第3話 義経

 問答無用、あんたは一生ダメ人間だ、負け組、ニート、引きこもり、どれがいいかよ、決め付けはぐうたら人間、って何が言いたいんだろう、私って。

 今、疲れ込んだ私が不快なのは中途半端な朝の悪意のある光線を浴びってしまったからなのかな。こんな朝日が少し昇った頃の、午前九時くらいの春先の太陽なんて、幼児向けアニメだったら、ニコニコマークがいかにも描かれそうな、爽快感満載の四月の朝に違いない。なあ、そんな皮肉めいた比喩を言うアラサーよ、何がそんなに不満か、世の中を憂い、春が嫌いって? 聞くべきに値せず。さあ、諸君。今日もゴロゴロと過ごし給え。私はいつの間にか、勝手にお隣さんのミツルの口調になっていた。

 コーンフレークに冷たい牛乳をかけただけという簡素な朝食を終えると、春炬燵の上で私は横になり、スマートフォンをいじり倒した。もう、四月の半ばなのにまだお茶の間の主役の座を譲ろうとはしない高慢な炬燵ちゃん、一体あんたはどれだけ我が儘なんだよ、とツッコミをいれたくなるくらい、我が家の炬燵は堂々と鎮座している。

 薄汚れた朱鷺色の炬燵カバーはこれはもう十年以上は我が家で使われているんだよ、とさりげなくアピールしている、この炬燵は父と母が新婚生活を機会に買ったものだそうで、その頃のラブ満載の雰囲気がもう面影もない。

『友里ちゃんが書いた小説って源平合戦の話だったよね?』

 幼馴染のミツルが前に私の耳元でぼやけていた質問を思い出す。

『義経が主人公じゃなかった?』

 そういや、敬想社の編集者の合田さんから同じように言われた。義経が今どきの女子高校生は好きなんだ、古風でいいよ、とお世辞なくらい褒めてもらい、一流出版社の編集者から自分が書いた小説が絶賛された喜びに震えていた。

 それも最初だけ、どんなに褒められてもそれが当然だと言わんばかりの高慢さに浸るようになり、どんなに年上の大人で立ちであっても、生意気に罵倒するようになった。

 いや、罵倒まではなかったけど、態度で軽蔑しているのが目に見えていた。

『義経ってまあ、JKが好きそうな歴史人物であるわけだ。普通なんだよ。別に早熟ってわけでもない。太宰治は歴史の闇に埋もれがちな、源実朝を主人公に『右大臣実朝』を執筆したわけだが、それと畏れ多く比べて、どうってこともない、まあ、女子高校生にしては上手いほうというレベルだったわけ』

 ミツルはいつの間にか、私のデビュー作、十六夜史記についての批評を行っている。ミツルのご指摘の通り、散々、SNSではそう駄作と評された十五歳の私の作品。

『ミツルは私を凡人だと思ったんだ』

『うん。凡人。芥川賞最年少か? と騒がれたのも奇跡だったと思うね。俺から言わせれば、あんなくらいの雑文、あの年齢だったらちょっとした読書好きなら、すいすいと書けたと思う。俺は小説に関心がないから書かなかっただけで、友里ちゃんが書いていたあの時だって冷ややかに見ていた』

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