[7] 実技

 場所を移して実技訓練。新人それぞれが槍を渡され、その感触を確かめる。普通に暮らしてれば触るのは初めてだろう。自分もそうだ。

「狭い通路でいきなり魔物と遭遇した状況を想定して訓練を行う。迷宮じゃどれだけ叫んでも助けは来ねえ、てめえのことはてめえで助けろ」

 だいたい1Mちょっとぐらいのあまり長くはない槍だ。

 この現代社会でそんなものを武器に戦うなんて馬鹿げてると思う。けれども規制の厳しい国内のみならず海外でも迷宮内における近接戦闘は手槍が主流だ。

 柄は木製。穂は四角錐でだいたい10cmほどの大きさ。持った感じそれほど重くはない。


「迷宮浅層で一番出くわす可能性が高いのは黒角狼だ。野良犬だとあなどったら簡単に死ぬぞ。普通の犬でも厄介なのに、だいたい機動力・攻撃力はその3倍ぐらいに思っておけ」

 重野さんも同じく手槍を持っている、それからその隣には黒く塗った大型犬の模型。

 高さは人間の腰あたりまであってかなりでかい。特徴的なのはその名の通りに額に黒い角がたっていることだ。20cmぐらいの綺麗な円錐形。

 特殊な攻撃をしてきたという報告はないがそれでも十分な脅威だ。


「1対1で真正面から戦った場合、まずこちらが不利だと考えた方がいい。だから勝利することを目標にするな。確かに仕留められれば稼ぎになる、状態次第だが新車の一台でもぽんと買える額が手に入る。だが決して無理はするな。相手を撤退させるか、こちらが逃走できればそれで御の字だ」

 話しながら手槍を構えて黒角狼に向かい合ってみせた。さすがにその構えは隙なく様になっているように見える。よく知らない素人の意見だが。

 腰の高さに構えたところから重野さんは手槍をぐっとつきだした。その攻撃がまともに決まれば狼のどてっぱらに大きな穴があくことだろう。


 なんて感心していたところ、重野さんはゆっくり槍を引き戻して、かぶりを振った。

「狼に向かってまっすぐ正面から攻撃する――これはまず失敗すると思え。そんな直線的な攻撃はあっさり見切られる。やつらにはこっちにはない不明の感覚器官があるかもしれない。そこのところは知らん。ただまず当たらない。逆に手痛い反撃を食う可能性が高い」

 現時点で報告がないだけで彼らが未知の能力を持っている可能性はある。確かに油断すべきではない。たびたび迷宮に潜行している人たちの間でもわかっていないことはたくさんある。


 単純にその運動能力だけでも危険な相手だ。

 ひらりと身をかわして逆に襲いかかってくる狼を想像する。ミサイルみたいにまっすぐ突っ込んでくる。

 攻撃後の状態を狙われたらひとたまりもない。そのまま喉をかみちぎられて死ぬ。

 一撃で終わらなくとも勢いのまま押し倒されることも考えられる。あるいはその角を腹に突き刺されたらこちらもかなりのダメージだ。

 どのパターンにしろ逆転することは難しそうだ。


 けれども正面からの攻撃がだめならどうすればいいのか。

 槍の攻撃手段は基本的に突きだ。穂を振り下ろしたり横に薙ぎ払ったりも考えられるがいずれも有効ではないだろう。

 他の受講者も同じように考えたのかもしれない。気まずい沈黙。

 そうした状況を眺めまわしてから重野さんは口を開いた。


「待機しろ」

 答えはいたって単純なものだった。

「槍を狼に構えたままにらみつけてろ。集中をきらすな。集中を切らした途端、食いついてくると思え。時間がたてば状況は変化する可能性がある。他の潜手がやってくるかもしれない、狼が別の何かに気を取られて退いていくかもしれない。勝ち目のない戦いはするな」


 言われてみれば納得する答えだった。

 迷宮に好んで潜っている人たちなんて好戦的だと思っていた。それも間違いじゃないだろう。

 だがよく考えれば違う、正確ではない。あくまで彼らは仕事で潜っているのだ。リスクはできる限り減らそうと考えて当然だ。

「もし膠着が耐え切れなくなって相手の方から跳びかかってきたら、その時がこちらが勝利する唯一のチャンスと思え。空中に全力で槍を突き出せ。外すことは考えるな。半端な力じゃ貫き通せない。狙いがつけられるなら胴体がいい。状態は気にしてはいけない。生きて帰る方が大事だ」


 重野さんはぎらりと目を光らせると斜め上へと槍を突き出した。

 話通りにうまくやれば仕留められるかもしれない。けれどもかなり難しいだろう。それをすすんでやろうとは少なくとも俺は思わない。

 なんというか――あんまりよくない言い方だけれどいかれている。

 まともな神経をしていれば、こんな手槍一本で魔物に立ち向かおうなんてやっぱり考えないだろう。俺も世間から見ればいくらか外れている方だという自覚はあるが、それよりはるかに彼らはどうかしている。

 まあその感想を抱いた上で俺は迷宮への挑戦をやめるつもりはないんだが。


「今まででたった1回だけだ。たった1回だけこの手で倒せたことがあった。たいした稼ぎにはなったよ。でも二度とやりたくはないね。これはもしもを想定した話だ。まずその状況を作らないことを念頭に迷宮では行動しろ。長生きできる潜手はそういう慎重でかしこいやつだ」

 言いながら脇腹を見せてくれた。深い傷跡、そこに黒角狼の角が深々と突き刺さったのだという。両者傷を負いながらもぎりぎりなんとか重野さんは生き残った。

 彼らも超人というわけではないのだ。いくら変質していたとしても。そこは素人冒険家が入っていけない世界ではない――多分おそらくきっと。

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