第21話 年齢の壁
「君も最年少作家であるように、物書きの世界には年齢という壁があるのは知っているだろう」
物書きには年齢の壁がある。私も最年少作家として、コテンパンにチヤホヤされたから熟知はしている。
「四十一歳のおっさんより、十四歳の少年が書いた小説のほうが本の帯にもきらびやかに書けるだろう? 七十一歳の淑女よりも、十七歳の少女の作品のほうが面白おかしく目を引くだろう? それは年齢制限がない、とされる文学界でも同じなんだ。年齢の壁はある。皆、早熟の新世代の作家を求めるものだ。誰もが三島由紀夫のように早熟に憧れるものなんだ」
新世代の作品。かつて、私もそう待望されていた作家のひとりだった。
「若い作家の作品であればあるほどいい。文才は早熟と比例する。僕もその呪縛に支配されていた。どんなに『大器晩成の作家もいる』と説得されても、それは綺麗事だと信じていた。文才は測れないからこそ、書いた年齢で判断される。若い作家の若い才能の至上主義に僕もまた苦しめられていた」
「私も人のこと言えませんけど」
口が詰まった。
「私は若さだけが特性だと謂われた物書きでした。逆にそれが足手纏いになってしまったんです」
それもまた私の本音でもあった。
「若さなんて失うのが早いですから」
浩二さんも同調したように笑む。
「君が言うのは心外じゃないと思われるね」
硝子ショップで商品を物色していたミツルが私たちの会話に参戦した。
「そういや、友里ちゃんにいい話があるよ」
ミツルは土壇場になるとここぞとばかりに体裁を伺う。
「僕は十六歳のときに文学界に掲載され、十代作家じゃなくなった、二十六歳の綿矢りささんが書いた、『亜美ちゃんは美人』を読んだことがあるんだ。それまでは小説嫌いだったのに、妙に感動したんだよね。実はこの時の僕は、綿矢さんが芥川賞最年少作家とは知らなくて、色眼鏡で見ずに、綿矢さんの書いた小説として、つらい毎日の中、この作品に救われたんだ。高校時代の僕は学校に行っても浮いてしまっていたから、そんな地獄の底で綿矢さんのペーソスの効いた『亜美ちゃんは美人』を読んで、『小説って面白いんだ』と思えたんだよな」
ミツルが小説を読むようになったのは私の影響だった。私が読め、と強要したからだ。
「綿矢さんが最年少作家じゃなかったら、僕みたいなひねくれた、どん底を味わった人間は、羨ましさも思えず、本当に好きな作家として一生涯、追いかけられたんじゃないか、とそれほどにこの小説は悲喜交々を描いていたよ。綿矢さんの華麗な経歴でどんなにその後、どんなに嫉妬しても、正反対の人生を歩んだ僕にとっては、それでも、あの時の感動は代えがたかったな。黒歴史の高校二年生の青春はこの小説と共にあると今でも思っている」
浩二さんの眼が薄雲が晴れるように克明になった。
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