[2] 居酒屋

 田沢は大学のサークルの後輩で1期か2期下である。そのあたりが曖昧なのはどちらも留年してるせいで、途中からよくわからなくなってしまったからだ。まあそもそもそんな細かいことはどうだってよくて誰も気にしていないというのもあるが。

 なんだかつらつらと探検だの研究だの並べ立てた長い名前のサークルで正確なところは忘れた、どころか昔から知らなかった気がする。というか知ってる人なんていないんじゃないか。多分それは書類の何かの上にだけ存在する名前であって人の口にはのぼらない類のものだ。


 仮に未踏研と名づける。

 何をしていたサークルかと言えばそれもぼんやりしている。部室にこもりきってたこともあれば、月単位で大学を離れてさまよってたこともあった(そんなことをしていたから留年者が多かったのだろう)。ただ基本的にはまだ人間の足を踏み入れていない土地を探してそこにたどりつきたかったのだと思う。

 所属してたやつの言うことじゃないがよくそんなサークルに人が集まったものだ。振り返ってみればそういう時代だったのかもしれない。若者が辺境を目指したがって、そうしてバカなことをやるのがおもしろいと思われていた時代。それがよかったか悪かったかなんて俺の知ったことか。

 今はもうない。


 卒業後、田沢はカタギの仕事についた。毎日毎日きちんと会社に通って働いているらしい。

 といっても数年に一度、虫の騒ぎ出す時があって、そんな時はふらふらとどこへとも知らない場所へと旅に出る。数か月たてばふらりと戻ってくるがその間はろくに連絡もとれない。そんなんで仕事がつづいているのは奇跡的なことで、余程会社が寛容なのだろう。

 普段は一般社会に紛れて暮らしているわけだから見た目はいたって普通の成人男性だ。髪も染めていなければピアスもしていない。特に鍛えてもいないから普通の体形でいわゆる中肉中背。時期によっては日に焼けているがその時は別にそうでもなかった。


 居酒屋で落ち合う。

 俺1人だけ遅れて到着する。ちゃんと会社勤めしていない人間は時間にルーズでいけない。言い訳をさせてもらうとその日締め切りの仕事がなかなか終わらなかったとかそんなんだったと思う。田沢とその迷宮関係の知り合いは先に飲んでいると連絡があった。

 先にも言った通り田沢は普通の外見をしている。ぱっと見目立たない。ので約束の居酒屋に入って席を見渡したとき、最初から田沢を探そうとはしていなかった。彼のつれてくる迷宮関係者、そっちの方がどうせ人目を引くような容姿をしているだろうと考えていた。


 シルエットからして筋骨隆々で、衣服をまとっていてもその下の筋肉ははちきれんばかりで、場合によっては衣服なんてしゃらくせえと身にまとってすらいなくて、髪もばりばりに派手派手に原色に染めてて、誰がどう見てもまっとうな職にはついてないやろと思われるやつをなんとなく探していた。

 けれども見つからない。どこに視線をやっても飲んでいるのはいたって普通の人々ばかり。そのうちに店員がやってきたので、先に入って待っている2人組がいるのだがと告げたところ、席へと案内されたらいつもの田沢とそれからスーツにメガネのごくごく普通の青年男子が座っていた。

 それが俺と迷宮関係者の吉崎くんとのファーストコンタクトだった。


 あいさつを交わす。物腰も丁寧で親しみやすい好青年だ。適当に注文しつつ席につく。

 なんだか釈然としない感じ。勝手に期待してて勝手に裏切られた。こんな線の細い人が迷宮に入っているのか。そんな風にはとても思えない。魔物に遭遇したらそれだけで気絶してしまいそうな気がする。いやそれは敵をあざむく擬態であって案外――というようなことがあるんだろうか。

 そんな俺の疑念を見透かしたのか、吉崎くんは言った。

「どうも、市役所の迷宮管理課につとめています」


 市役所! それなら実に納得だ。ぴったりくる。窓口に彼みたいのが数人並んでいるような気がする。

 そして迷宮管理課! そんなものがあるとは知らなかった。いやまあちょっと考えればわかったことかもしれない。迷宮についてまだよくわかってないことが多い。民間に管理をまかせるわけにはいかない。とすれば地方自治体にそういう課が設けられててもおかしくない。特にうちみたいにでかい迷宮があるところなら。

 ビールで喉をうるおしながら話を聞く。そもそも迷宮とはどんなもので、吉崎くんは実際にどういった仕事をしているのか、迷宮に入る機会はあるのか、それから俺みたいな素人が迷宮に入るにはどうすればいいのか――などなど気になることはたくさんあった。


「そもそも迷宮が何かというのは難しい話ですね。僕にはよくわかんないです。なんかここみたいな普通の空間とは別の場所みたいです。外側からは計測することもできないとか。ちなみに僕は今まで迷宮に入ったことはないですね。入口までは行くことはあるんですけど」

 よくわからない、それでいいのか、迷宮管理課、と思ったがわりとそんなもんでも大丈夫なのかもしれない。自分が日々扱っているものについてきっちり説明しろと言われてもできないことはよくある。

 ましてや迷宮なんていきなりぽんと脈絡なしにこの世界に出てきた代物だ。最先端の専門家でないと、いや最先端の専門家であっても、何にも知らない素人にわかりやすく端的に説明してくれと言われたら困るかもしれない。多分そういうことだ。


「迷宮に入ったことないって、それで仕事になるの?」

 田沢が思ったままの疑問を口にする。俺も同じことを考えていた。

「全然問題ないですよ。管理課っていっても迷宮全てをまるごと管理するわけじゃなくて、そこにいつ誰が入って誰が出ていったか、その管理が主な業務ですからね。あとは現時点で市内のどこに迷宮があるのかとかそういうのをまとめとくのが仕事です」

 なるほど、迷宮に立ち入ってその中の状態を管理するわけじゃないってことか。例えばどこそこの通路が崩れかけてて通れないとか、これこれの魔物が何匹いて危険だとかそういうのは管轄外。そこに入ってく人間の管理、それだけなら確かに迷宮に入らなくてもできそうである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る