第6話 水中戦
横須賀市にエイムが大量発生した原因を突き止めた。観音崎の海の底にウルトラボードがあったのなら、むしろ当然の結果と言える。
でも、どうして壊れているんだろう?
『
「頼む!」
ロッタが通信を始めると同時に、ウルトラボードが緑色の光を発した。
「くそ! このタイミングでか!?」
光るウルトラボードは、周囲のサメや他の魚を吸収し、徐々にその姿を変えていく。やがて、黒い板だった物体は、鋭利な刃物が連結したような、そんな姿のサメに変わっていた。
「ロッタ! 舌を噛むなよ!」
『えっ――きゃあ!』
サメ型だから、サメエイム――そいつがマテリアムヴェインの右肩に食らいつき、そのまま上方へ向かう。そのまま海上に踊り出たサメエイムは、僕にかみついたまま上空を浮かび続けている。飛行能力もあるとか、どんだけ万能なんだ!?
「クッソ! 痛いなこの野郎!」
左手に水晶の槍を形成し、相手の横っ面に突き刺す。サメエイムは悲鳴を上げてマテリアムヴェインの右肩を離し、お返しとばかりに尾びれで横腹を殴り、こちらと距離を取る。海面擦れ擦れで飛行し、水の上に立つような姿勢を取る。
「あーあ、こんな所まで来て戦闘になるのか……」
『聞こえるか、蒼次郎!』
頭の中に、姉さんの声が響き渡った。甲高い声だから、耳が痛くなる。
「姉さん、敵だ! 壊れたウルトラボードがサメとか取り込んでエイムになった!」
『ほほう! ならちょうどいい、ひとつ実験と行こうじゃないか!』
「おおい! なんか喜んでないかい!?」
『敵の情報を得るまたとないチャンスだ! ピンチはチャンスと心得ろ!』
姉さんはあくまで真剣だった。
『あのエイムの遺体を回収できるかどうか、試してみろ!』
「遺体を?」
『エイムは、ウルトラボードに取り込まれて変異した地球か別の星の生物で、そいつの優れた能力を活かすために姿を変えることが可能だと言われている! サンプルとして確保するべきだわ!』
「貪欲だね!」
可能不可能は置いといて、まずは相手を無力化するところから始めなくてはならない。
それは、圧倒的な実力差でもつ者でなくては成し得ない。
つまり、姉さんは言外に告げている。
――お前の力を、示してみろ。
『腐っても天真家の男なら、その程度のことはやり遂げて見せなさい!』
「嬉しくねえエールだなぁ!」
そうこう言っている間に、サメエイムがコバンザメのような武器を飛ばしてきた。ミサイルのように飛んできたそれを避けるが、後ろで旋回して再び襲い掛かってきた。今度も避けたけど、コバンザメミサイルは、何度も何度も、執拗にこちらに食らいつかんと、空中を泳ぎ続ける。
「遠隔操作ってヤツか」
『威力の推定は……あなたの知識でわかりやすく申し上げるなら、ダイナマイト2トン分に相当するっぽいわ!』
「あぁもう! 急ごしらえで作れて良い武器じゃないだろうが!」
目からビームを発射して、コバンザメを撃ち落とす。大きな爆発は起こらず、コバンザメは海の中に落ちていった。
「ロッタ、あのコバンザメがまた襲ってきたら教えて! あれで終わりとは思えない! こっちは僕が何とかするから!」
『わかったわ。そっちも気を付けて』
奇襲の合図をロッタに任せて、僕は思う存分親玉の相手に集中する。
サメエイムは、頭部周りに水を発生させ、牙のようなものを形作る。鋭い槍のようなサメの歯が、弾丸となって僕らを襲い始めた。
「ッ!」
僕は紙一重でそれを避け続ける。その間にも、サメエイムは旋回を続けながら、いつでも僕らに襲い掛かれるよう狙いを定めている。
「こういう時に、せめてライフルみたいなのがあると良いんだけど……」
内蔵火器のビームでは、離れた相手に届いた時には威力が減衰してしまう。水中では、近距離武器と化してしまう。
マテリアムヴェインは、中~遠距離戦に滅法弱いのだ。
「クソ姉貴ー! 気を利かせろぉー!」
ヤケクソ気味に叫ぶと、
――ゴンッ!
「
突然、頭の上に何かが落ちてきた。同時に、バシャン! と海に何かが落ちた音がした。
『しっかりして、蒼次郎!』
「はっ!?」
聞き覚えのある声を受け、僕は目の前に光明が差した思いがした。
気付けば、頭上には鳥のマスクをつけたような赤いカーマが飛来していた。
姉さんの専用カスタム――ナイトフェニックスだ。
『落としたライフルを使って! それならマテリアムでも使える!』
そう言い残し、ナイトフェニックスは飛び去り、戦域を離脱した。
「一言言やぁ良いものを!」
今の声は、姉さんのものではなかった。だけど、誰の声か思い出す余裕は、今の僕には無かった。
僕は危険を覚悟で、海の中に落ちて、ライフルを拾い上げる。手にした三連装のライフルは、最早ガトリング砲と言っても良いデザインをしていた。カーマの両腕で扱う大きさだが、それ以上に巨大なマテリアムならば、片手で扱える!
「それでも、一回しか使えないだろうけどね」
一回というのは、チャンスということだ。
敵は素早い上に固い。おそらく、一度しくじれば、次は警戒して回避に徹するはず。そうなると、用意してもらったライフルはデッドウェイトになり、下手したら敵に逃げられる可能性が生む。相手が油断している、一発で決着をつけるべきだろう。
サメエイムがメイルシュトロームを発生させ、マテリアムヴェインを水の竜巻の中に閉じ込める。
『蒼次郎! なんか危なそ――』
「任せろっ!」
『ッ! うん……!』
ロッタを一喝して黙らせる。僕はそのまま動かず、水の流れを感じ取るため、身動きを取らずに神経を集中させる。大量の気泡の中で、何かが動き回る音がする。
数秒後、目の前に、サメエイムの開いた口を見た。
「……ッ!」
腰だめに構えたライフルが、一斉に火を噴いた。
敵の牙がこちらを砕く前に、ライフルから放たれた弾丸が、エイムの腹を貫き、吹き飛ばした。そのまま相手に向かって弾切れになるまで斉射し続ける。
やがて、弾切れになったと同時に、ボロボロになったサメエイムは砂浜の上に落ちて、そのまま動かなくなった。原型を留めている辺り、やはり頑丈なようだが、動けないのであればもう脅威とは言えない。
「よし!」
勝利したことを確信したその時――
『来た!』
「えっ――ぐあっ!?」
ロッタの叫びに呆気にとられた直後、左の横腹に激痛が走る。
視線を落とすと、先程撃ち落としたコバンザメミサイルが、マテリアムヴェインの左腹に噛み付いていた。
「な、なんで……こいつが……!?」
『だ、大丈夫、蒼次郎!?』
「へ、平気だから! 取り乱さないで!」
いかん、これは完全に僕のミスだ。ロッタは僕の指示を必死で守ってくれていたというのに、僕は勝手な思い込みでそれを忘れて、助けてくれたはずのロッタの声に怯んでしまった。
正に油断大敵! 愚かの極みだ。
でも、これで確信した。
「こいつが……本体だ!」
自分の肉ともいえる装甲が引き裂かれるのもお構いなしに、噛み付くコバンザメを引っ張り上げた。
「ロッタ……こいつを、元のウルトラボードに戻す方法って、何か無いの?」
『ご、ごめんなさい。そこまでは……』
「まぁ、無理もないか……ッ!」
あんな風に合体するような生物を分離させる方法なんて、そうそう思いつくものじゃない。
『とりあえず、滅茶苦茶に電流みたいなのを流してみるとしますか』
「えっ?」
マテリアムヴェインの右手が光り輝き、電流を発生させた。電流は、そのままコバンザメ――ではなく、サメエイム本体の身体にも流れていく。
「な、なんだこれ!?」
『人の身体の中にある電流を、マテリアムの力で強化したものよ。RPGの、サンダー系統の魔法みたいなもんとでも思っといて』
「えぇ~……?」
そんな方法で本当に合体解除なんて出来るのかな? なんて思っていたら、エイムの肉体に異変が起こった。波紋のように肉体が揺れたかと思ったら、その中心から次々と取り込まれていた魚類たちが放出され、海に落ちていった。
後には、黒いウルトラボードの欠片が残されて――消失した。
◇◆◇◆
戦闘が終了して、ホッと一息――つけなかった。
「この馬鹿が」
待っていたのは、説教という名の公開処刑だった。周りには、野次馬や警察、そしてロッタが、気の毒そうに僕を見ている。
みんなの目の前で、僕は正座させられ、見下ろす姉の小言を延々と聞き流していた。マテリアムのダメージが多少反映され、左わき腹に裂傷ができているのに、処置もしないままで、だ。サンプルが手に入らなかった落胆もあってか、いつもより静かにキレている。それがまた不気味だった。
「自分で指示しておいて、そのせいで怪我をするとは言語道断。お前は、自分を助けてくれた女を死なせかけたんだぞ」
「うぐっ……!」
何も言い返せない。全て姉さんの言うことが正しい……。
「あ、あの、もう結構ですよ? 蒼次郎は充分に役目を果たしました……」
「出来の問題だ。それに、君は愚弟に甘い」
「あ、はは……」
これ以上の口出しは無用と悟ったロッタは、それ以上言うのをやめた。
「……うん。今まではお姫様の安全を優先して、ボディーガード役のお前も併せて極力前線に出すことは避けていたが、こうなってしまえば話は別だな」
「ゴッ!」
姉さんは俺の顎を持ち上げられ、強引に目線を合わせる。
「せっかくだ、蒼次郎。仮入隊という形で世間の目を逸らすつもりでいたが、お前は存分にこの私がコキ使ってやる」
「えっ!?」
「仮面もつけたがらない半端者だとか言っている場合ではない。ナマクラとなった貴様が再びまともに戦えるようになるには、徹底的に鍛え上げるしかない。実戦でな」
「ちょ、ちょっと待て!」
あまりに一方的な物言いに、僕は思わず反論する。
「じーちゃんの手伝いはどうするつもりだ!?」
「あの、陽子さん。私は――」
「そっちは別に良い!」
「何を言うんですか、蒼次郎!?」
どうせロッタは、他のヤツの前ではグータラ出来ないから嫌がっているんだろう。魂胆見え見えだし、ニートの面倒を見なくて済むのは、正直ありがたい。
なので、気にするべきは働く者としてのケジメの付け方だろう。
「おじいちゃんには私から説明をしておく。というより、あの人の作っている機体はお前がテストパイロットをするつもりだったんだろう? だったら、お前の腕前が鈍らないようにしておくのは、将来的におじいちゃんのためにもなろう」
「なら良いけど……本当にちゃんと説明してくれよ?」
「わかっている。それと、お前が抜けた穴を埋める人材――姫様のシッター役だが……」
姉さんは、自分の機体を見上げる。
「あぁ、そういえばさっきはフォローサンキュー。武器の運搬、助かったよ」
「うむ。ま、操縦してたのは私じゃあないが」
やっぱり、あの時のナイトフェニックスには、別の誰かが乗っていたようだ。よく考えたら、姉さんはずっと浜辺で、こちらや別の場所で作業中の小隊メンバーを指揮していた。〈マテリアムヴェイン〉のズーム機能――ではなく、遠視能力でも姉さんの姿は逐一確認していたので、あの場でカーマに乗って援護に出るのは不可能だった。
でも、パイロットは別人でも、援護を指示したのは姉さんだ。その辺は、筋を通しておくべきだろう。
「うむ。せっかくだから、直接礼を言ってやれ」
「うん、そのつもり」
となると、あの時ナイトフェニックスを操縦していたのは、誰なんだろう?
「後釜には、お前もよく知る人間を送る。誠実さの一面だけ見れば、お前以上だ」
ナイトフェニックスのコクピットが開き、操縦者が姿を現した。
ブラウンのロングヘア―を後ろで結わえた、鋭い双眸をした綺麗な女だった。紺色のミリタリーウェアに包まれた肉体は、女性らしさを表す凹凸と、豹のようなしなやかさが見て取れる。
彼女は、僕達姉弟の幼馴染だった。
「お疲れ様、蒼次郎。大変だったわね」
「久しぶり……あと、ありがとう。助かったよ」
幼馴染の瑠華と、時の流れを感じさせることのない挨拶を交わす。見た通り、ドライな性格をしている瑠華だけど、おおよそ2年ぶりに会ったはずなのに、まるで家族のようなやり取りが出来る。
僕にとって、瑠華以上に信頼できる人間はいない。
「大変だったわね。聞いていたけど、あなたもカーマに乗っていれば、あんなことにはなっていないと思うわ。だから、必要以上に気にしないで」
「そんなの言い訳にならないよ」
「でも、今のは私の感想よ」
「そっか」
苦笑しながら手を上げると、瑠華はそっと僕に近づき、頬を当ててくる。こういう仕草は、どこか犬みたいで可愛い。
「あ、あれあれあれあれ~……?」
何故か、ロッタが慌てたようにこっちを見ている。
対して、瑠華は微笑を浮かべながら、余裕ある態度で一礼をする。
「初めまして、ロッタさん。今日から、私、藤堂瑠華が、あなたの護衛とお世話係を務めさせて頂きます。よろしくお願いします」
「は、はい……!」
ポーカーフェイスにも似た笑顔を浮かべているロッタだが、どうやらヤツにも瑠華のクソ真面目さを察することが出来たようだ。これなら、ロッタも今まで通りパンイチで寝転がるだけの毎日を送ることは難しくなるはずだ。
いい気味だ。実に気分が良い。これから僕を待ち受けているのは地獄かもしれないが、その一方でロッタも大変な目に遭っていると考えれば、きっと耐えられるはず。
「よぉぉぉぉし! やるぞー!!」
「うむ! なんか黒い思惑を感じるが、その意気だぞ愚弟!」
「……覚えてなさいよ、蒼次郎……!」
「? おー……で、良いんでしょうか?」
さぁ、今日から新生活だ! 腐らず、頑張っていこう!
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