第14話 赤間神宮

 ミツルの現在、所持している財産は聞いてないけどかなりの大金らしい。ミツルは自分の通帳も持っているらしく、引きこもりなのにお小遣いは月に十万ほど入るそうだ。そのほとんどをミツルは本代に消えさせてしまう。ミツルは金持ちの子なのにお金を使うことにまるで興味を持たない。ある意味希少価値だ。

 その間、会話があったといえばそれはなかった。ミツルが持ってきた中二病本の続きを読んでニタニタと空笑いしていると、一二時二〇分ジャストにバスはやってきた。バスに入ろうとするとタイヤから充満する排気ガスが新鮮でこれからの家で旅行を歓迎しているように思えた。

 ミツルは本を読んだままバスに乗り込み、運転手から言われた座席に私たちは座った。7‐Aと7‐B。二人仲良くデートでもするのか、とレッテル貼りされそうな私たち、別に心中旅行するわけではありません。私たち、未来という神様に見放されたと思ったけれど案外幸福は直にあるんだ。

 下関市で一度はバスを降りる。赤間神宮に行くためだ。平家にあらずんば人にあらず、と豪語した平家一門は、この壇ノ浦の海で藻屑となって散ったのだ。その高慢になった平家一門のためのプロカパンダ的な標語はかつての私にある標語みたいだった。テレビ番組で今を時めくアイドルグループのセンターに『私よりもブス』と公然の前で言いのけた、少女だった私。奢りに奢った平家一門と同じである。

 関門海峡に到着したとき、春夕焼が海面を照らし、綻んだ桜の樹が斜陽に照らされている。ターミナル駅に着くとタクシーに乗車し、尽かさず、赤間神宮に向かった。関門海峡の荒波が赤間神宮のすぐ目前にたゆたっている。

 夕陽に照らされた赤間神宮は竜宮城のようで、人生で苦杯を喫した私にもじんわりと感慨深くなるものがあった。波の下にも都はございます、と二位尼が幼帝の安徳天皇を抱えながら入水された、という悲しい逸話。たった数え年で八歳の安徳天皇。幼い子供にはあまりにも過酷な最期だった。

 高校時代に源義経の話を書き、新人賞を受賞した私。実を言えば、赤間神宮に参拝するのはこれが初めてだったのだ。あんなに源平合戦が好きだったのに来たのは初めてなんて、平家方の怨霊に怒られそうである。

 

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