第3話 体がデカいと、何かとコキ使われるもんだ
あの日の夜、私もまた、初めて彼女と出会った。
胸に光を放つ宝石をもつ、不思議な少女だった。
眠る彼女の頬に手を触れる。あたたかく、なめらかで、心地良い感触だった。
彼女が目を覚ます。口を開いた。
――敵がいます。
振り返ると、黒い怪獣のような巨大な生物が、こちらを見下ろしていた。
彼女は言った。「力を貸してください」、と。
どうすればいいの? と尋ねる。
彼女は答えた。「気持ちを重ねて」、と。
彼女は、宝石を私の胸に押し当て、何かを呟いた。
すると、私の身体は光に包まれ、彼女を守る様に包んでいく。
そして、私は自分が人間じゃなくなったことを、本能で理解した。目線が、巨大な生物と同じになっていたからだ。
だけど、不快な気持ちはなかった。
ひとまず、刃となった腕を振るい、怪獣を横一文字に切断する。斬られた怪獣は、そのまま光の粒子となって消滅した。
私は、すぐに人間の姿に戻れた。
その時、私は彼女の全てを
――ロッタ・ミルクレイル=アストライア。
彼女の名前を呼んだ。
彼女は、「はい?」と応えた。
これから、どうしたいのか? と尋ねる。
彼女は、笑顔で答えた。
――とりあえず、甘いものを食べて寝たいです。
彼女の騎士となり、彼女の情報を得た私は、その言葉の意味をよく理解できた。
私は彼女の手を引き、歩き出した。
彼女の帰るべき場所こそ、私が目指す場所でもあったのだ。
◇◆◇◆
「僕はね、ああいうタイプのエイムは君を連れ戻すために来たと思うんだよね」
ティラノサウルスのような恐竜型のエイムをいなしながら、僕は「今の僕の身体の中にいる」ロッタに言い聞かせる。
マテリアムヴェイン――真紅と桃色の金属で構成された鋼鉄の巨人となった僕にとって、先程まで脅威だった恐竜エイムが、今では元気過ぎる大型犬のように映っている。
『
「でないと、僕があいつらに狙われる心当たりが無いからさ」
『重ねて言うけど、彼らの正体は私にもわからないからね?』
「わかってる。そうだったら良いなぁって思っただけだよ」
エイムは、ロッタの世界でも無差別に人類を攻撃していたらしい。したがって、彼女だけ特別視される理由は、特にない。ただ、この世界で唯一のアールマイト――マテリアムを使うためのツールの保持者とわかれば、目立ちはするだろうけどね。
『来るわよ!』
ロッタが叫んだ直後、恐竜エイムが僕の腹目掛けて頭突きを仕掛けてきた。
「おっと!」
両手で敵の頭を抑え、止める。恐竜エイムの膂力は強く、徐々に押されていく。
「こいつ結構力が強いな……!」
だけど、こちらの想定は超える程ではない。その勢いを利用して足払いをかけ、地面に転がしてやった。
『エイム発見!』
そこに、戦車やパトカーに手足が生えたようなデザインのカーマが、3機編成のチームでやってきた。星形のマークが入った青いカラーリングは、警官隊の証。どうやら、知らせを聞いて駆け付けたナショナルの先遣隊らしい。
『これは……同族嫌悪か?』
「えっ?」
もしかして、こっちもエイム扱いしていらっしゃる?
『今は争っているようだが、途中で手を組まないとも限らない。どうしたものか……』
『上の判断を待つのが適任だろうが、とにかく今は周囲に被害が拡大しないようにだけはせんとな』
『できれば、同士討ちがありがたいというのが本音だがな』
『なら、見守ろう』
『『異議無し!』』
3機のカーマは、少し離れた場所に移動し、ライフルを構えながらこちらを注視し出した。当たり前だが、援護なんて期待できないだろう。
「……税金泥棒め!」
『あの人たちの給料、私のスイーツ代にするべきだと思わない?』
「建設的な意見だねぇ」
僕からすればどっちも金の無駄遣いにしか見えない――と言いたいところだけど、実際に抑止力になっている以上、ロッタの言い分は正しい。その事実がまた腹立たしい。
「ハァ……馬鹿らしくなってきた」
付き合ってらんないな。決して焦らず、だけどとことん効率的にケリをつけるとしよう。左腕を、恐竜エイムに向ける。
『撃っちゃう?』
「撃っちゃえ」
僕の指示を受けて、ロッタが左腕を切り離し、弾丸のように恐竜エイムめがけて飛ばした。左腕はそのまま手を竜の頭部のような形になり、飛龍の如く恐竜エイムの頬の皮膚を食い千切る。戻ってきて、再び僕の左腕に戻った時には、恐竜は全身傷だらけの状態になっていた。
『こういうのって、ロケットパンチっていうのよね? こっちのはドラゴンの頭になるから、ドラゴンロケットパンチって呼ぶことにしない?』
「安直だね」
『こういうのは、単純かつ多少カッコ悪い方がカッコいいんだってね』
「まぁ、君の好きにしたらいいよ」
どうせ、僕が叫んだって意味は無いのでね。そこは自己責任でお願いします。
「じゃあ、これで仕舞いと」
『OK』
僕が右手を恐竜エイムの額に当てると、ロッタがそこから超熱エネルギーを流し込み、恐竜を内側から破壊した。脆くなったエイムの肉体は崩れ落ち、辺りに散らばった。
『あ、終わった!』
『強そうな方が生き残った!』
『でも、我々で勝てそうな気もしないなぁ』
『和平交渉とかできっかな?』
「…………」
呆れて物も言えなくなった。気持ちはわからんでもないけど、勝てそうにないから交渉というのは、なんというか、身勝手の極みというか。
「……帰るか」
『そうね』
ロッタの許可も得たので、怠け者の警察に後始末は押し付けて、こっちは勝手に帰らせてもらうことにしよう。放っておけば、警察が自分達の手柄にするために嬉々としてお掃除してくれるから、こっちとしては助かる。
『でも、こっちの正体を秘密にする理由ってあるの? 手柄を立て続ければ、いずれ私達のことをみんなが認めてくれそうなものじゃない?』
「まぁ、とりあえずはそういう指示なんでね」
これは、両親からの指示だった。あまり目立ち過ぎると国に良いようにコキ使われる――なんて脅されたら、自由を謳歌する絶好の機会である大学生活を丸ごと台無しにされかねない。さすがにそれはご勘弁願いたい。
「自由を奪われるのは、君としても嫌だろう?」
『その通ぉーり!』
「素直で助かるよ!」
僕は上空に飛び、空の彼方へ飛び去って行く――と見せかけて、ロッタと共に、自宅からは2キロくらい離れた位置に着地する。これは、みんながマテリアムの幻影を見上げている隙に脱出することで、パイロットであると疑われないようにしようっていう寸法だ。
着地した場所は、僕とロッタが初めて出会った、あの自然公園だ。
「……えっ? 歩くの?」
周囲に乗り物の類が用意されていないことに気付いたロッタが、絶望したような表情を浮かべる。
「もちろん。軽い運動するにはちょうど良い距離だよ」
「さっき戦闘したし、もういいんじゃない……?」
「頭は疲れたかもしれないけど、体が動かないんじゃ腹が出っ張るだけだよ」
僕は、視線をロッタの顔から腹に移す。さすがに一か月で体型に変化はないけど、今のままでは一年後にとんでもない違いが生まれるだろう。
「なんということでしょう……」
ロッタ、それは僕のセリフなんだが。
「仕方ないわね……蒼次郎」
ロッタが、僕に向かって招き猫のように手を上げて見せる。
「……なんだいそりゃ?」
「決まってるじゃない。エスコートの催促よ」
「エスコート……」
「紳士の嗜みよ」
「庶民相手に求めるもんじゃないよ」
僕はさっさとロッタの手を握り、歩き出した。
「……庶民の流儀ならば、腕を抱いた方が良い?」
「動きづらいからやめてくれ」
「つまんないの」
とにかく、前だけを見て歩く。楽しそうな声色だということは、言う程不機嫌にはなっていないってことだと思うし、もう構わないことにした。
◇◆◇◆
家に変える前に、ロボット
店の中に入ると、
「むひょぉぉぉ~ん……!」
既に作業を始め、一通り作業を終えて燃え尽きた――といったところか。
「じーちゃん、今からそんなんでどうするんだよ?」
「ん? ……おぉ、戻ったかお前達!」
復活したじーちゃんは、僕らを丸イスに座るよう勧めてくる。ロッタ共々、お言葉に甘えて、腰を掛ける。
「しかしお姫さん、やはりあのマテリアルっちゅーんはすさまじい戦闘力をもっとんの。相変わらず、こっちの世界の科学力が子どものように思えてならんくなるわい!」
「私だけの功績ではない以上、お褒めに預かり光栄……なんて言えませんけどね」
ロッタは、口元に手を当てながら、苦笑した。
僕以外の人間の前では、ロッタは妙に謙虚だったりする。一方で、僕のことは執事みたいにコキ使う。この差は一体何なんだろう?
「ところで、新型機の開発状況はいかがでしょうか?」
ロッタが、じーちゃんのライフワークについて言及する。そういえば、今日は材料を取りに行くつもりだったのに、エイムのせいで台無しになったんだ。
「うむ! もう、素体自体は完成しているのじゃがなぁ……」
「え、そうなんだ?」
意外な返答だった。二週間前に見た時は、まだ脚部しか完成していなかったのに。
「あぁ。見てみるか?」
「見たい見たい」
小さい頃から、何度もジャンクパーツを集めては起動実験を繰り返してきた、僕とじーちゃんのハンドメイドのカーマ。完成しているのであれば、一番に目にする権利はあるはず。
「こっちじゃ!」
じーちゃんに案内されたのは、物置部屋。たくさんの商品や備蓄品がぎゅう詰めにされた部屋だ。奥には扉の代わりとなる柵――レトロなデザインのエレベーターがあった。ボタンは四つ。柵の開閉ボタン、一階と地下のみ。地下のボタンを押し、柵が閉まると、たぶん百メートルくらい降下した。到着し、柵が開くと、さらに五十メートルくらい薄暗い通路を歩く。その奥に、地下格納庫の扉を見つけた。
「ここを開くには、登録者の網膜パターン……つまり目ん玉が必要でな。ロッタちゃん一人ではまだ入れんから注意しての」
「必ず従者は同伴させますので、気にしないでください」
「おい、こっち見んな」
まぁ、それはともかく、扉付近に設置されたライトのようなスキャナーが、登録者であるじーちゃんと僕の網膜パターンを自動で識別し、扉を開けてくれた。
開かれた鉄の扉の向こう側にある地下格納庫は、例えるならスペースシャトルの中みたいな場所だった。白い材質の壁に包まれた空間には、たくさんの機材や、ロボットを保管するためのハンガーが設置されている。奥にあるのは、上に向かって機体を射出するためのカタパルトデッキだ。ただし、使用歴は無い。
そのカタパルトデッキの隣で、僕は、たくさんの資材に囲まれるようにして屹立する、全長10メートル大のロボットの姿を見つけた。ずんぐりむっくりした五頭身は、頑丈さを優先したデザインと思われる。
「喜べ、蒼次郎。あれこそ、我々独自の技術で造り上げられた最強のカーマじゃ!」
「あれが……!」
新型機に駆け寄り、外観を見てみる。
テンガロンハットを思わせる頭部と、両腰部に設置された小型銃。まるで、西部劇に出てくるガンマンのようなデザインだ。
ただ、気になるのは背部だった。
「なんか、寂しくない?」
「そうなんじゃ!」
じーちゃんは、口惜しそうに拳を震えさせる。
「本来ならあそこにはバックパックやらブースターやら付けても良いとは思ったんじゃが、どうもピンとくるもんが無くってのう。後付け出来るようにだけはしておるんじゃが、何をつけるかってことで、絶賛試行錯誤中じゃ」
「そっかぁ……」
もしかしたら、今日の材料集めというのは、そうした装備を作るための物だったのかもね。
一方で、この新型機は他のカーマよりもずっとマッシブなカンジがする。その見た目に裏切らない性能さえあれば、手伝った僕としては大満足だ。
ここで、肝心なことを訊いておく。
「で、コレ動かせんの?」
「いや、動かん」
「おいウソだろー……」
一気に脱力した。
「じーちゃん、あんたあんだけ盛り上げといてさぁ……」
「お前が勝手にテンション上げてただけじゃろ?」
「いや、そりゃそうかもだけど……そうかもだけど!」
あんなに出来てたら、動くかも! って思うじゃん。
「思い込みはいかんのう。蒼次郎……世の中の失敗の大半はな、常に思い込みからくるものなんじゃ。そう、いつもゆーとるのに、お前って奴ぁ」
「な、なんで動かないのさ……?」
「エンジンの出力が、全ッ然! 足りんのじゃ」
「そうなの?」
「うむ。慢性的なパワー不足じゃ。これでは、コイツの本来のポテンシャルを発揮することなぞ、夢のまた夢というわけじゃ」
「動かすだけでもダメ?」
「ダメじゃ。モンスターマシンにしたいから、ただ動くだけではいかん。かといって、核動力も使っちゃダメと言われとるしのう。持っとらんけど」
「核はイカンですよ……」
「素体は完成した」っていう物言いは、こういうことだったんだね。
「新型エンジンの開発を進めるべきかとも思ったが、全く目途が立たん……ならばと思ったんじゃが」
じーちゃんが、ロッタを見る。
「お姫ちん、ちと「ダメですよ」アールマイト……ダメかぁ」
言い切る前に、言葉を覆い被せられて拒否られた。
そりゃそうだよなぁ――って思う。
「実験に失敗して不具合でも起こされたら、それこそ問題だしね」
「科学の発展には、多少の犠牲は必要じゃて……」
「実質的な命綱をチョイスしてることが問題なんでしょーが」
かといって、じーちゃんの気持ちもわかる。
――新型エンジンの代替案として、アールマイトをエネルギー源にする。
その発想は、有効だと思う。なんせ、マテリアムヴェインが使いこなすあのエネルギー量は、牽制で放つビーム一発で、三機分のカーマを動かすだけのエネルギーが観測された、とじーちゃんから聞かされたことがある。そんなことが出来る物質を機体に組み込めれば、確かに問題をクリアできる確率は高い。
だけど、現状、使用可能なアールマイトは、ロッタが所持するものだけだ。もし、実験が失敗してロッタのアールマイトが消失でもしたら、人類は大型エイムに有効な対抗手段を失ってしまうことになる。それは、あってはならないことだ。
「せめて、アールマイトが量産出来れば良いんじゃが……」
「それだって、ロッタにもわかんないことなんだよね?」
「そうなんです。すみませんが……」
全員で、ため息をつく。
これが量産可能になれば、僕らが無理して戦闘に出なくても済む。早期の発見を願わずにはいられない。
「まぁ、無い物ねだりしても仕方あるまい。腐らず、次の手段を見つけるとするかの」
「それじゃあ、今日はこの後どうするの?」
「アイデアを考える。よって、今日は解散じゃ!」
「はい、お疲れさーん」
「では、電児さん。失礼します」
特に何も変化のないまま、今日の仕事は終了。僕とロッタは家路についた。
ちなみに、たこ焼きの件は、戦闘のせいか有耶無耶になってしまった。さすがに申し訳ないので、その日の晩は、代替案としてお好み焼きを振舞った。
お姫様のお口に合ったのは、まぁ、良い事だと思う。
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