第4話 毒舌家

 酷評を生業とする、ミツルの批評は適格だった。私が天才でもなく、ただの小賢しい文学少女の成れの果てだった、と突きつけられ、呑み込むのに時間はかかった。

 病棟でワンワン泣いて、何度も叱責されて、薄っぺらく、絶望をして、馬鹿馬鹿しいまでに自尊心を傷つけられて、やっとこの年齢で分かった。

『ミツルは毒舌だね。しかも、私の同意を得ているし』

 私が閉鎖病棟に入院していた頃も私の作品にだけは毒舌家だった、ミツルだけは蜘蛛の子を散らす、とある、ことわざの反対の、地獄で仏のように見捨てず、幼馴染として、世話を焼いてくれた。

 長い間入院していても、指を数えて待つ遠足やわくわくする娯楽映画が始まるわけでもない。それどころか、ハッピーライフとは正反対なステージが用意してあるこのご時世、毎日芸能人の不倫と炎上騒動が延々と流れている、ニュース番組を交互に変えながら、今日の日程を思い浮かべた。

 別に東京ディズニーランドに行けるわけでもない。毎日毎日、遅くに起きて夕方のテレビ番組を待つだけに惰眠を費やすだけだ。昨日なんか、駅前の書店に行って一日中雑誌を立ち読みして何とか日数を持ったし、一昨日はお気に入りのドラマを一気に観賞してそれで何とか、終わった。

 その日の前は――何と覚えてない。高校二年生の一学期の中間テストの前日から、いわゆる不登校を満喫し、閉鎖病棟の常連になった私には一日の細かい事象なんてすぐに忘れるんだ。

 夏にこれをした、秋にこれをした、冬にあれをした、季節の移り変わりの部分だけがぽっかり穴が開いている。記憶がすっかりなくなっているのだ。毎日ダラダラと過ごして、時は金なり、ということわざを真っ向から反逆している、かつて天才少女作家だった、アラサーの私。

 時間という貴重な札束をドブに捨てているのだから、人生の一寸先は闇、硝子の十代は一度きりしかなかったのに、私は老衰したおじいちゃんみたいに人生の酸いも甘いも知っているようだった。背水の陣続きの憂鬱な時間ももう終わりだよ。

 今日だけは特別。午後から私は合田さんに会いに行くため、ミツルと東京に向かうのだ。

 

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