[6] 講習
「魔物との遭遇は極力避けろ」
土川先生がいつも協力してもらってる迷宮潜行業者がある。そこが都合のいいことに新人講習を行うということでこっそり混ざって参加することになった。
他の受講者は10人ほど。全員男性でどことなくただならぬオーラを身にまとっている、ような気がする。年齢はだいたい20代で多分俺が一番年上。
聞いたところによれば新人といってももともと狩猟をやっていた人が多いという。あるいはいわゆるアンダーグラウンドの住民がこちらに転職してくるケースも少なくないとかなんとか。
「たとえ狩猟が目的であっても魔物と直接戦闘しようとするな。できる限り罠で仕留めろ。遭遇戦はリスクが大きすぎる」
教室の前に立って話しているのは重野亮作。30代前半。今年で5年目の迷宮潜行のベテラン。
職業的に迷宮に繰り返し侵入する彼らは、その行為を潜行と呼び、また自分たちのことを潜手を称している。
英語では迷宮に入ることを「dive」、迷宮に入る人を「diver」と呼んでいるから、日本語のそれらの名称は単純にその訳なんだろう。
なぜ「dive」なのか。細かい事情はわからない。けど感覚的には確かにそれであってる気がする。
重野さんは迷宮への民間人の潜行許可が与えられるようになるとすぐに迷宮に潜った。
彼の場合、前職はなんだったかというとオフィス用品の営業、いわゆるサラリーマン。それがなんでいきなり潜手になったのか、もともと迷宮が好きだったからだという実に単純な理由だ。
迷宮に潜行する時間を作るため前職をやめて貯金とバイトで稼いだ金を全部迷宮につぎこんでたらしい。そうしているうちに同じような仲間が集まってきてついには今の会社を立ち上げることになった。
ガンガン迷宮潜行社。適当な名前かと思われるかもしれないが黒字経営のちゃんとした会社だ。
「現在、迷宮に銃火器を持ち込むには特別な許可がいる。狩猟に銃を使うのとあんまり変わらないと考えればいい。ただし迷宮は狭い、そこのところは山とは勝手が違う。自由に振り回せるような空間はない」
彼の変質はひと目あきらかだ。肌が濃い灰色に変色している。
灰色といっても不健康な印象は受けない。なんかもう物質自体が違う感じがする。違う物質とはいうがじゃあなんでできているのか、それは本人もわかっていない。変質とはそういうものだ。
昆虫の外骨格みたいに硬度を増しており通常の刃物は通らない。触らせてもらったが確かに固かった。
自分でも調べてみたが迷宮の銃火器持込許可申請の流れはだいたい狩猟と同じ。ただしそれらは一括でなしに別々の許可が必要だ。両方行く人にとっては面倒な話だろう。
管理課の吉崎くんによれば近年、迷宮への銃火器持込許可申請は急激な増加傾向にあるという。迷宮に対する注目度の高さがうかがわれる。
「海外ではショットガンが迷宮内における魔物との戦闘に有効とされている。といっても市販のものをそのまま使うわけではない、筒を短く切って迷宮内で扱いやすくしたものだ。だが国内では今のところそうした改造は禁止されている。そのため迷宮内での戦闘にショットガン含めた銃火器の出番は限られる」
銃火器周りの扱いについてはさすがに諸外国の方が進んでいる。もともとあちらはそれらが身近にあったのだから仕方がない。
迷宮関係者の意見はおおよそ国内での規制をゆるめるべきだというところで一致している。国内迷宮の探索スピードが遅いのは装備の不十分さに由来するという説もあるぐらいだ。
ちなみに死亡率については実は国内の方が低かったりする。銃火器があったらあったで突っ込む分、死亡事例が増えるんだろうなというのが現場の意見。
また海外では潜手同士の銃撃による死亡も多々見られる。相手を魔物とまちがえたケースもあれば(あくまで本人の証言による)、報酬を巡って対立した結果……といったケースもある。
国内でもそうしたケースは起こらないわけではないけれど、銃火器に対する扱いが慎重な分、その発生率は抑えられているっぽい。
現在地域を問わず迷宮に潜ってるような連中は血の気が多い。自分から進んで入っていってるようならなおさらだ。喧嘩っ早い。
くわえて莫大な金が動く。魔物の死骸が高額で取引されることは少なくない。それを巡って常に争いごとが発生する。
法の目が届かないのも問題を起こりやすくしている要因のひとつだろう。すべては暗闇の中の話で警察がわざわざ迷宮に入ることはない。その場にいた人の証言でだいたい決まる。
そういうわけで迷宮でのいざこざの発生率はかなり高い。
これまでの話をまとめると、迷宮内部で扱いやすい銃火器の持込は許可されていない、ということになる。
「だったら捕まった魔物にとどめを刺す時、もしも出会い頭で遭遇してしまった時、どのような武器を使っているのか」
極力遭遇を避けるとは言っても武器なしではあんまりにも無謀すぎる。丸腰で迷宮に潜れというのはあんまりにもバカげた話だ。
俺だけでなく講習を受けてる人はだいたい似たような疑問を抱いたに違いない。それを察したのだろう、重野さんはにやりと笑ってから、机の上にどんと細長いものをたてた。
「手槍だ」
壇上で太い眉をぐりぐり動かし得意げな顔を見せている。対して俺を含めた受講者は同じ感想を抱いたに違いない。おいおい、そんなんで大丈夫なのかよ。
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