはとても下品なものに聞こえて、不愉快になる。


「おい、どういうことだ!? 寸止めもしたし、決着はついただろうが!」


 さすがに、文句の一つや二つも言いたくなる。


『馬鹿は貴様だ!』


 ここで、審判の後ろにいた姉さんが、不機嫌そうに怒号を上げた。


『審判は試合終了の合図を出さなかった! それは、戦いがまだ続いているということだ! あの程度のことで相手が止まると考えるのは、お前が勝手に決めたことだろうが!』

「実際、あそこまでしたら相手は止まるだろうが!」

『その思い込みが! あの時姫さんを危険な目に遭わせたことを忘れたのか!?』

「ッ!」


 嫌な記憶を思い起こされ、言葉に詰まる。


『お前はきっと、お前の中の、お前にとって都合のいい常識とやらに照らし合わせて物を言っているんだろうが、そんなもんに付き合う理由なんぞ、私らにはない! そういうことを律儀に説明してもくれない相手に、ましてや敵に対して! 同じことをやられて、お前は同じように言い訳するのか!?』

「そ、それは……」


 言い返せなかった。

 今、姉さんが話した通りの展開――人は、それを『戦死』というからだ。


『その認識の甘さが、そして思い切りの悪さが! 敵の息の根を確実に止めようとしないその甘ったれた精神が! ……いずれお前やお前の周りの人間を殺す』

「…………」

『悔しかったら、この後の試合、絶対に負けるな』


 唇を噛む。いつの間にか血を流していたけど、そんなこと気にならないくらい、僕は自分に腹を立てていた。

 姉さんの言うことは、正しい。

 こんな調子では、確かに一家の恥さらしと言われても、文句は言えない。

 少なくとも、僕は姉さんの言葉に、納得してしまった。


『まぁ、落ち着けよヨーコちゃん。あそこまで操縦できりゃあ、上々ってもんじゃねえのか?』


 僕をフォローしたのは、対戦相手の男だった。

 こういう時に、こんな形で、しかも対決した奴に慰められるなんて。殺したくなるくらいムカつく。勝者が敗者にかける言葉はない――というのは、本当だったんだな。人によっては、何を言っても嫌味にしか聞こえなくなる。


『貴様は論外だ! 一般人に良いようにされて、ヘラヘラしてるんじゃない!』

『えっ!? あ、いやあそいつは――』


 言い訳がましい誤魔化し方をする男を相手に、周囲の人間が「そうだそうだ!」と同調するように囃し立ててきた。


『よし! じゃあ次に私の愚弟と遊んでくれるヤツはいるか?』


 姉さんの催促に、次々と隊員たちが我先にと機体の準備に入る。

 彼らにとって、僕はちょうどいい遊び相手ってわけだ。


「…………」


 そうかい、わかったよ。

 あんた達全員、痛い目に遭いたいってわけだな。


「へい、少年! 一対一、楽しもうじゃないか!」


 二十代後半と思われる日本人が、先のアメリカ人と交代で機体に乗り込んだ。

 おかしい連中に未熟者扱いされることが、ここまで腹立たしいとは思わなかった。

 上着のポケットに突っ込んでいた鉢巻を捲いて、気分を一新する。

 昔から、こういう真似をすると、なんとなくやる気のスイッチが入るのだ。


「……オッケェぇぇ~い」


 そこまで言うなら、本気で戦ってやろうじゃないか。

 僕は忙しなく、ペダルとスイッチを押した。

 天真PMC……全滅させてやる!

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