第1話 紫電改

「突然機影が現れました」

 電探でんたん(レーダー)塔から電話が入る。

何処どこだ、何機いる?」

「西北西150《フタサンマルヒトゴマル》分、約3海里まるさんです。1まるひと機です」

「すぐそこじゃないか、何をしていたんだ。それにしても1機とは?」

「突然なんです。突然現れたんです」


 サイレンが鳴り響く中、応戦の用意をする。兵士たちは機敏な動きで配置に着いた。緊張が走る。やがて、爆音とともに1機の機体が西の空に現れた。茜雲あかねぐもを背景に黒い点がみるみる大きくなってくる。その機影を見て兵士たちは安堵の表情になった。

「友軍だ!」

 松山343海軍航空隊、剣部隊つるぎぶたいの滑走路に滑り込んだのは、日本海軍最新鋭戦闘機「紫電改しでんかい」だった。エンジンの音が止み操縦席の風防を開いて出て来たのは、数日前の戦闘で撃墜されたはずの杉本幸三飛曹と学生服姿の女学生の二人だった。兵士たちは二人を見てあっけにとられた。どのようにこの事態を理解すればよいのか分からない。二人は機体から降りると、並んで基地の建物の中に入って行った。女学生が杉本飛曹ひそうを支えるように腕を組んでいる。映画でしか見たことがないような男と女のシーンが滑走路の上で展開されていた。

 1945年3月22日、343海軍飛行隊松山基地は夕焼けに赤く染まっていた。


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