第32話 猛省

 ああ、当たってしまった、と口を開けたのは束の間、ネット上も街の界隈もせわしなく、誰もがニュースに釘付けだった。

「友里ちゃん、大変なことになったね」

 私は浩二さんのことを思い出した。浩二さんは大丈夫なんだろうか? 私の沈黙は微妙な頃合いを待って、沈殿し、ぐるぐると攪乱していく。やばくない? これ? 

 私の悪い予感は的中し、散々新倉蒼のアンチだったネット民は鈍い悲鳴のように自分たちの行いを猛省した。その悲痛な書き込みを見て私はさらに胸倉を掴まれた。病院に運ばれた新倉蒼は搬送先で何とか、一命を取り留めたという。

 都内のホテルで私はミツルと中間地点の会話さえ出来なかった。意気消沈。浩二さんの名前で検索すると鰻登りのヒットワードとして埋められる。

「僕もショックだ。明日は友里ちゃんの作家としての再出発の祝祭の日なのに」

 合田さん、ショックじゃないだろうか。支離滅裂な悲鳴が飛び交うネットニュースの悲報に突如、現れたのはある作家さんのニュースだった。



『芥川賞作家・丸山尚子氏・神崎美羽音氏、新人文学賞のタブーを問う』



 そこには瑞兆な見出しのように私は思えた。



 ――二人の芥川賞作家は新人文学賞における最年少レースを批判したうえで、新倉蒼さんを弁護するコメントを出している。



丸山氏:私は新人文学賞に学歴だったり、経歴だったり、年齢だったり、そんなみみっちい評価基準なんて考慮すべきではない、と思うの。



神崎氏:私も同感です。私はデビューしてから10年今年で経ちますが、今でも下読みに携わっております。私は送られた原稿は全て読みますが、多くの下読みは残念ながら忖度や経歴で一切読まない方もおられるのは、明白の事実です。どうしても、年齢だけで判断されがちなのは、人生百年時代において不公平だと思います。



丸山氏:私も下読みをやっていた頃は全部、読んでいた。でも、この業界に入ると、読まない下読みも結構いたのにびっくりしちゃって。とある有名歌手を輩出したネット小説投稿サイトに敬想文学賞の一次落ち作品がアップされて、その作品が総合ランキングで1位になっていたらしいの。その方がおっしゃるにはそのユーザーさんが出した第49回敬想新人文学賞で女子高校生の子が入選した年だった。その女子高校生作家は、結局は盗作騒動を起こして書かなくなった。その話が編集部でもかなり話題になって、揉めたわ。



神崎:その方って確か、50代の方で中卒だったらしいです。でも、その方の作品が有名歌手さんの楽曲に抜擢されて、去年、ご存じの通り、大ヒットしました。こういうことってあるんですね。



丸山:新人文学賞は作品だけで判断されるべき、いい定型。年齢で選んではいけないの。私の送られた原稿にその方の作品はなかった。私が読んでいたら絶対に一次選考を突破してあげたわ。残念でしょうがない。本当に悔しい。



神崎:17歳の少年元祖作家、フランスのラディゲがとても参考になることを後世に残しています。



『神童のいない家庭なんて一軒だってあるだろうか? 神童なんて、家庭の発明した言葉だ。たしかに神童なるものはいる。だが、家庭の言う神童とこれが同じであることはめったにない。年齢は何でもないのだ。僕はランボーの作品に驚くのであって、彼が書いた年齢に驚くのではない。全ての大詩人が十七歳で書いている。十七歳で書いたことを忘れるのが、最も偉大な詩人だ』



神崎:私も10代の頃、アルチュール・ランボーに痺れて、彼の詩集を食い入るように読んでいましたが、同感です。17歳が書いたからじゃなくて、ランボーがすごかったんです。私は今でも、ランボーの詩を読みますが、何度も咀嚼に値する文学だと思います。



 ――二人の対談は次号『敬想』で。


 ……ああ、ようやく、大雨から晴天になった。落とされてしまう天才がいない世の中を祈りたい。ランボーだって一生涯、日の目を見なかった早熟詩人なのだ。ランボーのような天賦の才能なら、やっかみや忖度という、ブルトーザーによってその才能の花畑をあっさりと刈られてしまうかもしれない。ミツルはもう、いびきをかいて寝ていた。私は東京の夜景を一度だけ、確認する。

 明日は合田さんに再開する日。そして、運命を分ける記者会見の日。


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