第5話
「良知くん、お店再開するんだってね?応援してるよ!」
「りょーくん、何か困ったことがあったら何でも言いなよ」
レインボー商店街のお店の人たちが激励の言葉を掛けてくれ、僕は「ありがとうございます」と言いながら頭を下げてまわった。
「へぇ、広見くんとお店をやるの?」
「はい、勉強の合間を見て手伝ってくれることになりました」
野澤精肉店の店主の一登(かずと)が腕組をし、うんうんと頷きながら聞いてくれた。
一登さんは四代目で、奥さんの瞳さんと三人の子供がいる。三人の子供たちは小学生と保育園児で、長男がよく店の奥で瞳さんと一緒に手伝っているのが見える。自分が小さい頃、父の手伝いをしていたことを思い出して懐かしいながらも少し切ない気持ちになった。
「多聞くんは、やっぱり難しそう?」
「そう、ですね……多聞はバンドとかやりたいことがあるみたいで、家にもほとんど帰ってこないですし。ちょっと頼むのは難しそうですね」
「でも、広見くんだけに頼るのは負担が大きいよね。来年、受験でしょ?」
「あ、でも、パートさんを雇おうと思って。広見に募集のポスターを作ってもらったんです」
「そうか、前にやってた安岡さんは厳しいみたいだしね。材料費や人件費も掛かってくると工面するのも大変だね。大変な時はお互い様だし、長年の付き合いだから少し安くつけとくよ。あ、でも、肉の品質は変わらないから安心して」
「はい、野澤さんのお肉の美味しさは分かっているので、信用しています」
一礼をして踵を返そうとしたところ、「良知くん」と神妙そうな声が掛かった。
「昔からのよしみで言うんだけどさ、惣菜の金剛もうちの精肉店もやっぱり代々作り上げられてきた味を継承するっていうのが大事だと思うんだ。この土地に根付いている人たちもそれを望んでいるとは思う。だけど、親父さんの味や製法を必ず踏襲したものを作らないといけないって固執するのも良くないと思うんだよ。精神衛生上にもね。良知くんが店主でお店を切り盛りをしていこうとしているなら、継承するものと切り捨てなければならないものと取捨選択をしなくちゃならない。それは、良知くんが決めていくことだ」
一登さんの言葉に僕は自然と唇を噛みしめていた。
惣菜の金剛の店主として、激励してくれていることに感謝の気持ちが溢れてきた。
「ありがとうございます!」
野澤精肉店、ミスミ青果店などの取引先を回り店に戻ると、店の入り口にポスターを貼っている広見の姿が見えた。
「おかえり、早かったね」
「部活、辞めてきたしね」
「え?辞めたの?」
「だって、これから兄さんとお店を切り盛りするって決めたから。科学部だし、俺がいてもいなくても活動できる部活だよ。顧問の先生に事情を話して辞めさせてもらった」
あっけらかんと話す広見に、指定校推薦にしても普通受験にしても帰宅部というのは色々と受験に響いてくるんじゃないかと焦る気持ちが湧いてくる。僕の感情を見抜いたのか、広見はあからさまに大きな息をついた。
「……大丈夫だよ。帰宅部になったって問題ない。色々と相手から訊かれるようなことがあれば正直に話せばいいんだよ。サボりたくて選択したわけじゃないんだし」
「そ、そっか。うん、ごめん、色々と心配になっちゃってさ」
「それより、こんなポスターでどうかな?」
広見の作成したポスターはシンプルなものだった。必要な情報が太い黒字で書かれていて、何故か右下に仏像のようなイラストが載っている。
「このイラスト何?」
「え、東大寺南大門の金剛力士像だけど。あ、でも阿形像だけね。金剛なんて名字珍しいから、ちょっと愛着持ってもらおうと思って付けたんだけど、マズかった?」
(愛着か……)
イラストの金剛力士像はぎょろっとした目玉でパート募集のポスターに勝手に記載した不敬を怒っているかのようだった。
「……いや、いいんじゃない?面白いよ。むしろ、この金剛様を可愛らしくキャラクターにおこして持ち帰りのビニール袋に印刷しちゃうのなんかも面白いかもなぁ」
「え、それいいよ。夜の時間がある時にちょっと考えてみる」
目をキラキラさせて語る広見と面と向かって店の今後のことを話す機会が来るとは考えもしていなかった。
数時間前には前途多難かも、と悩んでいたのが嘘みたいに晴れ晴れしい気持ちでいっぱいだった。
「さてと……」
僕は食材を目の前にして自然と仁王立ちになっていた。まさに金剛様そのものだ。金剛様になったつもりでキッチンを睥睨する。
惣菜は大体一パック350円で販売している。メンチカツやコロッケは一個120円、唐揚げやチキンカツは100グラム280円で、サラダなどの副菜は日替わりで替えるなど工夫している。でも、やはり単品で買ってもらうよりはがつっと買ってもらいたい。惣菜三パック1000円で販売するのはどうだろうか?
父が日がな考えていた新しいメニューを考案するのはひとまず止めておこう。今はきちんと軌道に乗せることを重要視していこうと思う。
明日からとりあえず広見が帰ってくるまでは僕一人だ。夕食時に好まれる揚げ物の下ごしらえをしつつ、副菜を色々と仕込んでおこう。
父と母と三人でお店をしている時は、父の指示通りに動いて、お客様を待たせないよう接客してと店全体の流れを掴みつつも自身で考えるということはあまりしてこなかったような気がする。
寡黙な父と、常にイライラとしながら揚げ物を作る母の間に挟まれて、いかに気持ちよく仕事が出来るよう環境づくりをしていたのも僕だ。父も母もいなくなってから思うが、凄く間を取り持つことがとてもストレスだった。20代前半頃にはそのストレスが原因で後頭部にでかい500円玉禿を作ってしまったほどだ。
だけど、僕にはこのお店で働くこと以外居場所がなかった。
大学に行って将来のために勉強をしようという欲求もなく、ただ、死ぬまで父の横で惣菜を作り続けるしかないんだろなと思っていた。
始めは、料理の腕を上げるために料理の専門学校に通おうかと思っていた。だけど、母に「学校に行っている時間があるなら、家の手伝いをしてもらった方が有意義よ」とばっさり切られあっけなく頓挫した。
そして、いつまでも僕は両親の「手伝い」でしかないのかと、悲しくもなった。
だけど、今は僕の隣には誰もいない。誰もいないけれど、一日のお店の流れをよく分かっているのも僕だし、これから経営をしていくのも僕だ。
僕の自由だ。
惣菜の金剛を再開させてまず思ったのは、広見の接客力の高さだ。
僕は小さい頃から父と厨房にこもりきりだったので、接客は母やパートの安岡さんにやってもらっていた。
僕は極度のあがり症で、一気に注文を受けると紙に書いている間に忘れてしまい使い物にならなかった。広見は一度見たものや聞いたものを記憶する能力に長けているのか、メモをしなくてもすぐに後ろの厨房に伝えてくれた。かつ、僕がパックに詰めるのをもたもたしているとすぐに横に立って手伝ってくれた。
わが弟ながら、仕事が適格すぎてむしろ神がかっていた。
訪れるお客さんの名前も憶えていて、名前を呼ばれると皆一様に笑みを浮かべていた。
「凄いよ、広見。特に奥様方を魅了しているよ。将来は奥様方専門のホストにでもなれるよ」
「そんなのならないよ」
「あの、すみません……」
「「はい、いらっしゃいませ!」」
僕と広見の声が揃った。声を掛けてきた女性は威勢のいい二人の声に少し驚いていたが、次の瞬間ふふっと小さく笑った。
「こちらは、お二人でやられているお店なんですか?」
「え、はい。兄が店主で、俺……僕は手伝いです」
広見が説明をすると、その人はふんふんと頷いた。そして、ある一点を指さした。
「パートさん募集中って、まだ募集していますか?」
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