第12話 負の面

 小学生の頃、原稿用紙で二百枚くらい、書いて同じような凡才な勘違いをしていた、図星の私。

「アルチュール・ランボーは『孤児たちとお年玉』の第一級の詩編をわずか、十六歳で書いた。ラディゲは『肉体の悪魔』を十代後半で書いた。サガンは『悲しみよ、こんにちは』を十八歳で書いた。谷川俊太郎は『二十億光年の孤独』を十八歳で書いた。春日井健は十八歳で『未青年』の短歌五十首を発表し、寺山修司も『空には本』で十八歳のときに歌人としてデビューしている。綿矢りさは十七歳で『インストール』で受賞し、『蹴りたい背中』で事実上の芥川賞最年少作家となった。羽田圭介も『黒冷水』を十七歳で書いた」

 早熟作家一覧表が続く。その便覧にもお蔵入りとなった、私は決して選ばれぬ駄作人間である。

「ただ、早熟作家には負の側面もある。十代作家は大人の作品からの盗作問題も多いんだ。アメリカのとある少女作家は十七歳でデビューし、のちにその作品が既存のヤングアダルトの小説が盗作と判明している。サガンは『悲しみよ、こんにちは』がブレイクしてから、その後、酒乱に満ちた生活を送り、事故死した。ランボーは二十歳で詩作を放棄したし、春日井健は短歌を詠めなくなった。ラディゲは夭折した」

 早熟作家は挫折する人もなぜか多い。

「実際に少年少女の作品が後に盗作だったという事例は数えきれず、少年少女の作品に盗作が多いというのはもはや、文学的には常識なんだよ。神童、二十歳を超えて、ただの人というけど、実際に若さだけで評価される文学なんて駄目だよ」

 そして、盗作率も他の年代よりもはるかに多いらしい。

「若いからって何だって? 少年少女だからってだから? 天才には大器晩成もいるんだよ! 三島由紀夫だってあんな死に方をしたし、僕が憧れるのは三十代で『戦争と平和』を執筆を始めたトルストイのようにいつまで経っても信念を忘れない人だ」

 ミツルは長々と先行事例を言う。そんな十代作家にまつわる、ありとあらゆる事実をここまで並べられる、博学非才なミツルは偉いなあー、と吞気に思った。このフル回転した鋭敏な頭の良さをなぜ、勉強に生かさなかったか、まるで分からない……。散々、唾をまき散らしたミツルに対して訝しげに質問した。そんな悪意を浴びせられた私。

「合田さんが今までの入院体験を手記にしたら売れるかもって言ってくれたんだ」

「友里ちゃんのデビュー小説って確か、源義経の話だよね?」

 私は仕方なく頷いた。

「私さ、源平合戦の聖地巡礼をするんだ。合田さんに会う前に」

 ミツルを上京に誘ったのはこのためだった。

「いいよー、僕も神戸や下関市、厳島神社に行きたかったから、ちょうど一の谷の合戦跡に行きたかったんだよねえ、僕は何だかんだ言って日本史の中では平安末期が一番好きだから」

 ミツルと私は珍しく意気投合した。

「じゃあ! 行こう」

 こうやって罪滅ぼしのように聖地巡礼をやってもこれからには何の意味がなさそうだけれども、やりがいは生まれるかもしれない。途方もない目標に私は、やる気満々だった。野望を組んで達成したら、また夏休みの夏空のような爽快な気分になれるかもしれない。

 よし、私はそうだね、やってみよう、とミツルに報告して、じゃあここからはチケットを持って高速バスセンターに行こうか、と嬉々として言う。ミツルの着崩れたパジャマがさらに下に降りた。

「それよりあんたその跳ねている髪の毛はどうにかしてよ」

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