第12話 化け物と仲間たち

 シュミナールとダンロットが警報を聞きつけ魔法省の庭に辿り着くと、そこにはダイナを確保したエルシュとその近くで余裕の構えを見せるラウルがいた。


 魔法省の一角にある古びた塔、そこにある尋問室の一つ。


 捉えられたダイナは魔法の鎖で繋がれたまま椅子に座らされている。尋問室のある塔自体には捕まった者のみが魔法を使用できない結界を貼られており、ダイナは抵抗することも脱走することも不可能な状態だった。



「あら、ラウルにシュミナールじゃない。懐かしい顔ね。」


 絶対絶命の状態でも尚、ダイナは余裕の表情を崩さない。


 言われたシュミナールとラウルは表情ひとつ変えなかったが、エルシュとダンロットはダイナとこの二人が顔見知りだということに少し驚いていた。


「雑談するほどこちらも暇ではないのでね。単刀直入に聞くが、ジャノスは一体何を企んでいる」


 シュミナールが低い声で聞くと、ダイナはさも不愉快だという顔をする。


「ジャノス様を呼び捨てするなんてあなた何様のつもり?それにその件についてはさっきそこの化け物に教えてやったわよ、バ・ケ・モ・ノ にね」


 目線をエルシュに向け嘲笑うかのような表情でそう答える。


「本当に昔から化け物だと思っていたしみんなそう言っていたけれど相変わらずね。誰もあなたのことなんて人間だと思ってなかったわよ。本当に不気味で気持ち悪い。あのジャノス様だってきっとそう思っていたに決まってるわ、あなたのその膨大な魔力にだけ興味があったのよ。」


 その発言にその場にいた誰もがダイナに対して憤りを感じ敵意を向けた。あの冷静なシュミナールさえも、ほんの一瞬だがダイナに対して殺気めいたものを向けていた。だが、エルシュだけは何の反応もせずただ床を見つめている。


「あんたみたいな化け物をわざわざ迎えにきてやったのにこんな屈辱的なことったらないわ。いいこと、ジャノス様が絶対に許さないんだから、今に見てなさい」

「…お前、いい加減にしろよ!」


 声高らかにいうダイナに対して、ダンロットがダイナのフードの襟口を掴んで思わず声を上げた。その表情は言葉にならないほどの憎しみと憤りを含み今にも殺してやると言わんばかりだ。


 そのあまりの様子に先ほどまで余裕だったダイナは一転して震え上がる。


「やめておけダンロット。そんなクソみたいな輩の言うことにいちいち相手をしてやることはない。無駄だ」


「そうそう、そんなのただの僻み女なだけだろ、相手するだけくだらねぇって」


 シュミナールとラウルがダンロットを宥めるがその口調とは裏腹に二人とも表情は殺気だったままだ。ラウルは明らかに見てわかる様子だし、シュミナールは一見わからないが瞳の奥底に怒りの炎が渦巻いている。


「いや、お二人とも言ってることと顔が全然あってませんけど…」

「……ぷっ、っあははは!」


 ダンロットが思わずそう言うと、エルシュが耐えきれずに笑う。そのエルシュの様子にその場の全員が拍子抜けしてしまった。


「っははは。はぁー、……なんかすみません、私のことでそんなに怒ってくださってるのに。でも、ありがとうございます。私は大丈夫ですから」


 ニコッと微笑むエルシュに、ダンロットは悲しそうな顔で微笑み返した。


「今日はこのまま尋問しても収穫はないだろう。明日また仕切り直しだ」




 シュミナールの指示で4人とも塔を後にして魔法省本館の入り口にたどり着くと、そこには銀色の長いおさげを月の光で美しく輝かせたサニャが一人心配そうな顔で待っていた。


「先輩!みなさん!」

 4人の姿を見つけた瞬間にサニャは走り寄ってきた。


「サニャ、もしかしてずっとここで待ってたの?」

「はい、警報が鳴ってからいてもたってもいられなくて。館内でも警報の原因が先輩を狙う侵入者だったって話で持ちきりで…あの、その、先輩のお師匠様のこととか…だから、みなさんが戻ってくるまでずっと心配で…大丈夫でしたか?」


 不安げな顔で聞くサニャの様子から、魔法省内で既にさまざまな憶測が広まっているのがわかる。


「大丈夫よ、ほら全然なんともない」

「そうそう、こいつが負傷したりするわけないだろ。むしろ相手をあっさりKOしてたぜ」

「ラウル先輩ったら近くにいたくせに全然助けてくれないんだもの、白状だわ」

「時空魔法で近寄れなかったんだから仕方ねーだろが。状況把握できてただけありがたいと思えよ」


 エルシュとラウルが勤めて明るく振る舞って会話をしている横で、ダンロットがサニャに優しく話しかける。


「見ての通り大丈夫だから、ね。」


「でも、……でも見た目に傷が無くても心に傷があるかどうかは本人にしかわからないじゃないですか。どんなに強い人だって本人でさえも知らないうちにいっぱい傷ついてたりするかもしれないんですよ。もしそうだとしたら私は絶対に嫌だし、もし傷ついているとしたら先輩の側にいたいです」


 ローブの裾をぎゅっと握り締めて涙を堪えるようにしながらサニャはひとつひとつ言葉を発していく。


「わ、私の自己満かもしれないですしそう思われても仕方ないのはわかってるんです。でも、それでも大好きな先輩が辛かったり傷ついたり悲しかったりしたら側にいたいし、少しでも元気になってもらえるように何かしたいんです」


 涙をたくさん浮かべて、その涙が落ちてしまわないようにグッと堪えながらエルシュを見つめるその瞳には強い意志が宿っている。

 そのサニャの心を映し出したかのような美しい姿に、四人は思わず息を呑む。


 エルシュは自分でも気づかないうちに、いつの間にかサニャを抱きしめていた。

「……ありがとう、ありがとうね、サニャ。大好きよ」


 ギューっと抱きしめるエルシュに、サニャも負けじと抱きしめ返して言う。


「私も、先輩のこと大好きです」


 そんな二人を、男三人はそれぞれの思いを胸に優しく見守っていた。




「あの様子だと有益な情報は恐らく何も得られないだろう。ダイナはきっと何も喋らない」

「だろうな、全く厄介な女だぜ」

「最悪、明日もあの調子なら自白魔法をかけてもらうしかない」

「ま、そうなるだろうな。仕方ないさ、任せておけよ」


 エルシュたちが各々の部屋に帰るのを見届けたあと、シュミナールとラウルは翌日の計画を立てていた。

 だが、その計画が無駄に終わることをまだその時は誰も知らない。


 翌朝、見回りにきた魔導師が尋問塔の一室でダイナの死体を発見する。ダイナが収容されていた部屋は密室で外部から侵入された形跡もない。息たえたダイナは無表情で、字の如く魂の抜けた抜け殻のようだった。





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