第5話 海に眠るもの
30分ほど移動に時間をかけて、目的地の
「わぁ……これが海かぁ! 知識では知ってたけど、実際に見るのって初めてだわ!」
ロッタは目を輝かせながら、青い海を眺めている。
「元の国には無かったんだ? 内陸だったの?」
「うん! 商談との取引をする時、気分転換も兼ねて港町で交渉をすることがあったみたいだけど、私は連れて行ってもらえなかったからね……」
「まぁ、やることが無いんだったら、城から出していい理由が無いってことだろ?」
「ねえねえ! ここって、泳げるの?」
皮肉を言ったつもりが、無視された。
「質的な意味では体に害はないだろうけど、ダメだよ。エイムがいるかも知れないんだから」
「そっか。それもそうね……」
さすがに、敵が潜んでいると言えば、わがままなロッタでも納得する。
まだ空が青かった頃、ここいらは夏に海水浴客やキャンプをする人達で賑わっていたという。だけど、空が紫色になり、いつエイムが飛び出すかわからない現在では、閑古鳥が鳴いているのが普通になっていた。近場に美術館やら海鮮丼の店があるため、完全に寂れているわけではないみたいだけど、それでも地元住民の気持ちは、今の空のようにどんよりしたものになっているだろう。
「以前、ここで何があったかわかるか?」
「戦闘でしょ? ニュースで見たよ」
「そうだ。お前がのんきに姫様と乳繰り合っている内に、私の小隊とエイムとの、血で血を洗うような激闘が、ここで繰り広げられたのだ」
「やだもう、お義姉様ったらー」
「二人とも、遊んでるでしょ?」
「わかるか?」
「そりゃもう」
二人とも、ボーっと海を眺めているだけだもの。
「もう少し照れていた方が、男の人として可愛げあると思うわよ?」
「イテテ。ペシペシするんじゃない」
ロッタが肩を叩いて来るのを、右手で防ぐ。
「ここでの戦闘は、まず自衛隊から派遣されたカーマ部隊が手も足も出ないってんで、私達に泣きついてきたことから始まってな。お前も知っての通り、海外派遣で留守にしている父と母の代理として、最強の小隊である私のチームに、派遣の依頼があったわけだ」
自画自賛しているようにも聞こえるが、特に指摘はしない。
事実、一番実績があるのは、姉さんのチームだからだ。
「軍の損害は大きくないって聞いてるよ」
「当たり前だ。私達が来たんだからな」
言葉とは裏腹に、姉さんの声のトーンが、少しだけ落ちた。
結局、戦争とは命のやり取りだ。
どんなにがんばったって、犠牲は出る。
そういうもんなんだ……。
「まぁもっとも、あの程度の敵に手こずるほど、私の小隊はヌルくない。殺す一歩手前まで教育した甲斐があるというものだ」
「自慢話をしに来たんだっけ?」
「そんなわけないだろう。話の腰を折るな!」
「イテッ!」
脳天に拳骨をくらった。どうして、姉という生き物は都合が悪くなると弟に八つ当たりをするのだろうか?
「その戦闘が終了して、今日でちょうど二週間が経過した。自衛隊は、行方不明者の捜索を終了せざるを得ないと言ってきた。こうしている間にも、エイムの活動は続いているからな。そちらへの対処に回っているのだろう」
「ふぅん……?」
今以上の犠牲者を出すわけにもいかないから、それはやむを得ないと言えるのかも知れない。いなくなった人と、その関係者のことを思うと心苦しいかも知れないが、彼らは彼らの使命を果たさなくてはならない。
話が続かないので姉さんの顔を伺うと、何故かため息をつかれた。
「……ここまで話して、まだ察しがつかないか?」
「つかないなぁ」
こちとら、超能力者ではありませんのでねぇ。
「戦闘終了してから、自衛隊の捜査打ち切り……ここまで話してまだ気付けないとは。お前という男は、つくづく期待外れと言わざるを得ないな」
「あれだけの情報で頭の中身を言い当てろとか、無理ゲーにも程があんだろ」
「私はス〇ブラのチーム戦で、CPレベル9を3体相手に、ハンデ100%ストック1で勝利したことがあるぞ」
「そういう自慢話をされてもねぇ」
確かに凄いとは思うけど、今の会話とは全然関係ない。
「これだから男は……姫様ならわかるだろう?」
「そうなのか?」
「ふむ……」
ロッタは顎に手を添えて、考える仕草を見せる。
「私が思うに……」
「思うに?」
「お使いでしょうね」
「……何の?」
どんなロジックで、そんな答えが導き出せるのか? 一度、ロッタの頭を解剖して調べてみたいもんだ。
「その通り!」
「どんなもんです、蒼次郎?」
「もうやだこの世界」
どうして、「僕だけがおかしいのか?」とか思わなくっちゃいけないんだろう?
「ズバリ! お前達がすべきことはお使いだ。海中に沈んだ、自衛隊のカーマの残骸を、可能な限り回収してくるのだ!」
「それをお使いというのか……?」
「手に入れたブツを持ってこいというんだ。お使いという言い方に間違いがあるのか?」
「……良いのか? そんなこと勝手にやってさ」
正しい云々を指摘したら、まーた面倒なことになるだろうから、何も言うまい。
「自衛隊だって、調査の段階の段階でかなり回収は出来ているもんじゃないの?」
「出来ていない物だってある。それを確実に手に入れ、手入れを行うことで我らの資材、あるいは戦力とするのだ。まるっと残ってたらラッキーだな!」
「はっきり言うけど、それって火事場泥棒だねぇ~」
「密約のルールに基づいた行動だ。文句は言わせんよ! わぁーっはっはっは!」
何が誇らしいのか、姉さんは悪びれもせずに高笑いをあげた。
「……せめて、あんたントコのメンバーに手伝わせなよ」
事情はわかった。けど、わざわざマテリアムを持ち出してまですることとは思えない。作業中にどこかでエイムが暴れでもしたら、どうするつもりなんだ?
「貴様、あれが目に入らないのか?」
「ん?」
姉さんが指差した方向を目で追ってみる。
その先にある近隣のホテルの向こう側で、レッドカラーの丸っこい人型カーマ『ソルジャー』が浅瀬に立っており、潮干狩りをするように前のめりの姿勢を保っている。天真PMCのカーマは、警察や自衛隊が持ち出すような車両に手足が生えたようなデザインではなく、じーちゃんの新型機みたいな、頑丈さが売りの人型で統一されている。
そして、あれらのカーマの右肩に付けられたVの字マークは、姉さんの小隊に所属していることを表していた。
「……あぁ、もう作業に入ってんのね」
「わが社のカーマは、戦闘能力こそ強化しているものの、耐水仕様ではないから、海中での活動には制限があるのだ。そこで、お前達の出番というわけだ」
「こっちも、試したことは無いからわかんないんだけど……?」
「聞けば、姫様がこっちの世界に初めて出てきた時は、宇宙だったんだろう? 宇宙で活動出来て、海中で出来ないわけがないだろう」
「あぁ、そりゃそうか」
一本取られた。この変態姉に先に気付かれたという事実が、悔しい。
「そんなわけで、これからお前達には私の指揮下の元、存分にトレジャーハントに励んでもらうことにする!」
「こっちだけ負担デカい……」
「適材適所だ。文句があるなら、任務をきちんと果たしてから言うんだな」
「報酬は?」
「姫様には弟をやる。存分にコキ使うがいい」
「本当ですか!?」
「ふざけんな! それじゃ僕はどうなんだ!?」
「梅干しで充分だろう」
「ァアー! ムカツクー!!」
つい、頭に血が上り、姉さんの背中に肩をぶつけてやった。笑顔で、肩に手刀を叩き落とされた。右腕が斬り落とされたと錯覚する程度には、痛かった。
結局、姉に勝てる弟はいないという、訳の分からない理論を実証する羽目になった僕は、涙交じりに女どもに顎で使われることになった。
◇◆◇◆
そんなわけで、ロッタと共にマテリアムヴェインなり、海中に潜る。
『不気味だけど、綺麗ね……』
「そう思える内は、心配はいらないね」
ここら辺の海域は、砂浜の近くということもあり、まだ水圧が弱めの場所だった。おかげで、体の心配をすることなく、作業に集中することが出来ている。
『あれね』
「そうだな」
目のライトで海中を照らすと、そこには先日の戦闘で破壊されたカーマの残骸が、いくつも並んでいた。緑色のカラーリングのカーマは、自衛隊が運用するデザインのものだ。
まるで、殉職した自衛隊員たちの墓標のようだ。
「こういうのを回収すれば良いんだよな……ロッタ。この場所、記録することって出来る?」
僕が出来るのは、あくまでボディを動かすことだけ。中の電子機能――なんてものがあるのかわからないけど、他の機能は、ロッタにしか扱えない。
『少し待ってね……うん、出来たわ。難しく考えず、感覚で感じ取ってみれば、すぐにあなたの頭にも情報がインプットされるわ』
理性ではなく、感覚で理解する。
それを心掛けたおかげか、僕は自分が目印を入れておきたい地点が、光って見えるようになっていた。まるで、目の前だけがゲーム画面になったような気分になる。
「なら、とりあえず運べるだけ運ぶよ」
まず、2機の損傷したカーマを両脇に抱えて浮上する。そのまま海上に出て、姉さんの誘導を受けながら、砂浜に機体を降ろしていく。そして、先程記録したポイントに戻る。これを繰り返す。
振り返ると酷いもので、海底には20に近い数のカーマが転がっていた。遺体が残っていた機体もあり、戦いの凄惨さを改めて思い知らされた。
(やっぱり、今の僕は、特別な立場にあるってことなのかな……?)
何気なくやっていても、僕もロッタという協力者がいなければ、今頃は余計な正義感を出して死んでいた可能性だって、あったのかも知れない。そういう意味では、僕は他の人達より恵まれていると思う。
それに気付いた時、僕は命懸けで戦い抜いた自衛隊の人たちの勇気に、敬意を払いたくなった。僕の知らないところでも、僕の日常に繋がっている場所を守ってくれている。本当に感謝しかない。
やがて、目ぼしい物質は全て運び終えたことを確認した。
「ふぅ……」
海中だけど、とりあえず一息つく――ような動作をとる。こうしてマテリアムになっている状態では、肉体的な疲労は感じないけど、精神的に消耗すると動きが鈍ることがある。また、僕が大丈夫でも、ロッタが限界を迎えたら、体内のエネルギー循環が崩れてしまい、変身が解除されてしまう。
便利な一方、人間の精神というデリケートな弱点を抱えているのが、マテリアムという兵器だった。
『蒼次郎、大丈夫?』
珍しく、ロッタが気遣わし気に声をかけてきた。僕の消耗が激しいと思ったようなので、短く笑い飛ばして見せる。
「僕は平気だよ。君は?」
『私も平気。立場上、初めてでもないから』
「そっか」
この世界に来る直前――それ以外にも、ロッタはエイムの襲撃で国民達の死を目の当たりにしてきたんだ。それでも気丈に振舞わなくてはならないのは、彼女の心の強さ――というより、王族としての意地と義務感だと思う。それを、自分より年下の女の子が持たされているという事実に、世の中の不平等さを感じる。
『でも……国民のために命を賭して戦った兵士という存在は、国境はもちろん、世界が変わっても偉大なものなのね』
「そうだね……」
それについては、本当にそうだと思う。
彼らだって、自分の幸せのために生きたって良いはずなのに、それでも命を懸けて戦う役職を選んでいる。たとえ、金のためという理由だとしても、自ら国民の盾になって戦うことは、簡単なことではないはずだ。
『せめて、祈ろうと思います。彼らの命が、無事に天に召されるように……』
「うん」
僕の中で、ロッタが祈りを捧げているのを感じる。手を合わせ、目を伏せているその姿は、どこか神聖なものを見ているようなイメージが頭に浮かぶ。
今だけは、彼女が穏やかに祈れるよう、気を配ろうと思った。
そう思って、周りを眺めていたその時だった。
「……ん?」
『蒼次郎?』
「なんだ、あれ……?」
気のせいじゃなければ、目の前には分厚そうな黒い板のようなものがある。上半分には、何かに噛み切られたような跡があった。
「ロッタ。あれが何だか、分析することは出来る?」
『試してみる。少し待ってて』
待つこと10秒間。ロッタが息をのむ音が、頭の中に響く。
『あれ……ウルトラボードじゃない?』
「えっ?」
ロッタが、マテリアルヴェインの両眼を模ったカメラから、ライトを照らす。すると、黒い板のライトに照らされた箇所が、七色の光を発した。
「やっぱそうか……壊れてるみたいだけどな」
どうして、今になってこんな物が見つかったのだろう?
何か、嫌な予感がしてきた。
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