3.
ラクトが大布で簡単にまとめた荷物を床石に降ろし、大布の中で荷物がぶつかり大きな音をたてた。思わずラクトは回りを見渡すが、クレイたちは倉庫のような部屋の奥にあるもう一つの扉の前に集まっていた。この部屋は壁にランプが幾つか提げられていて、扉の前で動く彼らの影が幾つも伸びて互いに重なる。
ラクトは大布を解き開いて床に広げた。中の荷物から細い金串のようなものを数本抜き取ると床に転がる死体を避けながら入って来た戸口に戻り、床石の隙間に金串を差し込む。床石一枚挟んで隣の隙間にもう一本と差し込んでいき、戸口前に金串が三本並んだ。最後に突き立てた金串の回りを手で掻き廻すと、金串が小さく甲高く鳴る。
その音を耳にするとラクトは頷き、クレイ達のもとへ戻った。
「人数解りました?」
扉から少し離れて腰を落としているクレイが肩越しに掌を見せ、4本指を立てる。ラクトはクレイの隣で片膝をついた。扉の前、掴み手側にはフリーデが片膝を付き、うなだれている。蝶番側にはホドルが振り上げた戦斧を右肩に担いで立っていて、その前でケイ・クーが指ほどの太さがある縄を扉の縁に沿って床から上へ向かって押し込めるようにして張り付けていた。
「二人は鎧を付けてるだろうってさ」ケイ・クーの作業を見ながらクレイは言った。「重い剣を使うのが一人。あとの得物はわからん」
「やっかいですね」
ラクトが言うとクレイは首を振る。
「あの中は物だらけらしい。長物は振り回せない」
「話が解りそうなのは」
「見て解るようなら苦労しないよ」クレイは皮肉気に微笑む。「誰かは残すよ」
フリーデが顔を上げて振り返り、クレイに頷きかけると腰を上げ、扉の前から下がった。
「扉の左側に二人、正面に二人」
クレイはホドルに目を向け、頷く。ケイ・クーが跳ねるように扉の前から遠のいた。ホドルは肩に担いだ戦斧を振り上げると掌で反転させ、斧頭を前に向ける。
「今度は何発かな」
クレイが小声で言うと、ホドルは鼻を鳴らした。
「一発だ」
言い終わる前に斧を振り下ろしている。その斧頭は戸口脇の石を叩き、火花が散った。散った火花は扉の縁に張り付けられた縄に移り、強く眩しい炎が上下に一瞬走って消える。
フリーデが扉脇から脚を突き出し、革帯をふくらはぎまで巻き上げたサンダルの底で扉を押した。さきほど炎が走った戸の右側が奥にずれる。左側は戸口から離れない。
「閂だな」戦斧を再び肩に担ぎながらホドルが言った。今度は刃が前を向いている。「割るぞ」
クレイはラクトを押しながら扉に対して左へ位置を変えた。
「やってくれ」
ホドルは斧を扉の取っ手の辺りに叩き込む。刃先は扉板に喰いこむが、ホドルは易々と引き抜き、再度叩きつけた。並べた板を帯金で固定した簡素な扉で、ホドルの斧はその板の一枚を真ん中あたりで縦に裂く。何か太い棒が床に落ちた音。
ホドルは扉を蹴り押した。
扉はもはや開こうとはせず、向こう側へゆっくりと倒れ始める。ホドルは戸口の右側の壁に半身になって身体を隠した。ケイ・クーがその足元で片膝を付き、戸口の左側を覗き込みながら腰の後ろに手を回して何か筒状のものを放り投げた。その筒には紐が付いていて、ケイ・クーがその端を握っている。
クレイが空いている左腕で目を庇った。フリーデも戸口から目をそむけている。
その理由をラクトが思い出した時には、目の前が真っ白になっていた。花火の閃光はすぐに収まるが、ラクトの視界は緑色のぼんやりとしたもので覆われてよく見えない。足音だけは聞こえた。何かが倒れた大きな音。
剣がぶつかり、誰かが呻く。交わされる怒声。
ラクトの視界は次第に回復し、周辺の様子が見えて来た。戸口の前にはラクトしかいない。扉は向こう側に倒れ、戸口から中を伺えるようだった。荒事はすでに収まっているようようで、物音はしない。
樽や管が雑多に並ぶ机が左右に二列、奥に向かって三段ほど並んでいた。その向こう、机の間にクレイが片膝をつき、その隣にフリーデが立って床を見下ろしている。
おそるおそるラクトは部屋の中へ入った。入ってすぐ左側、隅の方に、壁に向かってしゃがんでいるケイ・クーの背中と、戦斧を杖のようにしてたっているホドルの姿があった。
「終わったんですか」
ラクトが声をかけるとホドルが振り返った。
「相手にならん」ホドルの表情は渋い。「子供だ」
ラクトは訊き返しながらホドルの方へ歩く。床に広がる血だまりは、ケイ・クーの前に横たわる二つの小さな身体から流れているようだった。ケイ・クーは横たわる死体のうち一つの口を指で開き、指で中を確かめている。
「〈至福〉ですか」
ケイ・クーはそれに答えず、死体の口の中から濡れた綿の塊を摘まみ上げて床に放る。
「〈至福〉だ」ケイ・クーは言った。「歯が紫に染まってる。何年しゃぶってたんだか。殆ど人形になってたんじゃないかな。ホドルの斧が叩きこまれなくても先はなかったね。慰めになるか知らんけど」
言いながらケイ・クーは手を払ってから死体の服で指先を拭う。
「救いの無い話だ」
ホドルは吐き捨てるように言った。
「子供じゃ座役は知らないでしょうね」
ホドルは肩をすくめる。
「クレイの旦那の方に息があれば、まだ目はあるかもしれんよ」
ラクトは頷き、部屋の奥にいるクレイとフリーデの方へ歩いた。フリーデ気付いてラクトを見る。
「話聞けそうですか」
「どう見ても下っ端だけど」
クレイが立ち上がる。その足元にまだ幼く見える顔が一つ、もう一つは髭面だった。子供の方は目を見開いたままで、絶命していることは解る。
「土産になればいいけどな」足元を見ながらクレイが言った。「こいつ、子供を盾にしてて、得物は護身用のナイフくらいしかなかったから、用心棒の類じゃないとは思う。気が付いたらもうちょっと詳しく聞けるだろう」
「そいつ、都まで連れてくの?」
フリーデの声には嫌悪感がにじむ。クレイは首を傾げる。
「話す中身次第かな。背族者はともかく、せめて座役を知ってるか、つながる何かを知ってればいいんだけど」
「知らなかったら?」
クレイはラクトを見た。
「連れ帰るだけの益がないなら、ここで始末するしかない」
ラクトが溜息を付くと、クレイは小さく笑う。
「坊さん向きの仕事じゃないな」
床に横たわる男が呻く。
「お坊さんはあのガラクタを調べたら?」フリーデが言った。「その間、訊けるもの訊いておくから」
「そうさせてもらいますよ」
ラクトはその場を離れた。並ぶ机の上にはフリーデの言う「ガラクタ」が並んでいる。それら〈至福〉の精製に使われた道具の出所を探るのも、仕事の一つではあった。
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