4.
ホドルが子供の死体をまた一人、部屋から引きづり出していく。ケイ・クーは机の1つに上がり、複雑に折れ曲がった胴管が組み合わさったガラクタのように見える器具の一部を、ラクトに指示に従って外していった。ラクトは几帳面にその形を記帳する。
クレイは片膝をついて、床に転がる男に顔を寄せた。男は両手を後ろ手に縛られ、両足首も縛られている。フリーデは抜き身の細い剣を男の首筋近くに、見えるように突き立てていた。
「良く思い出してくれ」クレイは囁くように言う。「お前が銀至福の座役とか、卸とか、精製道具の座を知っているようなら、こんなところでのんびり訊いてるわけにもいかない。都までしょっ引かないとならなくなる。話を聞きたがってるのは俺たちだけじゃないから」
床の男は怯えた目つきでクレイを見返したが、口は開かない。
「しかし、お前さんが大して物を知らないんだとしたら、それはそれでこんなところでのんびり訊いてるわけにもいかない。お前さんを放り出して、話の解る奴を見つけに行かなくちゃならなくなる。ただ、言っておくが」男の口元に薄っすらと笑みが浮かんだことに気付いてクレイは口調を変えた。「俺たちが座を嗅ぎまわっていることを知られても困る。口は封じなければならなくなるんだ。どういう意味か解るよな」
床の男は横目でフリーデが突き立てる剣を見ながら頷く。
「銀等級の至福作りなら何でも知ってる」震える声で男は言った。「何でも教える。何でも訊いてくれ」
「原料はどこから仕入れてる? 特に汗。草竜の汗はどこから調達してる」
「それは、運ばれてくる」
どこから、とクレイは重ねて訊く。男は首を振った。
「運び屋が持ってくる。そいつは知ってるはずだ」
クレイは小さく溜息をつく。
「ここで使ってる道具はどこから持ってきた」
「工房の仕立屋が揃えたって話だ。オレはその後に入った」男はそこまで言って怯えた表情を浮かべる。「至福作りのことを訊いてくれ。何でも知ってる」
悪いな、とクレイは立ち上がった。
「お前、歯はまだ白いんだな。〈至福〉はやらなかったんだ」
男は愛想笑いを浮かべる。
「そりゃ、自分でやってたら仕事が続かねえ」
「それで子供で試してたのか」
男の表情が強張る。
「な、至福作りのことを訊いてくれ。あれは最初の煮詰めが大事なんだ。熱くし過ぎてもだめだ。ぬるくてもだめで」
クレイは小さく首を振る。
「そのことはもう知ってるんだ」
フリーデが剣を持つ腕を振った。その切っ先が血しぶきを巻き上げながら跳ね上がる。
「運び役はここに来るかもね」
床に広がる血溜まりを見下ろしながらフリーデが言う。
「近くの村で雇われたのがね」クレイは首を振った。「たぶん何も知らない」
「こんだけ手を汚して、またそれ?」
クレイはフリーデを見て、微かにほほ笑む。
「精製場を一つ潰した。それは確かだ」
フリーデは小さく首を振った。
「まあ、お坊さんが何か見つけてくれてるかもね」
そうだな、とクレイは机に並ぶ機材を熱心に記録しているラクトを見た。その横でケイ・クーが隣の机に飛び移る。
「そっちはまだかかりそうか」
ラクトは振り返る。
「かかりますよ。ただ、ここで使ってる道具はマーカンシーで使われていたのと同じ工房みたいですね。まだあまり傷んでない」そして、ふとフリーデに目を向ける。「隅に水樽がありますよ。顔を洗うといい」
フリーデは一瞬固まってラクトを見返し、そしてクレイに視線を移す。
「さすがお坊様は気が利く」
「なんで俺に言う」
フリーデは肩をすくめ、ラクトが示した樽へ歩いて行った。ケイ・クーがラクトから離れた机の上にある伏せた漏斗のような胴の蓋を外して中を覗き込む。
「ラクト。結晶だ」
どれどれ、と言いながらラクトはケイ・クーが示す器具へと歩く。懐から小さな巾着袋を取り出していた。
「産地解るか?」
クレイが声を掛けると、ここで? とラクト。
「流石に都で薬師に見せないと解りませんよ」
「土産物ができたわけだ」
「ささやかですけどね」
都に行くの? とフリーデ。柄杓で手に水をかけている。
「調べ物だな。道具にしろ材料にしろ、出所を洗わないと。もしかしたら、出元の手掛かりが解るかもしれない」
「手を汚した甲斐はあったってことでいい?」
「今のところは、ってとこかな」
「そこは言い切って欲しかったな」
フリーデは微苦笑を浮かべた。部屋の戸口に戻ってきたホドルが腕組みをする。
「都行きは目先が替わっていいが、その前にここはどうする?」
クレイはフリーデを見た。
「焼き払う」
フリーデは頷きながら溜息をつく。
「そうね。それしかないわよね。お坊様、調べるものは調べた?」
「いや。もう少し待って」
フリーデは肩をすくめた。
「術の準備するのに時間がいるからまだ余裕あるわよ。荷物は外ね?」
「階段の下に置いてあります」
フリーデは軽く手を振って部屋を出ていく。ホドルは暗がりの中へ消えていくフリーデを見送りながら部屋に入った。
「なかなかしっぽは掴めないものだの」
「都に戻ったら、誰かが掴んだと知らされるかもしれないけどな」
「それならそれで、悪くはないが、悔しいか?」
クレイは肩をすくめる。
「これをはじめたばかりの頃、あんたらと一緒になった頃ならそう思ったかもな。今は、正直、誰でもいいから見つけてくれと思うよ」
確かになと、ホドルは頷く。
「何組も嗅ぎまわって、何年もかけて、見つかるのは売人か、たまに精錬場くらいだからな。それはそれで不思議な気はするんだが」
「前にケイ・クーが言ってたのがあたりなんじゃないかな」
自分の名前が出てきて、ケイ・クーが手を止め、振り返る。
「作る者、売る者の座と作らせる者、売らせる者の座の二つ、か」ホドルは溜息をつく。「なんでそんな面倒なこと、と思ったが、ここまで掴めないとそうなのかもな」
「ここまで来ると、それも理に適ってると思うよ」クレイは言った。「こっちは目先の〈至福〉を始末しなくちゃならないから、どうしたってそっちに手を取られる。危ない橋を渡るのは、作って売る方で、製法を教え、道具や材料を卸す方までは手がまわらない。はじめからそう読んでたんだとすると、頭がいい」
ケイ・クーが小さく頷く。
「自分たちは表に出ず、そして欲に目がくらむならずものはいくらでもいる、と」ホドルは自分に聞かせるように言う。「そっちにはどうしても後手になる。分が悪いな」
「目立つのは作って売る奴だからな」
クレイがそう答えたとき、束ねた何本もの金輪を手に、フリーデが部屋に戻ってきた。
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