第18話 人生堕落
まるで、清水寺の境内で尺八を演奏する、虚無僧のような男性は奇をてらわずに言う。
「佐野さんの『十六夜史記』を読んだよ。十六歳の瑞々しい感性だった」
やっぱり、私の書いた作品は若さが売りだった、とここでも突きつけられる。若さなんて数年経てば、劣化し、喪失するのも時期尚早である、代物。
「下手ですよ。高校生の小娘が片手間に書いた駄文です」
私は最年少作家としてのかつての矜持も殴り捨て、淡々と卑下した。
「いいや、書き続ければいいものになるのに。何で、今でもデビューできたのに書き続けないのかい?」
私はうっかり、口を滑らせた。
「だって、芥川賞に落選しましたから」
思わず、口を押える。
「あの後、大変だったんです。人生が思うようにいかなくて」
落選後の人生は急降下するように地獄級の辛さが待っていた。あれから、艱難辛苦、壮絶と言っても過言ではない、人生堕落だった。負け犬至上主義の閉鎖病棟に閉じ込められ、虚仮にされ、法螺を吹かれ、裏切られ、大切な関係性をねじ伏せられ、文字通り嫌われ友里の一生だった私。失うものはこれ以上ないのに悪運はなぜかしら、私から奪い去ろうと企み続けていた。
砂を噛むような人生に私も骨が折れた。アラサーになる私にこれ以上人生のアップダウンはない。年下の天才はあぶく泡のように生まれていくけど、私は堕落と惰眠を謳歌したまま、時代遅れの戯作者のような失墜を経験するしかない。
「そうか。僕は万年一次落ちだったから気持ちは分かるよ。二十五年投稿し続けて、一次選考を突破できたのはたったの二回だけ、それ以外はずっと一次落ちだった」
え? あの大作を書いた人が一次落ち? 私のデビュー作と比べるのも烏滸がましいほどに瞠目に値する『月虹のアイリス』が?
「一次落ちってまさか?」
どういう意味か、呑み込めない。小説の神様がいるならば、神に愛されたような寵児の人に過去、そんな仕打ちがあったなんて?
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