第16話 司馬遼太郎『義経』

 神戸と言えば、一の谷の戦いの舞台ではあるまいか。平家一門の幻の都・福原の地でもある。源平合戦の歴女ファンならば、一生に一度は訪れたい史跡だ。

「新倉浩二さんが営んでいる、硝子ショップがあるんだよ。神戸の風見の鳥の館の近くに」



 新神戸駅で降りて、予め予約したホテルで一泊し、翌日、私たちは風見の鳥の館へ出向いた。風見の鳥の館の裏側にあるその硝子ショップはミツルの家のいうような瀟洒な洋館で外面には大輪のガーベラをモチーフにした、ステンドグラスが嵌め込まれていた。

 神戸は平清盛が京から福原へと遷都を試み、幻の平家ゆかりの都だったと言われている。大輪田の泊に港を作り、そこは現代に続く、神戸港の礎となったと言われている。そんな清盛ゆかりの神戸で都落ちした平家一門は陣地を張り、源氏との戦に備えた。

 しかし、源義経の奇襲攻撃によって敗北を喫した。俗に言う『鵯越の逆落とし』だ。六甲山の急峻な崖から馬を走らせた義経は、圧巻の勝利を源氏軍にもたらす。

 もちろん、義経の小説を書いた腕前の、昔取った杵柄は健在で、義経に関するワードはするすると出てくる。何で、十代の私はあんなに義経が好きだったんだろう。よく、義経は美青年に描かれがちだけど、私が思い描く義経像はBL好きな少女が描く義経像とは違い、空気の読めない、愛情に飢えた、要領の悪い、不遇な青年としての魅力があった。

 母君の常盤御前が千人の中から選ばれた美女だというから、その息子である義経が史上最悪クラスの醜男だったとは考えにくいので、私のイメージとしては、現代でいう、シンデレラオーディションの大賞を受賞したような、母の常盤の類稀な美貌を寄りかは、パッとしない顔立ちで、周りが実物以上に期待したから、平家物語では容姿について事細かにイチャモンを付けるんだ、と変に納得していた。

 私の座右の書は司馬遼太郎の『義経』だった。この小説に描かれる義経は、従来の義経像とはかけ離れた、滑稽な面を見せている。普段は空気の読めない、感傷的な、甘ったれの義経。しかし、戦になると圧巻の軍配を示し、今生の民の全てが戦神と崇め奉る奇才だった義経。才能と実生活の裏腹の人物造形に私は惹かれた。戦場に置いての敵陣に対しての処遇の残酷な一面も、滑稽なまでに社会性のない世渡り下手な一面も、涙もろく、まるで永遠の少年のような煌めきも私は大好きだった。

 義経は後世ならば、『発達障害』のうちの『注意欠陥多動性障害』と『自閉症スペクトラム障害』があってもおかしくないほどの診断基準が見られているという。と、前にNHKの『偉人たちの診断書』の中で児童精神科医の先生がそう、告げていた。

 私も小学生のときに発達障害のうちの『自閉症スペクトラム障害』と診断されたから、分からないうちに仲間の気配を察したのかもしれない。まあ、義経が好きな少女なんて、祖母にも話したら「やけに王道だね」と言われたくらいだから、キングオブザ凡人だったのだ。義経は歌舞伎や浄瑠璃、義経記を始めとする古典にも最も書かれた偉人だったし、昔ならば日本人で義経が嫌いな人なんていない、と言われたに違いない。

 

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