第10話 愛人

 愛人のK子夫人とミツルパパとの間には隠し子が少なくとも三人はいるそうで、そのせいでミツルママは精神を病んでしまったとか。ミツルママはプライドが高いからか近くの心療内科にも決して行こうともせず、悶々と赤い花びらを千切って、鬱憤を晴らしているとか。愛人の子どもに久本病院の跡取りを奪われるのではないかと冷や冷やして高血圧の数値が正常ラインをオーバーし、いつ何時に病気になるのか、分からないとか。ついでに僕はバリバリの文系アタマだから、パパはK子さんのA君に久本病院を継がせる気みたいだよ、と自嘲気味に話していた。哀れな青年よ、そうは泣くな。

 私はインタホーンを鳴らしてミツルを呼んだ。あいつは夕方になるまで鼾をかいていたこともあるから、お利口ちゃんみたいに朝早く起きていることはありえない。私は二回目のインタホーンを押した。よし、もう一度。何くそ、今度はたくさん押してやる。近所迷惑になるかもしれないぞ。いいや、それでもたくさん押してやる。何なの。

「あー。友里ちゃん。ごめんー。遅くなったね。今、起きたところなんだ。待っていた?」

 ミツルはやっぱり起きたばかりだったみたい。しかも、異性の前で艶やかなパジャマ姿。傑作だ。大衆の前で笑いこけても足りない。

「ねえ、そのパジャマ姿はどうにかしてよね。私だって一応女なんだし、その格好って女の立場から見るとすごく下品に見える」

「ああっ。ごめんー。ついつい、いつもの癖でそのままにしちゃった」

 お茶で濁してから、ボソボソとお尻を掻いた。じゃあ、どうそ、とミツルは急いで洗面所に向ってからママが用意した長袖とジーンズをはいてやって来た。

「友里ちゃんが僕の家に来るのは、高校二年生の三月二十六日以来だね」

 まあ、良くそんなどうでもいい細かいことをいちいち記憶しているのかがわからない。記憶のストックの中に余計な不純物しかミツルの脳みそにはセットされていないのだろうか。私は半ば呆れ返ってミツルの話を続ける。

「そんな細かい日付を覚えているんだったら、勉強の方に活かせば良かったのに。いい加減その記憶力のよさを別方面に活かすべきだよ」

 ミツルは私の助言を無視し、勝手に階段を上ろうとしていた。別にミツルが人の話を最後まで聞かないのは今に始まった話じゃないので、こっちも思う存分スルーして、彼の部屋へ向かう。

「友里ちゃんはここを初めて来たよね。ここにあるのは僕のコレクションなんだ。ちょっと現実世界では異端視されるようなものがいっぱいあるけれど、あんまり驚かないでね」

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