第25話 名誉心

「誰の分際でそんな誹謗中傷を言うんだい」

 どんなにプロじゃないミツルに慰めされても、大御所作家や文学賞に嫌われた私は、ゴミなんだって、ねえ、みんなもそう思うでしょう? そのみんなって誰なのかな?

「僕は作家志望でもないから言える。作中で障害者の存在を否定し、ある一定の人種や民族の生死を砕くような作家は作家じゃないね。ナチスだよ」

「それがノーベル文学賞でも?」

「当たり前さ。ノーベル賞もかつて、最悪の外科手術の『ロボトミー手術』を開発した医者にやっているんだぜ。ホラーよりもホラーだろう。ノーベル賞が何だっていうんだよ。前に選考委員が性犯罪で告発されていたじゃないか」

「私はノーベル文学賞でも、そんな汚職に見舞われた文学賞であっても、名誉心は満たされたい私がいるよ」

 結局、負のスパイラルは終わらない。

「便覧に載りたいし。どんなに媚びて、偽って、弱者を馬鹿にしても」

「これを文学の多様性という暴力で片付けてもいい問題だろうか? ナチスのプロバガンダの模倣のような作品に勲章を与えた、文学賞に傷ついた弱者も多くいただろうに」

 私は人間として間違ったことにおかしい、と意見を述べただけなのに、文学が、私が才能なしの意気地なし、と嫌悪しただけではなく、私の存在を全否定したのだ。

 新倉蒼の『盗人たち』は障害者の私の人権を大きく傷つけ、私の人生観に泥を塗り、私の人生史も大いに嘲弄した。あれが文学? あれが文豪? あれが名作? あれが芥川賞最年少作家? あれが名文?

 私は芥川賞最年少作家にもなれず、惰眠を謳歌した鈍間な底辺人間だが、人間としていちばん失ってはいけない信条や教条はある。確かにある。恐らくは文壇や下読み、出版社関係者、編集者など、私の作品を『世紀の駄作』と弄するだろう。ケチをつけた私は永遠に文壇から認められないし、リサイクル不能のゴミなのだ。

「僕は子供の頃、性被害を受けたんだよ」

 浩二さんが物憂げな眼で話しかけた。

「僕は十四歳の頃、公園で見知らぬ男性と女性の集団から裸にされ、自慰行為を強要されたんだよ」

 私は脳天を殴られたように視界がフラッシュした。

「今どき、性的ないじめなんて、僕はもう、おっさんだし、そんな前の性的ないじめなんて、時効だ、と相談センターで相談したら失笑されて言われたね。しかも、四十過ぎのおっさんが性的ないじめなんて、笑えるだろう。でも、僕の傷は癒えなかった」

 癒えるわけがない。そんな大きな傷。

「何度もフラッシュバックしたし、何度も不眠になった。憂鬱は消えなかった。何度も死のうとした。その澱んだ情念を小説に書いて、応募しても、一次選考さえ通過しないのは当たり前だった。『月虹のアイリス』はそんな僕の心の傷だった。四十過ぎのおっさんが少年の一人称で書くなんて、気持ち悪いだけだったのに僕は書くことで自分の心の傷を癒そうとした」

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