冒険者とアクシデント

 ルミナはヨートゥンの縄張りに入る。視線の先にはルミナの三倍ほどはあろう背丈のヨートゥンがいた。

 深緑の毛に覆われ、目元の部分は窪みのように影ができている。


 ルミナはレギンエッジ銀の大剣を引き抜かずに、静かに歩み寄る。ヨートゥンがルミナの存在に気づき、姿勢を低める。


 グルルという喉を鳴らす音でルミナを威嚇しているようだった。


 一歩ずつゆっくり踏み出す。両手を前に出す。


 ヨートゥンが咆哮を上げながら拳を握る。そしてルミナに叩きつけてきた。


 ルミナは片手を上げる。それで拳を受け止めた。ゆっくり拳をそらして懐に入る。


「大丈夫。敵じゃない」


 ルミナはヨートゥンの肩あたりを見る。そこにつぶらな瞳が辛うじて見えた。


 跳び上がる。そしてヨートゥンの毛に手を入れ、目当てのコウミョウナマケを抱き寄せた。ヨートゥンの肩を跳び越え、背後に向かう。


 コウミョウナマケは抵抗せず……というより抵抗できずにルミナに抱えられる。天敵に捕まった際はコウミョウナマケの反撃手段はない。


 ルミナは着地した。振り返ると、ヨートゥンがコウミョウナマケを見て、固まる。


 ルミナはヨートゥンを警戒しながら手櫛で髪を梳かすようにコウミョウナマケからコウミョウ苔を採取した。腰に引っ掛けた小袋にそれを入れていく。


 必要量を採取したルミナはコウミョウナマケを掲げるようにし、ヨートゥンに差し出す。そして手を伸ばすコウミョウナマケの動作に合わせて、爪がヨートゥンの毛に引っかかるようにした。そうしてヨートゥンの毛にコウミョウナマケがしがみつくと手を放した。


「終わり」


 ヨートゥンから離れる。ルミナが何もしてこないことを確認し、ヨートゥンの警戒が少し緩まるのを感じた。


 さっさと縄張りから退散しなければ。たまたま仲間のいない状態のヨートゥンに会えたが、群れに気づかれれば面倒なことになる。


 踵を返そうとして――叫び声が聞こえた。


 人間のものではない。ヨートゥンのものだ。その声に、近くにいたヨートゥンと共に目を向けてしまう。


 空に何かが飛び立つのが見えた。


 目を凝らす。


「……あ」


 ヨートゥンの子どもが連れ去られるところであった。ルミナとそう変わらないであろう体長の子どもを掴んで空に連れ去っているのは魔物だ。


 グロウイーグルという、銀の体毛を持つ大型の鷲の魔物。


 ルミナの目的は達成したが、ルミナ自身、目的のためにヨートゥンを利用した身であるし、子どもという点がヴェルトと重なってしまった。

 ルミナは大地を蹴る。矢のごとく、ルミナの体は宙に跳んだ。真っ直ぐ、グロウイーグルに接近しながら、アリアドネベルトに魔力を通し、操る。ルミナの大腿部に垂れていた帯が意思を持ったかのようにグロウイーグルに伸びていった。


 グロウイーグルは片足で子どもを掴み、もう片方の足でトドメを刺そうとしている。その足にアリアドネベルトを巻き付けた。アリアドネベルトを急速に収縮させ、グロウイーグルを怯ませると共に、自分を相手に寄せていく。


 背中からレギンエッジを抜く。大剣の鞘は腰に巻き付けるベルトのように、刃の根元部分だけを保護している。そこに魔力を通すと鞘の形状を保っていた紐が緩み、剣の引き抜きを容易にしてくれる。剣を引き抜けば紐が締まり、鞘の形状に戻る。


 抜いたレギンエッジが煌めく。


 グロウイーグルはヨートゥンの子どもを片足で持ち上げるほどの大きさを誇る。


 つまり、ジャイアントキリング称号スキルの発動条件を満たす。相手が巨大であれば、バフがかかる。


 グロウイーグルは迫りくるルミナに気づくと、翼の動きに変化をつけた。それによって急旋回する。弧を描く軌道でルミナの体が振り回される。あと少しのところでルミナはアリアドネベルトの収縮を止めた。


「ぐっ……」


 距離は詰められるが、攻撃に転じられない。振り回される勢いのまま剣を振るえば、子どもを巻き込む可能性がある。だが、空中で剣を振るうにはアリアドネベルトの収縮する際の勢いがあったほうがいい。


 ――と。


 グロウイーグルの前に稲妻が走った。地上からの、おそらく魔法だ。それに驚いて、グロウイーグルは羽ばたく。急停止しようとしての羽ばたき、つまり、ルミナを振り回す力が弱まる。


「……ラッキー」


 一気に収縮させる。ギリギリでアリアドネベルトを足から外し、レギンエッジを振るう。グロウイーグルの片足を斬った。


 痛みでグロウイーグルが叫ぶ。痛みで拘束が緩んだのか、ヨートゥンの子どもが落ちていった。


 ルミナはアリアドネベルトを操作し、ヨートゥンの子どもに巻き付ける。そして己の体を寄せた。剣を納めながらヨートゥンの子どもに迫る。


 落下のスピードに加えて収縮時に引き寄せる勢いが加わり、ルミナの体には嵐で吹き飛ばされるのではないかというほどの圧がかかる。


 だが、ルミナはそれで怯むような体ではない。正確にヨートゥンの体を目で捉え、その体に抱きつく。


 そして、外したアリアドネベルトを地上に伸ばした。急いで木々に巻き付け、蜘蛛の巣のようなものをつくる。自分の背中を下にしてヨートゥンの子どもを守る形をとった。


 落ちる。


 アリアドネベルトでつくったネットの上に落ちる。緩めていた部分を収縮させて張らせる。落下時の衝撃を緩和しながら、地面には衝突しないように神経を使う。


「……え」


 木々とアリアドネベルトでつくったネットの影から影の手が伸びた。それが衝撃を受け止めてくれる。


 ゆっくりとアリアドネベルトを解く。影の手は消えずに、ヨートゥンの子どもとルミナを支え続けた。


 アリアドネベルトが収縮を終え、影の手がゆっくり地上まで下ろす。


「……やぁ、奇遇だね」


 クロウ・マグナ――にしてはシャフトが長いが――を持ったレニーがいた。

 呆然とレニーを見上げる。ヨートゥンの子どもは起き上がると、慌てたように鳴き出し、縄張りの方向へ走って逃げていった。


「レニー?」

「ま、素敵な偶然は置いていて――あいつなんか来てるよ」


 レニーが指をさす。

 翼を畳んでルミナたちに突進してくるグロウイーグルの姿があった。片足を斬られて、敵を排除しようと動いたのだろう。


「いつもの。任せていいかな」


 ルミナは立ち上がるとレギンエッジを抜く。両手で担ぐように構えて、グロウイーグルを迎えうつ。


 大物相手、何も考えなくて良い。ルミナの得意とすること。


「えいっ」


――ぶったぎる、だ。


 ルミナの一撃によって、グロウイーグルが討伐された。

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