第2話 生存競争はすぐそばに
さて、仕事の時間だ。
自宅から1キロ程度離れた場所にあるロボット工房『
僕は駐車場にあるトラックに向かう。社内の助手席に、祖父である
じーちゃんは、見た目こそ小柄な老人だが、体の大半を機械に変えているサイボーグだ。その証拠に、額の一部の人工皮膚が剥がれて内側の鉄板が露出している。どうせならハゲを治せばいいのにと言ったことがあるけど、それは科学者っぽくないという理由で避けているらしい。言われてみれば、僕のイメージする科学者も頭頂部が寂しいイメージあるんだよなぁ。
「おはよう、じーちゃん」
「おう! 今日もいくぞ、
挨拶を交わした後、運転席に乗り、シートベルトをしてトラックを走らせる。主にレストランなどが立ち並ぶ街道は、平日の朝ということもあり、交通量が多い。エイムの恐怖に縮こまっていても、お金が入ってくるわけじゃない。国を機能させるためにも、国民は命を懸けて働かなければならないのだ。
「今日もいい天気~」
じーちゃんは、楽しそうに鼻歌を歌っている。
「ねぇ、じーちゃん?」
「なんじゃ?」
「この空を見ても、良い天気って言えるのかい?」
僕は上を指差す。空は相変わらず、暗い紫で染めあげられている。
「な~んも問題ありゃせんわい。あんな見た目しちょるが、見てみぃ! 草木は生い茂り、布団だって天日干し出来る! ビジュアルだけの問題なんぞ、珍味が主食になったくらいに思えば、すぐに気にならんくなる!」
「そういうもんかねぇ?」
青空を直に見たことのない僕らの世代からすれば、青い海と白い雲が広がるリゾート地なんてものは、天国そのものなんだけどな。
「エイムなんていうけったいなんがいなくなれば、ハワイにでも行けばよかろうて。なんなら、カリブ海でも良いぞよ! あのウルトラボードがどうなったのか見てみるのも悪くなかろう――っていうか、ワシが見たいわい! のぉ蒼次郎、ワシをメキシコまで連れてってくれぇ~い!」
「仕事は良いの?」
「ぬぅ~!」
どっちも選びきれないって顔をしながら、じーちゃんは窓を開け、腹立ちまぎれに左手の人差し指に擬態したデリンジャーを発射した。それは、猿のように軽快なフットワークでガードレールを飛び越えてきた歩兵エイムの頭部を捉えた。頭がはじけ飛んだエイムは、そのまま動かなくなる。
いつもの事なので、この程度で取り乱すことは無い。一応、自衛隊への報告用アプリを使い、エイム駆除の報告はしておく。こうすることで、付近のセーフティネットに不備があったかも含めて、自衛隊が調査に来てくれるようになっている。
「ところで、今日はどこまで行くんだ?」
国道と繋がる十字路まできたところで、改めてルートを確認する。
「カナミザワ漁港まで頼むぞい」
「漁港? なんでまた……」
資材集めかと思っていたが、漁船の修理でも請け負ったのかな?
「そこでのぅ、見たことのない鉄材が網にかかったって話を聞いてな。出来れば手に入れたいと思ったんじゃよ」
「レアメタルだとか、思ってんじゃないだろうね?」
「だとしたら、ロマンがあると思わんか?」
「僕はほら、じーちゃんみたいなロボットオタクじゃないからさ」
「お主ぐらいの年齢で、ロボットに関心も示さんような者は人間としてあり得んわ。金玉を母親のお腹の中に忘れてきたに違いないわい!」
「今の発言は低俗だわ……」
ムスコの名誉のために言っておくが、僕の性なる宝物は健在である。発揮する機会は乏しいけど。
「さ、じーちゃん。もうすぐだよ」
目の前に、モノレールの路線が見えてきた。あれは海の近くにあるから、必然的に漁港の近くということになる。海が見え、モノレールに沿って移動すると、やがて目的地であるカナミザワ漁港の看板が見えてきた。
そこで、気になる人だかりを見つけた。
「ん? なんか邪魔だなぁ」
漁港の入り口に繋がるルートを、警官が封鎖している。よく見ると、奥の方に国が認可した制式仕様のカーマ――ナショナルが立っていた。ナショナルっていうのは、国を始めとした公的機関が保有しているカーマの通称だ。全長15メートル程度の青い人型ロボットが三体、肩を並べて立っている。
とてもじゃないけど、通してもらえそうな雰囲気じゃなさそうだ。
「なんじゃなんじゃ? これじゃ現地に辿り着けんではないか」
「どうしたんだろう?」
窓を開けると、こちらから尋ねる前に警察官の若い男性が駆け寄ってくる。
「ここは危険です! エイムが出現しました!」
「なんじゃと!?」
「エイムが!?」
そういう割には、姿が見えない。と、なると……。
「もしかして、海……漁港にか!」
「そうです! ここはもうじき戦場になります! 速やかに避難してください!」
「えぇ……?」
ひとまず漁港の出入り口を通り過ぎ、少し離れた位置に停車する。隣では、じーちゃんがスマートフォンで電話をかけている。依頼をくれた漁港の関係者に、だろう。
「……ダメじゃ、繋がらん」
「おいおい、まさか――」
その時、海の方から爆音が響き渡った。振り返ると、パトカーが一台、空中に放り投げられていた。見えなくなった直後に、金属が潰れる嫌な音がした。
「エイムを発見! 応戦を始めろー!」
男の野太い叫び声がしたと同時に、銃撃音が立て続けに鳴り響く。目の前の青いナショナルも動き出し、海の方へと向かっていった。
「始まりおったか……」
「じーちゃん、もしかして見つかった鉄材っていうのは――」
「ウルトラボードか、それに近い物やもしれんな」
「だよな……」
いきなりエイムが現れて、しかも待っているはずの漁港の関係者が音信不通になったとなれば、そう考えるのが自然だ。
おそらく、彼らはウルトラボードが生み出したと思われるエイムに……。
「非公開じゃが、ここ数年でウルトラボードの発見件数が増えちょる。その内のひとつが、運悪く引っかかったんなら、なんとまあ気の毒なことになったもんじゃ」
「なら、ここは大人しく引き返そうね」
ハザードランプを消し、ハンドルを握るが、
「待て」
すぐに、じーちゃんは僕の手の甲を叩いて制止した。顔を向けると、いたずらっ子のような笑顔を見せている。
これは、嫌な予感がするな。
「せっかくじゃ、ここはひとつ見学といかんか?」
「言うと思ったよ……」
「ウルトラボードが見つかったっちゅーのに、このまま引き下がれっかい!」
「でも、戦闘が始まってるし!」
「ならば、小物ではなく大物獲りが始まったということじゃろう!」
「何やってんだ! 早く逃げろって言っただろう!」
さっき僕達に警告をしてきた警察官が、業を煮やしたようにこっちに近づいて来る。しかし、彼はトラックの車体に触れようとしたその時、
ゴシャッッッッッ!
上空から降ってきたパトカーの、下敷きになってしまった。
アスファルトを湿らせる赤黒い血液が、僕に警察官の無残な最期を突き付ける。
「…………逃げるぞ!」
僕はアクセルを踏み、トラックを走らせる。
「これ、蒼次郎!」
「人が死んだんだ! これ以上興味本位でいちゃダメだ!」
「じゃ、じゃが――」
「僕達まで死んだら元も子もないだろうが!」
僕らのために怒り、そして死んでしまったあの警察官に心の中で詫び続けながら、僕はアクセルを踏み続ける。法定速度を軽くオーバーしてしまっているだろうが、気にしている場合じゃない。あの人に報いるためにも、一刻も早くあの場を立ち去りたかった。
その選択は、正しかった。
「き、キタぁああああああああああ!!」
「えっ、じーちゃん、何が――」
「恐竜じゃ! デッカいティラノサウルスじゃー!」
「いきなり何言ってん――だぁあああああああああああ!?」
じーちゃんの言ったことは嘘じゃなかった。
全長が20メートルはあろう巨大なティラノサウルスみたいな生物が、赤と紫の体色の皮膚を輝かせながら、まっすぐにこちらを追ってくる!
「な、なんで僕達の方に来るんだよ!? つーかなんじゃありゃあ!」
「蒼次郎! この先を左じゃあ!」
T字路に差し掛かったところで、左折する。バックミラー越しに、背後を見る。
姿を現したティラノサウルスは、こちらを見つけたと同時に、追ってきた。
「ウソだろー!?」
「もう一回検証じゃ! 今度は右折せい!」
「頼むもう来んなぁ!」
十字路を右折し、線路を越えるための鉄橋を走る。恐竜は歩道橋を蹴散らしながら、こちらを追ってくる。
「これはもう確定じゃな」
「あぁもうマジかよ!」
ヤツの狙いは、僕達だ!
「な、なんでこうなるんだよ!?」
「わからーん!」
緊張感に満ちた、だけどどこか楽しそうに叫ぶじーちゃんの強心臓が、心底羨ましい。
とにかく、ここから道は一直線に続いているため、全速力で走る。幸い、他の車も背後にいる異常な生物の存在に気付き、一目散に逃げ始めた。しかし、全ての人間が迅速に逃亡の準備を出来るわけじゃない。前を走る車が信号無視をしたために、横から来た車両と衝突し、大惨事を引き起こした。
思わず、アクセルを踏む足が浮かび、トラックの走るスピードが落ちる。
「馬鹿モン! さっさと行くんじゃ!」
「いや、でもこのままじゃ――」
「ヤツの狙いはワシらである可能性が高い! このままここに留まったら、他の連中を巻き添えにする可能性が高いことがわからんか!」
「ッ!」
そうだ。奴らの狙いが僕達なら、このままでいて良いわけがない。焦りで、思考が鈍っていたみたいだ。
再びアクセルを踏み、トラックを走らせる。恐竜エイムは、相変わらずこちらを追い続けている。
やがて、我が家に続く獣道への入り口が見えてきた。
「ん?」
そこに、見慣れた人物の姿を見つける。
「ロッタ!?」
ロッタはにこやかに手を振り、ここで止まるよう人差し指を地面に向ける。さすがに家の外なので、今は黒いTシャツと緑のカーゴパンツに着替えていた。履物は白いランニングシューズ。これは、母さんの物だ。
「なるほど……お前達の出番というわけじゃな」
ひとまず、ロッタの指示に従い、トラックを路肩に止める。
「今日はもうお仕事終わり?」
「そんなわけあるか!」
「えっ? じゃあなんでここいるの?」
「恐竜! たぶん、巨大なエイムが出て、僕達を追ってきてる――うわぁ!?」
言ったそばから、背後の山を飛び越えて、恐竜エイムが僕らの前に降り立った。
恐竜エイムが、こちらに振り向く。奴の視線は、はっきりと僕らを捉えていた。
「あらら。もしかして、私達が狙いとか?」
「やっぱそう思う……?」
「私はアールマイトを持ってるし、蒼次郎はその媒体だもの。理由は十分じゃない?」
そういうなり、ロッタは真正面から僕に抱き着く。
「おい、こんな時にふざけんな!」
「ふざけてなんてないわ」
ロッタは、胸の谷間に隠した宝石を、鎖を引っ張って取り出して見せる。
「私の
ロッタが微笑み、どこの国の物とも知れない言語を呟いた。刹那、僕の目の前は真っ白になった。
「……お、ぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
じーちゃんの雄叫びが聞こえてきた。でも、隣にいたというのに、妙に声が小さい。
目を開けた時、僕は恐竜エイムを見下ろしていた。
「凄いぞぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!! これが、これこそがマテリアムの本領発揮じゃぁああああああああああああい!!」
じーちゃんの叫び声を耳にした時、僕は「またこれか」と嘆きたくなった。
ロッタが魔石を使って召喚した、全長20メートル大の、フルアーマーの騎士を模した、赤いラインの目立つ純白の巨大ロボット。
『マテリアルヴェイン、参ります』
ロッタが勇者と呼び、信頼したという男の名前を冠した、巨大人型兵器。
僕は再び、そのロボットの『媒体』になっていた。
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