第1話 怪物のいる世界でニートになった異世界の王女様の世話係になった件

 我が家の裏山にて少女――ロッタ・ミルクレイル=アストライアを見つけたあの日から、早くも一か月が経過した。あの後、僕はロッタを保護し、怪我をしていないことを確認した上で、警察に引き渡した。

 それから、ロッタは――、


蒼次郎そうじろう。コンソメのポテチ持ってきてー」

「…………」


 速攻で戻ってきた。しかもそのまま我が家に居座り、立派なニートと化した。今は、ピンクのTシャツと灰色のキャミソール姿で、リビングの大型ソファに寝ころびながら、バリバリとポテトチップスをかっ食らっている。シャツに手を突っ込んで乳首辺りを掻いている姿は下品で、性的に興奮出来ない。


 ――いきなりどうした?

 ――それまでの経緯とかなんなん?


 だとか、まぁ事情を知った人からはいろいろ尋ねられそうだけど、残念ながらあまり語れることがない。


 本当に読んで字のごとく、勝手に! すぐに! 戻って来たのだ。


 出会った後、保護目的で呼びつけた警察のパトカーにロッタを乗せて、一応事情聴取のために警察署まで同行する。やることを終えた後は、僕一人で帰宅した。徒歩で。

 その後、家に戻ってみると、ロッタは既に家にいた。僕の部屋のベッドの上で、今みたいにお菓子を食べながらこちらを凝視していたのだ。曰く、「またここに送ってもらえた」とか話していた。なんとか説得して追い出そうとしても一向に聞かないため、もう一度警察に連絡しようとスマホを手に取ったところで、何故か出張で家を空けている母親からメールが届いた。

 文面には、ロッタの写真と共に、彼女を見つけたら、真っ先に僕に保護するよう指示する文面が記載されていた。

「なんで急に連絡を?」と思ったが、両親は複雑な経歴から、警察や政治家にコネをもっている。それを通じて、ロッタの情報を得たのかも知れない。


 故に、ロッタは僕の買い溜めていたお菓子を盗み食いする毎日を過ごせるようになったとさ。めでたくないめでたくない。


「おい、ロッタ……もうすぐ昼飯なんだから、お菓子はやめろよ」


 大袈裟にため息をつきながら、台所に向かう。

 知識の共有により、ロッタは十七歳であり、僕より三つ年下であると判明している。要人ではあるけど、敬語は使わない。いや、始めは嫌々でも使っていたけど、ロッタから「堅苦しいからやめて」と言われ、止められたのだ。


「今日は焼きそばが良いかな」

「そうめん」

「食べたいの?」

「…………」


 正直、あまり好きじゃない。食べてばかりのニートに偉そうにされるのがムカつくから、軽くでも嫌がらせをしたかっただけだ。


「……仕方ない。他に案も無いしな」

「素直じゃないな~」


 やむを得ず、焼きそばの調理に取り掛かる。材料の野菜を洗い、キャベツを切り、フライパンで麺や豚肉と一緒に炒める。最後に粉末ソースを入れて炒めれば、完成だ。

 その気になれば小学生でも出来る簡単な料理だというのに、目の前のお嬢様は気を利かせて俺に料理を作るということもしない。


「需要が無いんだよなぁ~……」

「あら? それって私のこと?」


 焼きそばを乗せた大皿をもぎ取るように受け取ったロッタが、そのまま食卓テーブルにつき、取り分けるということもせずに直接箸をつけて食べ始めた。異世界から来たというのに、妙に箸の使い方が上手い。


「私がいなければ、お爺様の研究が進まなかったという事実をお忘れなきよう」

「用があるのは、君の宝石だろ?」

「『マテリアム』の技術についての話は独占したいから絶対に私を逃がすな! とあなたに命じたのは、そのお爺様なんだからね」

「いちいちマウントを取りやがる……」

「それが交渉ってもんなの」


 頭を抱えたくなった。

 実は、ロッタがもつ宝石『アールマイト』によって生まれる巨大人型兵器マテリアムがこの世界に現れたのは、あの日の夜が初めてではなかった。最初にウルトラボードが現れた日から数か月後、突如として宇宙から降ってきたのだ。九州地方に落下したマテリアムは、その後政府によって回収されたが、一週間後に突如、行方がわからなくなった。今にして思えば、アールマイトになって、何かの拍子に砕け散ってしまったのかも知れない。

 しかし、その間に取得したデータのおかげで、日本のロボット工学研究は格段の進歩を見せた。マテリアムの再現を目指して試作機が製造された。作業用ロボット『カーボンマテリアム』――通称カーマは、試験運用にて一定の評価を得たため、すぐに量産が決定。度重なるテストによって得られたデータを基に改良を続け、晴れて全世界に普及した。

 こうして、なんとかエイムへの対抗手段を得た人類だけど、マテリアムの研究は未だに進展が無い。

 自分がアールマイトの依り代になったからわかるけど、マテリアムのもつスペックは、既存のカーマを凌駕している。実物を解析したいと思うじーちゃんの気持ちは、理解できる。

 そんなマテリアムの解析というカードを武器に、このロッタという女は好き放題出来ているってわけだ。ワガママ娘の対応を僕にばかり任せているこの状況には物申したいところだが、人命に関わるため、嫌とは言えない。癪だけど、エイムを相手に優勢に立つには、この女の協力が必要なのだ。


「どうしたの、蒼次郎? 冷めない内に食べた方が良いと思うけど」

「……はいはい」


 催促を受け、ロッタの向かいに腰を掛ける。マナー知らずのお嬢様に見せつけるように、小皿の上に箸で自分が食べる分の焼きそばを移してから、口に運ぶ。


「うふふ。おいしい?」

「フツーだろ、このくらい」

「そうかなぁ? まぁ、私は一定以上の基準を満たしていれば何でもいいって感じだから、満足してるけどね!」


 実に可愛げのない感想だった。


「お姫様って記憶してたけど、妙に庶民的なんだね」


 ロッタは、異世界にある王国の第二王女らしい。そんな彼女がどうして単独でここまで来たのかというと、向こうでもエイムが襲ってきて、王国が滅亡の危機に瀕したからだという。家臣の犠牲を乗り越え、辛うじて王国から脱出した後、光のカーテン(ワームホールのようなものみたいだ)を潜ったら、いつの間にか僕達のいるこの世界にいたんだとか。

 疑う余地は無い。異世界の産物であるマテリアムとアールマイトの存在が、何よりの証拠だ。


「王族だからって、贅沢ばかりしているわけがないでしょう? 健康と美容ばっかり気を遣ったことばかりで、ご飯だって自由に選べないんだから。栄養が一番なの、栄養が」


 まるで、牢屋から解放されたと言わんばかりの笑顔だった。彼女を逃がした家臣達が、笑って見過ごしてくださることを心から祈った。


「ご馳走でしたー!」

「はいお粗末さん」


 大皿の上の焼きそばが無くなったところで、ロッタのもつ箸を奪い取り、まとめて水場に置く。


「ロッタ。僕はこれからじーちゃんの所に行ってくるから、留守番してろよ」

「あ、お仕事?」

「そうだね。暇じゃないの」


 僕の祖父、天真てんま電児でんじは、近隣でロボット工房を営む技術者だ。生計を立てるため、仕方なくご近所さんから持ち込まれる電化製品の修理を請け負うことはあるが、基本的な活動内容は独自で建造するカーマの開発だ。

 僕は大学に通う傍ら、祖父の助手という形で作業の手伝いをしている。今日は、部品集めをすると言っていたから、きっとトラックの運転をさせられるんだろうな。


「帰りは何時になるの?」

「わかんないなぁ。じーちゃんがいつ満足するかにかかってるからね」

「新しいロボットの開発って、材料集めもまだなんだ?」

「失敗したら最初からやり直しだからね。君が来てからだけでも、三回は失敗してるよ」

「地球の技術は便利なのか不便なのか、わからなくなるよね~」


 ロッタは、胸に下げたペンダントに付いている宝石――アールマイトを手に取る。赤と桃色のボーダーのような模様は、いつ見ても綺麗だと思う。


「いっそ、地球にもこの魔石があれば、開発なんてことをしなくても済んだのに」

「冗談言うなよ。君のいた世界でも、いろんな人の研究と努力があったからこそ、アールマイトが出来上がったはずなんだから。どんなものにも、必ず生みの親、生みの苦しみってのはあるもんさ」

「良い事言うじゃーん。そうなった人は、きっと偉大な人物として好きな事して過ごせるようにって援助してもらえるってところがうらやましいわぁ~」

「じーちゃんの場合は、完全に娯楽だけどね」


 まぁ、世の中の大発明家っていう人は、大抵使命感以上に、探求心で動いているような気がするけどね。

 さて、無駄話が過ぎたか。約束の時間に遅れないように、手早く着替える。服装は、ロッタを見つけた時とほぼ同じ、ミリタリースタイル。いつ、いかなる時でもエイムからの襲撃に対応する気でいるのなら、こういう恰好が合理的なのだ。


「じゃあ、そろそろ行くよ」

「あ、お土産は?」

「何が食べたい?」

「食べ物ばかりだと思わないでよね~」


 ジト目を向けてくるロッタだが、食べ物以外の物をあげて喜ばれた記憶が無いので、今みたいな発言になるのは仕方のないことだと思う。


「化粧水なら、姉さんの使ってないのが山ほどあるからそれ使え」

「たこ焼き食べたい!」

「やっぱ食いモンか」

「たこ焼きは飲み物! っていう格言があるらしいよ?」

「カレーじゃなくて?」

「わかんないけど、食べたい」


 よくも調べず、適当言っていたらしい。


「……気が向いたらな」


 搾り出すように答えたのに、ロッタはいい年して頬を膨らませる。


「約束してよぅ」

「忘れてたら、お好み焼きでも作ってやるから」

「あ、それ初めて! どんな食べ物?」

「自分で調べろ」

「早く帰ってきてね!」


 ロッタの甘えるような声を背に受け、玄関のドアを閉める。

 つい、ため息が出た。本当に一人だけじゃ何もできない女だ。

 でも、着の身着のまま見知らぬ世界にやってきたような人間が、このように素直に自分の要求を口にできるということは、それはそれですごいことかも知れない。


「……たこ焼きなんて、どこで売ってたっけ?」


 屋台も無ければ、スーパーで売っている保証もない。最悪、タコ焼き器の購入をしなければならない。じーちゃんの店にあるかどうかくらいは、しておこう。

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