ウルトラボーダー ~異世界の少女が乗るロボットになる男~
すはな
プロローグ 空から降ってきた少女
始まりはいつも突然だ。何の前置きも無く、こちらの事情も一切関係なく、一気に距離を詰めてくる。
僕、
◇◆◇◆
BOOOOOOOOOOOOOOOOOOOM!!!
「うッわっわわっわ!」
横浜市某所にある自宅で寝ていた所、いきなり爆発音が鳴り響いた。寝ぼけた意識が覚醒したため、反射的に周囲を見渡す。机以外あまり物が無い自室に、変化は見られない。
続いて、窓の外を確認する。近くには誰もいなかった。
「……襲撃されたってわけじゃあないか」
他人様に襲われる心当たりが無かっただけに、少しだけホッとした。落ち着きを取り戻すため、数回深呼吸をして、時計を確認する。
現在、時刻は夜の二時ジャスト。辛い目覚めだが、幸い今は八月に入ったばかり。僕を含めた大学生は夏休みの期間なので、睡眠時間の心配をしなくて済む。そこだけは不幸中の幸いだ。
さて、まだ確認しなくてはならないことはある。
木製のタンスを開き、綺麗に畳まれた衣類――その奥に押し込まれた、ホルスター付きの短縮型のライフルを取り出す。ウィンチェスターM1873ランダル――確か、海外のテレビドラマの主人公が愛用していた武器だ。
このライフルは、本物である。込めてあるのはゴム弾じゃない、実弾だ。
ライフルを手に取って構え、慎重に自室のドアを開け、廊下に出て、階段を下る。
家の中には、誰もいない。それでいい。両親と姉は、仕事でほぼ家にいない状態だから、今は実質一人暮らしの状態にある。これで他に誰かいたら、それこそ問題だ。
「何があったんだ……?」
安全地帯でジッとしているのは、性に合わない。外に出て直接何が起きたのかを確認するべく、着替えを始める。寝巻の甚兵衛を脱ぎ捨て、リビングのテーブルに畳んで置いておいた普段着に手を伸ばした。
緑のカーゴパンツに青いTシャツの上に、防刃仕様のベージュ色のタクティカルジャケットを羽織る。コイツのポケットに、薬莢を押し込む。昨日、美容院に行っといて良かった。髪を短く切りそろえたおかげで、青みがかった黒髪が目元を塞ぐことも無い。
「さて、と……」
ブラウンのブーツを履いて、家を出る。天真家は都心から離れた田舎町、そこでもさらに人里離れた山の麓にある。町で買い物をしようものなら、長距離の歩行は必須となる。
だからだろうか? あんな大きな音がしたにも関わらず、全く人が寄り付かない。
(いや、おかしいだろ)
野次馬がいなくとも、何故警察がやってこないのだろうか? 車なら十分もかからない程度の距離なのに、サイレンの音すら鳴り響かないのはさすがに妙だ。
「…………」
ライフルを抜き取り、いつでも撃てる体勢をとったまま、音がした方向へと歩き出す。
今、行動する理由は、単純な好奇心ではなく、身の安全を確保するためだ。我が家にライフル《こんなもの》が置かれているのも、そのためだ。
少し、歴史の話をさせてほしい。
今から20年前。メキシコにあるカリブ海リゾート(カンクンって言ったっけ?)に、巨大な隕石のような物が落下した。跡地を見た警察によると、それは黒い板で、光のプリズムを放っていたという。
その黒い板は、人類を脅かす悪魔だった。
過去の映像記録で見たが、黒い板は無数の針のようなものを表面から発射し、刺した人間を、まるでゾンビのような異形の生物に変質させてしまった。そいつらがメキシコの人々を襲いまわる間、黒い板は浮かび上がり、今度は空で回転し始め、青空を少しずつ暗い紫色に染め上げていった。それは瞬く間に地球全土に広がり、日本の空も、わずか2日で青空が見られなくなってしまったという。
宇宙からやってきた悪魔の物質を、人々は驚異的な能力をもつ板、『ウルトラボード』と呼称するようになった。
そして、ウルトラボードが生み出す、無秩序に地球を脅かす魔物は、地球外からやってきた無秩序な化け物ということで、Astro Immoral Monster――その頭文字をつなげて、通称『エイム』と呼ばれるようになる。
エイムは、瞬く間に食物連鎖の頂点に立っていた人類を脅かし、地球上を我が物顔で蔓延るようになっていった。
僕がライフルを持っているのも、エイムの襲撃に備えてのことだ。第二次世界大戦の終戦後、平和条約が活きているはずの日本でもこうして護衛用の武器の所持が許可されるようになったのも、エイムが原因なのだ。人間の生活圏には、人型の歩兵エイムが寄り付かないよう、文字通りの意味でのセーフティネットが設置されるようになった。それがあれば、歩兵エイムは網に流される電流に弾かれて、街から遠ざかっていく。
だが、稀にそれを突破してくるエイムもいる。隙間を突破してくる歩兵エイムもそうだが、それ以上に脅威なのが、大型のエイムだった。人間以外の動物の姿を模した大型エイムにとって、セーフティネットはおもちゃみたいなもので、簡単に突破してしまう。対抗するためには、直接攻撃し、排除する必要がある。免許は必要だけど、それさえあれば、民間人も自衛目的で銃火器を所持・使用することが出来るのだ。
僕が爆音の原因を確かめようとしている理由は、近くにウルトラボードが降ってきたかどうかを確認するためだ。自宅は当然大事だけど、近くに敵の温床があるんじゃ、いくらセーフティネット圏内でも、安全な場所とは言えなくなる。今は外出中の家族のためにも、僕がその是非を確かめておくべきだと思った。
幸い、戦闘訓練は積んでいる。一時期、父の転勤に伴う転居をしたが、そこで人間関係に馴染めなかった時期があり、周りが友達同士で遊んでいる間、ひたすら民間軍事会社を経営する父に鍛えられた。そのため、歩兵エイム一体なら、素手でも容易に撃退できる自信はある。リスクが高いからやらないけどね。
そんなわけで、敵と渡り合うというより、引き際を弁えているという意味で、僕は他の一般人より調査に適しているはずだ。
セーフティネットの金網を慎重に潜り、危険区域内を歩く。放置された住宅街には、所々にゾンビのような姿をした歩兵エイムが跋扈している。
気づかれないように物音を立てないように歩いていく内に、山道に入り、そこでY字路に辿り着いた。山道を越えるための道路か、麓の住宅に行くための道に分かれるんだけど、僕が選ぶべきは、どちらでもなかった。
(確か……ここが近道か)
右側にある草むらをかき分け、獣道を見つける。それは、自然公園の草原へと続く近道だった。音の大きさと方角、淡い光の位置から、目的地はその先である可能性が高い。
獣道に足を踏み入れ、裏山を上る。既に、日本各地でも無数に確認されるようになったエイムは、無軌道に動き回る習性があるため、こういう場所でも鉢合わせる可能性は十分にある。
そう思っていたせいか、ついに見つけてしまった。
「……こんな所で盛ってんじゃないよ」
ため息交じりに、目の前に歩兵エイムを睨む。
「ア、 オォォォ……」「オ、ホォォォォ……」
見かけたのは、男と女が合体したような歩兵エイムだ。比喩表現ではなく、言葉通りの意味で。四つん這いになった女の腰の上に、切断された男の上半身が伸びているような外観だ。女の手足は、よく見たら人間ではなく猫の四肢のような形状に変化していた。同化するタイミングで、肉体の最適化が行われたのか?
「すいませんでした」
いずれにせよ、不謹慎な呟きを恥じた。彼らだって犠牲者なのだ。こんなことになるなんて、望んでいたわけじゃない……と思う。
「こいつは、詫び代わりってことで」
僕はライフルを構えて、3回発射した。女の頭部、男の頭部と続けて、最後に前脚を吹き飛ばす。これでもう動けないだろう。
ゾンビのような歩兵エイムは、基礎的な身体能力は強化されているが、再生は栄養を取り込まないと行えない。頭を破壊したのだから、必要な栄養の摂取は出来ない。すぐに腐って溶けるはずだから、これ以上の攻撃は無意味だ。
歩兵エイムが動かなくなったことを確認し、再び道を進む。今回は奇襲を仕掛けられたので楽だったが、相手の身体能力は人間を上回る。派手に動いて見つからないように注意しながら進む。
歩を進めていくと、やがて、大きく広がる草原のような景色が広がった。目的地の公園で間違いなさそうだ。
妙なことがあるとすれば、ここが明るかったことだ。照明が無いため、夜の時間は闇に支配された空間だと思っていたのに、意外だった。
その理由は、すぐに判明した。
「あれは……!」
地面に、小さいが淡い光を放っている場所を見つけた。足早に駆け寄ると、そこにクレーターが出来ていた。
「一体、何が……?」
駆け足で近づいて、抉られた土の中を観察する。中央にあるのは、隕石でもなければ、ウルトラボードでもなかった。
「人間……?」
白い薄手のドレスに身を包む綺麗な少女が、穴の中で眠っていた。日焼けの無い白い肌は艶やかで、桃色の唇はとても瑞々しい。肩まで切り揃えられた、煌びやかな金髪は、明らかに日本人のものではない。
だけど、それ以上に目を引くのが、彼女の胸に当てた両手から漏れる、桃色の光だ。
「うわっ!」
桃色の光を目の当たりにした僕は、途端に左目に熱を感じ、手を当てる。
「くそッ……急にどうした……?」
僕の左目は、義眼だ。幼い頃に歩兵エイムに襲われ、左目辺りを潰されたのだ。数日間生死の境を彷徨う程度には重傷で、手術の末に頭蓋骨の左半分を、人工物に入れ替えなくてはならなかった。義眼は、その時に付けられたものだ。このために、僕は二年もの間、病院通いを余儀なくされたが、留年せずに中学校に進学できたことは、今でも不思議に思っている。
そんな経過で身に着けるようになった義眼だけど、これが時々妙な働きを見せる。物を置き忘れたり、電車で居眠りこいた時に、たまたま降りる駅の直前に熱くなって目を覚ましたりすることがある。なんというか、小さな幸運とでもいうべきものだ。
だけど、ここにきてその義眼が、かつてないくらい熱くなっているのを感じる。
少女のそばに駆け寄り、彼女の顔に手を近づける。
「良かった、生きてるね……」
呼吸は穏やかで、額に触れて感じた熱も、僕と同じ程度だ。よく見たら、少し膨らんだ胸は穏やかに上下している。
「でも、このままじゃまずいよな」
エイムに襲われでもしたら、危険すぎる。僕はライフルを腰のホルスターに戻し、少女の肩と脚にそれぞれ腕を回し、持ち上げる。お姫様抱っこってヤツだ。介抱したり事情を聴くにしろ、ここじゃない方が良いはずだ。
しかし、立ち上がってすぐ、周囲からたくさんの足音が聞こえてきた。見渡した瞬間、背筋が凍り付く。
「こんな時に……!」
いつの間にか、歩兵エイムに取り囲まれていた。まともな人間とほぼ同じ、映画やゲームでよく見るゾンビのような姿のエイムが、まっすぐに僕らににじり寄ってくる。
このままでは危険だ。
一人でならなんとか突破口を開けそうだが、それはこの少女を見捨てることとイコールだ。しかし、僕の直感が――燃えるように熱い左目が、僕にその選択肢を許さない。だけど、このままではライフルは使えない。
迷ってしまった。そんな僕の隙を突くように、歩兵エイムが一斉に襲い掛かってきた!
「しまっ――」
一秒が長く感じる。世界がスローモーションになっていく。
そんな中で、僕の左手が、少女の胸の上――桃色の光を抱く彼女の手に添えられた。
その時、僕の視界は白一色に染め上げられる。同時に、自分の肉体が分解され、別の姿へと作り変えられていく工程を見せつけられた。
さっきまで僕の身体を構成していた細胞が、分子が光の粒子となって飛び散った。
粒子は、少女の手に包まれた光を吸収しながら変質し、巨大化を果たす。そして、少女を心臓代わりにするように、変質した細胞が組み替えられていく。
それが完了した時、僕は巨大な人型ロボット――のような姿に変わっていた。
変身に併せて、少女のもつ情報が僕の脳にインプットされていく。
『信じられない……本当に、出来てしまいました』
先程助けた少女が、感心するようにつぶやいた。僕の体の中にいるため、テレパシーのように僕の頭の中に彼女の声が響いている。
『えっと……天真蒼次郎さん、ですよね? きっと驚いているかと思いますが、私の話を聞く余裕はありそうですか?』
「は、はい、なんとか……」
本当は余裕なんて無い。頭の中がこんがらがってるけど、なんとか返事をする。
『ひとまず、足元にいる不届き者を蹴散らしましょう。結果的にいろいろと話は早くなりそうですけど、私達が変身した目的は、彼らを駆逐するためですから』
「そ、そうだね……!」
『とはいえ、既に事なきを得たようですけど』
「えっ? ……あっ」
少女がおかしそうに笑う理由は、すぐにわかった。
周りにいたエイムは、変身の余波で既に消滅していたのだ。こんな時に呑気なもんだけど、特撮ヒーローの変身シーンを思い出してしまった。変身した光で死ぬ地底人や、分離したパーツをぶつけられて倒れる怪人とかね。
「ならば」と思い、変身を解除する。それは一瞬のことで、すぐに暗い夜の世界に戻っていた。そんな僕の目の前には、目を覚まして微笑む少女の姿があった。ブルーの瞳は、まるでサファイアのようだ。
「ありがとうございます。おかげで助かっちゃいました」
少女は僕の手を取ると、大事なものを抱えるように握り締める。
「私の名前、言えそうですか?」
僕は自然と頷き、先程頭の中に浮かび上がった名前を呟いていた。
「ロッタ・ミルクレイル=アストライア……さん」
「はい。これから、よろしくお願いしますね。蒼次郎」
これこそが、僕とロッタ《彼女》の出会い。
これから起こる、異世界と宇宙からもたらされた敵との、生存戦争の始まりだった。
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本作は、過去に某出版社の新人賞に送ったけど、規約違反になった作品です。どう扱われたかはともかく、世間様にどう映るのかを確かめてみたいという気持ちが強かったため、こちらに掲載させていただくことにしました。
楽しんでいただければ、幸いです。
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