第9話 異例の絶版

 新倉蒼がもはや、盗作、という文芸の世界でもっとも、作者殺しの妙技を駆使した以上は、この大絶賛の選評も空しく聞こえる材料にしかない。私はスマートフォンの電子書籍のページを閉じた。『月虹のアイリス』と『花の下臥、残花少年』はベストセラー作品、芥川賞最年少作家としては異例の絶版になり、今や一般には入手できない。

 問題なのは受賞取り消しの件だった。今でもその件は抗議殺到のため、有耶無耶になり、臨時の第三者による諜報機関ができて、判断は今年中に出るらしい。

 私もあの新倉蒼が最年少作家になるまでは、私が『敬想新人文学賞』の最年少受賞者だった。いつの間にか、私の作品も槍玉に上がるようになり、ネット民たちはこぞって、『忘れ去られたJK作家 佐野友里』と攻撃した。



『これで受賞できたの? JKのお暇だなWWW』

『こいつも、ゴーストライター使ったんだよ!』

『JKだから、十代だからってちやほやしすぎ、文壇も終わったなWWW』

『ここんところ、スキャンダルが多い文壇。あ、遠藤周作の作品、スキャンダルのことじゃありません笑笑』

『こいつ、どうなったん? 高校中退したってホント?』



 不幸を嗅ぎつけた付け刃のネット民の言う通り、私は芥川賞最年少作家として散々、期待され、落選した暁、ついには高校を卒業できなかった。ある日、学校で、大声で泣き出して、パニック状態になると、救急搬送され、半年間、閉鎖病棟にいたからだ。

 入退院を繰り返した地獄の季節だった十代から二十代前半、私はアラサー間近となり、久しぶりにかかった電話の主は私の作品を褒めてくれた、あの編集者、合田さんだった。合田さんは今や、『敬想』の編集長となり、零落した私を気遣ってくれたらしい。

 ミツルと共に東京へ行くのは合田さんに会いに行くためでもある。私が住んでいる福岡から新幹線で東京まで行く。ミツルだけだった。こんな惨めな私に手を差し伸べてくれたのは。

 ミツルの家の前に到着。相変わらず、このお家は豪邸というべきに相応しい。ミツルの家の資産には驚嘆せずにはいられない。私の部屋からも見ることができる木製のブランコは前にも増して古くなって軋んでいる。一体、誰が乗るんだろう。ミツルがうんと小さい頃にあのおんぼろブランコで遊んだのだろうか。遊んだ形跡がまるでない。私の思考は如何わしい方向へ突進せずには入られなかった。ミツルパパは世間でもエリート職業に指折りに入る医者だ。常に愛人の元へコソコソと通っていて、ほとんどこの豪華絢爛な豪邸にいることはないそうだ。

『あんなやつ、父親というべきに値しない、ただのエロ親父だよ』

 久しく愚痴を零していなかったのか、怒濤の勢いで零していた。ミツルパパは普段ミツルのミの文字もないのに、養育費に大量のお金をかけることだけに子供にとって、この上もなく幸福だと思い込んでいるみたいで、ミツルの家には普通の家庭には絶対にない無駄な家財道具や遊具がいっぱいある。木製のブランコもその一つでミツルは一切ピアノが弾けないのに随分前に遊びに行ったときは軽く百万円相当はしそうな大きなグランドピアノがあった。

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