第4話 姉と書いて暴君と読む

 翌朝。時計の針が七時を回ろうとしていた時、奴は来た。


「うおりゃああああああああああああああああ!!」


 バァアアアアアアアアン! と自室のドアを蹴り破る音が、部屋中に響く。


「痛ってぇ!」


 寝ぼけていた僕は、普段ならよけられたはずのドアの破片を額にぶつけられ、頭を抱える羽目になった。こんな理不尽な起こし方をする人間を、僕は三人しか知らない。


「父さんか!?」

「ちげーよ!」


 背中に蹴りを入れられた。

 振り向いた先に、悪びれもせずに仁王立ちしているのは、サバゲーなんかで着る迷彩柄のタンクトップと黒いカーゴパンツ姿の変な女だった。グラビアアイドルのような体つきをしているから一見は美人かも? とか幻想を抱いてしまいがちだが、口元が露出したグレートヘルムみたいな仮面なんか被っているために、全てが台無しになっている。

 悲しいことに、僕は目の前にいる変な女とは、血縁関係にある。


「……姉さん、ドア壊さないで入るという選択肢は無いの?」

「ある! だが今日は破壊したい気分だった!」


 我が姉、天真てんま陽子ようこは、何の悪びれもせずに高らかに笑った。寝起きの頭に響く。余談だけど、残る候補者二名は、父とじーちゃんである。


「……仕事から戻って来たの?」

「その仕事の件で、貴様と姫様に話がある」

「急に何なのさ……?」

「移動しながら話す。まずは車に乗れ」

「ぐぁっ!」


 理不尽にも顔面に膝蹴りを食らったことで、僕の意識は強制的に覚醒させられた。こんな調子じゃ寝直すことも出来ないので、観念して着替えを始める。女の目の前で着替えるのはマナー違反かも知れないが、コイツは実姉だから無視していい。

 いつもの出で立ちに着替え終えたところで、姉さんが鼻を鳴らす。


「おい、蒼次郎そうじろう。問題の姫はどこにいった?」

「えっ? 姉さんの部屋にはいなかったの?」

「もぬけの殻だったぞ。ちなみに、ここが最後の探索場所だ」

「えぇ……?」


 ロッタには、姉さんから直々に自分の部屋を貸し与えていた。同じ女ということで気兼ねなく使えるだろう――という心遣いなのかも知れないが、あの人の部屋は壁一面にモデルガンが飾ってあるというミリタリー色過多な不気味な空間だった。寝るだけなら問題ないと思っていたけど、よもや逃げるとは……。


「……ふむ」


 姉さんは僕のベッドの掛布団を引き剥がす。その下にある物体を見て、僕は思わず目を剥いた。


「あれ!?」

「……大変良いご身分だな」

「んん……」


 布団の下には、パンイチのロッタが眠っていた。全然気づかなかったぞ……!


「…………ふむ」


 姉さんが、無言でにじり寄ってきた。全身に、殺気と言う名の赤いオーラが漂っているのを見た気がする。


「い、いや……待って……! 僕は何もしていない!」

「隙だらけだ馬鹿者ぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

「うごぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」


 両膝で首を挟まれ、そのまま回転させられ、床に顔面を叩きつけられた。フランケンシュタイナーというプロレス技で、下手したら人を殺せる技だ。


「ださい~……」

「うるせぇ……」


 寝言だとわかっていても、言わずにはいられなかった。


 ◇◆◇◆


 着替えを終えた僕とロッタは、姉さん所有の黒塗りのスポーツカーに乗り込んだ。急かされたから、ロッタはドレスではなく、昨日と同じく僕のTシャツとカーゴパンツを着てもらっている。運転席には姉さん。僕は助手席。ロッタは後部座席だ。

 軽快に車を走らせる姉さんが目指すのは、横須賀市だという。


「それで、なんで急に僕らを呼ぼうとしたのさ?」


 当て付けのように姉さんを睨みつけながら、首をさすって見せる。


「状況が変わった」


 少しだけ、姉の声が固くなる。


「国が、お前達の存在を公にマークすると宣言した」

「僕達を、マーク?」


 父が社長を務め、姉も所属している民間軍事会社『天真PMCピーエムシー』。非公開扱いではあるものの、マテリアムヴェインは天真PMC所属であると、政府からはそう認知されている――と、僕は姉さんから聞かされていた。それは、マテリアムヴェインが戦うということは、事後報告にはなるけど、国からの依頼を受けた天真PMCが対応したとされる(だから、したっぱポリスは僕らの素性を知らない)。

 もしかして、お得意様から睨まれるようなことをしてしまったのではないか?

 そう考え、僕は少しだけ気落ちする。


「なんでそんなことに?」

「マテリアムになったのは良いが……あれで悪目立ちし過ぎたみたいだぞ」

「んなアホな! 誰にも迷惑なんて……かけた覚えは、無いんだけど……」


 そうは言いつつも、完全に否定できる材料もないせいで、声が小さくなっていく。

 それは、ほとんど願望に近い弁明だった。僕自身に自覚が無くても、実害を与えられた人がいないなんて、誰が保証してくれるっていうんだろう?


「得体が知れん。それだけで、世間がそいつを攻撃するのに充分な理由になる」

「……あぁ、そういう」


 つまり、情報が足りないせいで、みんながマテリアムにビビっているのか。

 わかる気はするけど、今さらってカンジだな。


「あの強大な戦闘力を野放しにしておきたくはないし、一応は交渉を試みるってんで、和平交渉を謳ってはいるみたいだけどな。まぁ、しばらくはピエロを演じるつもりらしいぞ。お前達と交渉してるーみたいなことを言ってな」

「そうかよ……」


 国を運営するって、大変だ。なんせ、何も知ろうとしない人達だって、ちゃんと守らなくちゃいけないのだ。僕らみたいに、ただ目の前の敵を倒せばいいなんて、単純な戦いじゃないんだろうから。


「……それで、僕らはどうすればいいの?」


 今までのように動けないなら、どうするべきかを確認しなければならない。

 僕の問いに対する姉さんの答えは、それはもうあっけないもんだった。


「私の隊に引き込む」

「はい?」


 思わず、姉さんの横顔を見る。仮面越しに、姉の醜悪な笑みを見た気がした。


「要するに、バカ騒ぎしてる連中は、マテリアムがわからないから怯えているわけだ」

「話に聞いた通りならね」

「ならば、所属先をはっきりさせた上で、きちんと話し合いが通じる相手だとわからせてやる。そうすれば、今みたいギャーギャー叫ぶ理由も無くなるってもんだろう」

「国はそれで納得するの?」

「するに決まってるさ。元々、秘密にしていたことを、ようやく堂々と公に出来るんだからな。昨今の国民は、政治家が隠し事をしていることを極端に嫌う傾向にある。ここでこうしてアピールしてやるのが、良いタイミングだと思ったんだろうさ」

「誰と戦ってんのか、わかんなくなるね……」


 この話で僕が決めたことは、将来政治家を目指すことだけはやめようってことだけだった。


「利用できるものは何でも利用する……国に所属していなくても、依頼という形を取れば、ある程度でも国がお前達を制御していると見せつけることも出来るからな」

「そのために、僕はともかく、ロッタを命の危険に晒そうってのかい?」


 今の話を聞いて、どんな気分になっただろうか? そう思って振り返るも、出てきたのは僕のため息だけだった。

 当のお姫様は、のんきに出来合いのサンドイッチを頬張っている。……僕の分まで食われている気がしたのは、気のせいか?


「ウィンウィンってヤツだ。悪い話ではないし、何より可愛いお姫様のことならお前が命を賭けて守ってやればいい」

「うふふ。期待してるからね!」

「簡単に言うよ……」


 ロッタの本性を知らないから姉さんはこう言うんだ。知っている身として言わせてもらうなら、彼女のために命を張ること程、馬鹿らしいことはそうそうない。


「ていうか、父さんと母さんは僕が会社の名前を使って戦うこと、許さないんじゃないの?」

「あら、どうして?」


 後部座席から、ロッタが僕の顔を覗き込んでくる。

 そして、今のロッタの質問は、僕にとって一番聞かれたくない質問だった。


「……我が家には、間抜けな家訓があってだね」


 僕は、姉さんの仮面を見る。


「そいつは、天真家秘伝の仮面をかぶらない異端者とでも言うべき存在なのだ。強者の証を自ら放棄する愚か者ということで、天真PMCに関わることを止められているのさ」

「異端は僕以外のみんなだろ……」


 恐ろしいことに、天真家には代々、戦う者ならば仮面をつけよという、ふざけた「しきたり」がある。事実、姉は見ての通りだし、じーちゃんは昔使った仮面を使って事故で破損した頭蓋骨を補強しているから、ノーカンらしい。

 だけど、僕はそれを固辞し続けているため、両親との折り合いは良くない。固辞する理由は――街中で姉のような仮面をつけたらどんな風に思われるか――と考えれば、それ以上言う必要はないはず。

 それでもあえて言うならば、答えは「ダサすぎる」からだ。

 僕は、年少の頃から、姉さんが仮面をつけていたことを理由に周りからちょっかいを出されるところを見続けてきた。小学生に上がった頃から既に大人顔負けの強さを誇っていた姉さんは、絡んでくる連中を常に半殺しにしてきたからすぐに逆らう人はいなくなったけど、それでも僕にはその姿が異形のものに思えてならなかった。


「騎士の家系のようですね」

「そんな大層なモンじゃないよ……」


 ロッタは我が家のおかしなルールを、好意的に受け止めていた。これこそが、カルチャーギャップというヤツか。


「我が家は傭兵の一族みたいなものだけどな」


 姉さんが補足する。


「戦闘者という意味では、しっくりくると思ったのですが……いずれにせよ、蒼次郎は家系を誇らしく思っていないということは理解できました」

「この件で余計なことを言うのはやめろよな?」

「そんなことしないわ。あなたはしっかり、私を守ってくれているもの」

「信頼されてるんだな、我が弟は」

「やめろって……」

「うふふ」

「仮面も付けてないくせに」

「……だからだと思いたいんだけどなぁ~」


 やがて、海が見えてきた。空を飛ぶカモメを眺めながら、気持ちをわかってもらいたいという念を飛ばしてみたが、返ってきたのは「アホー」という鳴き声だけだった。

 カモメって、そんな鳴き方だったっけ……?

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