第13話 俺が守る

 その少女と出会ったのは11歳の時だった。


 ジャノスがエルシュを置いて突然姿を消した際、ジャノスはダンロットの両親にエルシュの身元を引き受けるように頼んでいる。ダンロットにはジャノスとダンロットの父親の間柄の詳しいことはわからなかったが、一人の少女の身元を頼むくらいには父親は信頼されていたのだろうと成人してから思うようになった。


 少年だったダンロットには当時の大人達の難しい事情や話は全くわからなかったが、その少女が家にやってきてから一人部屋にこもってずっと泣いていることが心配でいつも気になっていた。


 コンコン。少年は少女の部屋のドアをノックする。


「夕飯の時間だよ。母さんが君のことを呼んでこいって。」


 返事はない。だが、かすかに泣いている声が聞こえてくる。今日もだ。家に来てから3日が経つが部屋から出てくる様子がない。

 ずっとこうして部屋に閉じこもっているつもりなのだろうか。ダンロットはため息をつきながら部屋を後にした。




 足音が遠ざかる。いつも優しい声で声をかけてくれる少年。でも、きっとあの子だってみんなと同じように私のことを化け物だと思っているんだ。もしまだそう思っていなくてもきっとそのうちそう思うようになる。


 誰も友達になんてなってくれない。小さい頃から近くにいたのはみんな大人ばかりで、話も魔法のことばかり。たまに子供と出会っても、その子の側にいる大人が「化け物なんかと一緒にいたらダメ」と言って子供を私から遠ざける。子供たちもみんな私を見て化け物だと指差してくる。


 いつも一緒にいてくれるのはお師さまだけだった。魔法がうまくできるとたくさん褒めてくれて、良い子だと頭を撫でてくれる。それが嬉しくてたくさん魔法を覚えたし、あの日もお師さまが言う通りに魔法を発動してみただけだったのに。あの時のお師さまはまるで恐ろしいものを見るような、でも嬉しそうなよくわからない顔をしていた。


 そして数ヶ月経って、ある日突然いなくなってしまった。


「どうしていなくなってしまったの、どこに行ってしまったの」


 思い出すとまた涙が溢れてしまう。


 止まらない涙をただ流していると、また扉をノックする音が聞こえた。


「ご飯、またここに置いていくから。食べ終わったらいつもみたいに扉の前に置いておいてよ」


 その言葉を聞いた瞬間にグゥ〜とお腹がなる。少し経って聞き耳を立ててみると、もう誰もいないようだ。

 ご飯を取るために扉を開けると、そこには座ってご飯を食べる少年の姿があった。


「お、君の分はこっち」


 もう一つのトレイを指差しながら、パンをもぐもぐと齧っている。


「な、なんで…」

「一人で食べるのって寂しいだろ。扉ごしでも誰かいた方が安心するかと思って」


 ニコッと笑うその顔は少年なのに可愛らしい。


「あれ、それとも嫌だった?嫌ならいなくなるけど…」

「…嫌、じゃない」


 エルシュが答えると、そっか、よかった!とまた微笑み今度はシチューを口にする。


「…私のこと、怖くないの?」

「何で?」

「みんな、私のこと化け物って言うから…」


 エルシュが不安げにそう言うと、ダンロットは不思議そうな顔をする。


「化け物?どこが?」


 どこが?と聞かれるとエルシュもわからず答えに詰まる。


「よくわからないけど、毎日部屋に閉じこもって泣いてる女の子が化け物だとは思えないや」


 当然のことのように言うダンロットに、エルシュは驚きを隠せず涙も止まってしまった。


 その日から、エルシュは少しずつ部屋から出てダンロットと一緒に行動するようになり、学校へもたまにだが通うようになっていった。






「おい、そいつ化け物なんだろ。何でお前はいつも一緒にいるんだよ」

「お前の家は化け物を匿ってるって親父が言ってた」


 エルシュ14歳、ダンロット15歳になっていたとある日。エルシュとダンロットが一緒に歩いていると、二人を見かけた同じ街のやや年上の若者達がダンロットに向かって暴言を吐く。


「は?化け物ってどこにいるんだよ。俺にはわからないけど」


 とぼけた顔してダンロットが言うと、若者達はムキになって喚き始める。


「そこにいる赤い髪だよ!魔法力が異常で人間じゃないって」

「魔法の威力が凄すぎてまるで化け物だってみんな言ってるだろ」

「バーケモノ!バーケモノ!」


 口々になって暴言を吐き続ける若者達に、呆れた顔でダンロットは見つめる。


「魔法が凄いからって何なんだよ。お前らこいつに何かされたことあるのか」


 その言葉に若者達は一瞬言葉に詰まる。


「何もされていないくせに大人達が化け物扱いしただけで一緒になって化け物扱いするなんて、お子様だな」


 ふん、とダンロットがバカにしたように告げると、言われた若者達は苛立った顔でダンロットを睨みつけた。


「何だよお前、生意気だな!」

「やっちまえ!」


 一斉にダンロットに飛びかかる。ダンロットは喧嘩に強い子供だったが他勢に無勢、すぐに取り囲まれてしまった。


「や、やめてよ!」


 たまらずエルシュが叫ぶと若者達の周りに氷の刃が出現する。刃は攻撃していないが、鋭い刃の先を向けている。


「や、やっぱり化け物じゃねーか!」

「逃げろ!」


 エルシュの魔法に恐れをなして次々に逃げ去っていった。


「痛ってぇ」

「大丈夫?ごめんね私のせいだ」


 悲しげなエルシュの様子にダンロットは一瞬顔を顰めるがすぐに笑顔になる。


「別にエルシュのせいじゃないよ。別にこんなのかすりき…イッテェ!」


 強がるダンロットの頬をエルシュがつねった。


「全然大丈夫じゃない!やっぱり化け物の私と一緒にいるとダンロットにもおじさんやおばさん達にも迷惑かけちゃう……」


「迷惑なんかじゃないよ。俺がエルシュと一緒にいたいから一緒にいるの。おやじやおふくろだって全部わかった上でエルシュを引き取ったんだから気にするなよ。それに化け物なんかじゃないってば」


 ダンロットの言葉にエルシュは苦々しい顔をし、その顔を見てダンロットはうーんと考えこむように空を見上げた。


「あー、だったらさ、エルシュが心配しないくらいに強くなるよ。それで、エルシュのことは俺が守る」


 良いこと思いついた!とダンロットはにっこりする。


「守るって、ダンロット私より弱いくせに」


 ムッとしながら悲しげな顔をするエルシュに、同じくダンロットもムッとする。


「今はまだ弱いかもしれないけど、絶対に強くなってみせるから」


 だから、心配するなよとダンロットは傷だらけの顔で微笑んだ。




 ——あれから8年。ダンロットは変わらずにずっとエルシュの側にいる。


「エルシュは俺が守る。絶対に」


 握りしめた拳を見つめながら、変わらぬ決意を無意識に口にしていた。







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