加藤洋次 後編
ダメだ、洋次は溜息をついた。自分の気持ちを言葉にすると凄く安っぽく感る。頭の中は書いて消してを何度も繰り返したノートのようにクタクタだ。
そう言えば、麗美は自分の事をどう思っているんだろう。
今になって考えないようにしていた不安が頭を埋め尽くす。告白したとて、それが自分善がりなものだったなら、もし距離が近くなったと感じていた自分だけだったなら、麗美が自分を気に入ってくれたと思っていたのが勘違いだったなら。
「それだと完全に痛い奴だよな・・・。」
洋次は誰にも聞こえない声で呟いた。
ラブコメで主人公がから回っている場面を思い出す。それに自分を重ねてしまった。まるでピエロじゃないか。
不意に苦笑が漏れる。
洋次はグラスを口に運んだ。けれど、いつの間にかワインはなくなっていた。空のグラスをテーブルに戻す。追加で注文しようかと思ったけれど思い留まった。
これで二杯を飲み干した。洋次は決してお酒が強い体質ではない、逆に少し弱いくらいだ。酔っている感覚は無いが、三杯目を飲み始めては告白どころではないだろう。
洋次は上げかけた手を下ろした。
体を背もたれにあずける。今朝起きてから持ち続けていた気持ちが少し揺らいでいる。それどころか、不安がフラれる自分の姿を想像させた。
店のドアが開く音が聞こえた。麗美が来たのではないかと思い、反射的に身を震わせる洋次。入口へ目を向けた。しかし、そこには麗美とは似ても似つかない男性が立っていた。すぐに従業員の女性が対応し始めた。
ガッカリしたような、ホッとしたような。
彼女に会いたいのは確かだが、何も決まらないまっさらな状態では告白などできないのではないか。彼女を眼の前にして、いざ告白するぞと意気込んだ時点で頭の中が真っ白になるとは思う。だけど、はじめからノープランでは何も言えないかもしれない。
平常心で会うためにも準備しておかなければ。
平常心で会いたいならばお酒なんて飲むなよ、そのツッコミに対しては華麗にスルーしておく。
来店した男性は一人客だったらしく、カウンターへ案内されていた。スーツを着た中年の男性。仕事終わりのサラリーマンだろうか。背中に日頃の披露がみえる。
家族のために頑張っているのだろう・・・おっと、人間観察をしている場合ではない。今は自分の事を考えなくては。そう思った時、再度店のドアが開く音がした。
ゆっくり目を向けるとそこには麗美の姿があった。相変わらずギャル風のファッションだ。ここに来るまでに何度もナンパされただろうに。
麗美は洋次の姿を見て笑顔になった。
麗美は従業員女性に連れが居る事を告げると、手を振りながら洋次が座る席へ来た。
「遅くなってごめんなさい。」
麗美の声は嬉しさ半分、申し訳なさ半分といった感じだ。
「気にしないで。ここまでなんともなかった?」
「・・・駅前で二人に声かけられました。」
そう言った麗美が溜息をついた。洋次はヤッパリなと思いつつ笑った。
「それは難儀だったね。」
そう言いつつ麗美にメニューを差し出した。
「俺はもう一杯白のグラス飲みますが、麗美さんは何飲みますか?いつも通りスパークリングですかね。」
「いえ、今日は洋次さんと同じ物で。」
こんな感じで二人の食事が始まった。
しばらく会話を楽しんだ。告白する言葉は何も決まらないままだ。でも、彼女の楽しそうな顔を見ていると、そんな事はどうでもよくなっていた。
洋次は麗美と共に三杯のグラスワインを飲んだ。
酔っているのか平常心なのか分からない感覚。正直、どんな言葉を麗美に告げたのか覚えていない。けれど、麗美の驚きが混じった満面の笑みで頷いた事だけは覚えている。いつの間にやら告白していたらしい。悩んでいたのがいかに無駄な時間だったかわかる。
笑顔の麗美を見て思った。やはり彼女は綺麗だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます