[8] 潜行

 土川先生の調査についてく形で迷宮に潜る。社員に準じるものという扱いで重野さんほかガンガン迷宮潜行社の面々に混じって。思ったより簡単に許可がとれた。きちんと研修を受けてたのがよかったらしい。

 宮原大迷宮前に現地集合。今回は浅いところがメインで深層には立ち入らない予定だという。さすがに超危険地帯に入り込むとなれば俺の許可は出なかったろうし、そもそも俺の方もそこまで行く自信はない。足を踏み込むこともあるかもしれないが、それはずっと先のことだ。

 格好は皆そんなに特殊なものでない。俺を例にあげれば、下はカーゴパンツ、上は防刃ジャケットを羽織って、背中にリュックサック、頭に工事用ヘルメットをかぶる。他の人も似たようなもので動きやすさを考えるとこのあたりに落ち着くそうだ。


 市役所に雇われた管理人のおじいさんに許可証を見せたら、すぐに入り口が待ち構える。見た目は洞窟と変わらない、ただ奥がまったく見通せない。暗闇に閉ざされている。

 その真っ黒な闇の中へと特に何かの儀式をするわけでもなく他のメンバーはすいすいと普通に入っていく。今回の探索、初めてなのは自分だけだ。そんな俺の心情を察して、隣を歩く土川先生が話しかけてきた。

「緊張しなくても大丈夫だ」

「そうは言われても人知の及ばない不思議な領域ですから、さすがに身構えてしまいますよ」

「まあそんなに外と変わらない、入ってみればわかるだろう。戸惑うとすれば入る瞬間ぐらいかな」

 それはどういことなのかと尋ねるヒマもなく、言いながらさくっと先生は迷宮へと侵入する。

 しかたがないので後をついていけば、ぐわりと脳をわしづかみにされて揺さぶられる感覚を覚えた。なんだこれはと思いながらも足元はしっかりしていて、気づけばまったく別空間に立っていた。


 雰囲気としては鍾乳洞に似ている。空気もヒヤリとしていた。その構造が狭くなったかわりに足元が整備されてる感じだ。振り返っても外の景色は見えなかった。外から見た時と同じような黒い闇がつづくばかりで、すぐそこにいたはずの管理人のおじいさんの姿もない。

「私たちの間では境界と呼ばれている。迷宮の内と外の間には不明の断絶がある」

「断絶、とはなんでしょうか?」

「つながっていないということだ。迷宮は観測されている間は変化しないという説がある」

「聞いたことがあります。見られていない間に迷宮はその構造を変化させることがあると」

「よく勉強している。だったら常に監視しておけば、各所にカメラを仕掛けておけば、迷宮を固定できるのではないか、あるいは変化を観察できるのではないかと、そんな風に考えた人たちがいた」

「理屈にあっていますね、でもそれが実現したという話は聞いたことがありません」

「もちろん失敗したからね。有線にしろ無線にしろ境界において必ず途切れる。外から迷宮を観察することはできなかった」

 なるほど。迷宮の内側と外側の間は微妙に推移していくわけではなくて、境界という明確なラインがひかれているわけだ。線ではなく面、あるいは空間かもしれないが。

 故に迷宮のことを調べるにはどうしても迷宮に入らなければならなくなる。別に土川先生だってすき好んで迷宮に潜り込んでるわけではない。いやこの人だったらわりと自分の趣味で入ってきてる可能性はあるか。


 基本的に迷宮探索時に会話は最小限にとどめられる。当然のことで魔物の中には聴覚をもったものもあり、彼らにこちらの存在を認識される恐れがあるからだ。

 むやみに音をたててはいけない。それだけで集団全体を危険にさらす可能性がある。

 ちなみに魔物の中には人語を解する者もあるらしい。あくまで潜手の間の噂レベルで十分な検証はされていないが。こちらがたてた作戦の裏を見事にかかれたという話がいくつもあったそうだ。もちろんまったく別の感覚に基づいてそれが見破られたのかもしれない。ただしこの話を信じている人は結構多いようで独自の符牒を前もって決めているグループもある。

 音に限らず熱や光についても注意が必要とされる。迷宮の中で人間は弱い生きものだ。


 今回の調査の目的は宮原大迷宮浅層の構造変化の確認が主、そのついでに気になるところがあるなら調べようといった感じらしい。周囲に警戒しながら進んでは時おり立ち止まって写真を撮ったり目立つ構造物の大きさを測ったりしている。非常にゆっくりとした進行スピード。

 最初のうちはかなーりかたくなっていたが、あまりにのんびりとした行程に次第に気が緩んできた。迷宮に入ったら即魔物に襲われるなんて事態をなんとなく想像してたが、そんなことは全然なくて少々拍子抜けしていたとも言う。

 今考えると非常によろしくない。常にがちがちに緊張するのもくたびれるが、何が飛び出すかわからない危険な場所にいて、気を緩ませるのはアホすぎる。

 唐突に先頭を歩いていた重野さんが立ち止まる。それから『止まれ』とこちらを手で制してきた。

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