第17話 右大臣実朝

 空気の読めない、要領の悪さも障害ゆえの生きづらさだったとしたら、義経はあまりも可哀想すぎる。母君の常盤御前とも幼少の頃に生き別れ、たった一人で京の鞍馬寺に預けられたから愛情に飢えていた可能性もあり、それが空気の読めない、社会性の低さに繋がったともその児童精神科医は説明していた。愛着障害という診断名もまた付いていた。

 神戸に着いたら、義経の話ばかりミツルに話していた。

「どれだけ、義経が好きなんだよ。僕は嫌いだね。あんなルール破り」

 ミツルはちなみに頼朝派でもなく、平家派でもなく、源実朝がいちばん好きなのだという。源実朝は頼朝と北条政子の間の次男で、歌人としても有名だった。代表作に『ますらおぶり』の万葉調の『金槐和歌集』が有名で、弱冠二十八歳で甥っ子の公暁に鶴岡八幡宮の銀杏の樹の前で暗殺されてしまう、この人もまた不遇の人だった。

「新倉さん、元気かなあ。叔父さんのほうだよ。浩二さん」

 丘の上を登ると神戸の遠景がよく見えた。眺めがいい。瀬戸内海が大きく、空を切るように見えた。

「知り合いなの?」

 ミツルは不敵な笑みを浮かべる。

「うん。だって、僕のパパの弟だもん。義理の」

 私は首を思わず傾げた。

「はっ?」

 頭には?マークが一斉にこんがらがっていく。

「じゃあ、ミツルはあの新倉蒼君の従兄弟になるってこと?」

 ミツルはわざと私の質問を無視したようで、硝子ショップの中にずかずかと入館していく。

「待ってよ!」

 硝子ショップの内部はとにかく広かった。入館して間もなく、大広間に設置されたステンドグラスの桜月夜の下、十七歳の公達・平敦盛が青葉の笛を吹いている様子に目を奪われた。さすが、源平合戦ゆかりの地、十七歳でその玉の緒を散らした美少年・平敦盛を描くとは意気がいい。

 ショップには多数の硝子細工が置かれている。オルゴールが内部にある美しいガラス細工もあった。これはベネチアングラスだろうか、それても、スワロフスキーを使用しているのだろうか……と硝子に関しては足りない知識で見惚れていた。

「すごく綺麗だね。ねえ、ミツル」

 ミツルと新倉浩二さん、今話題の元天才少年作家の新倉蒼とどういった関係性があるのか、頭から離れない。

「ほら、この方が浩二さん」

 店頭の奥から頭がツルツルの中年男性がひょっこりと見えてきた。

「初めまして、君が佐野友里さんか」

 その毬栗頭の男性こそ、あの『月虹のアイリス』と『花の下臥す、残花少年』を書いた作家だった。私が惚れ惚れと写経までした伝説の作品、その作者が目の前にいる。

「おやおや。僕があの二作品の作者なんて信じられないよな。こんなヨボヨボのおじさんが作者なんて心外だよね」

 

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