冒険者とあの子

 こんな夢を見た。


 どこかのお店のような建物に入る、そんな夢。客はおらず、店員らしき人物もおらず、ただ受付に、黒髪に紫色の瞳の少女が座って鼻歌を歌っている。


 自分と似ていて、ぜんぜん違う。


 髪は手入れされていて、サラサラだし、少しだけ背も彼女のほうが高そうだ。活き活きしていて、楽しげだ。


 鼻歌をやめて、冷たい瞳をこちらに向ける。外見に反して表情は大人びて見えた。


「誰」


 自分は答えられなかった。ただぼうっと見つめるしかできない。


「ここは他人が入っていい場所じゃないわ。帰りなさい」

「……ごめんなさい」


 罪悪感を抱いて、背を向けようとする。


 するが、体は動かなかった。


「ウラヤマしい」


 心にもないことが口から吐き出される。


「ほしい。ホシイ」


 あの子がほしい。

 まるで嘔吐するように言葉を吐き続ける。自分の意思では抑えられず、少女に近づく。


「来ないで」


 怯える少女。


 違う。自分はそんなことがしたいわけじゃない。あのとき・・・・と同じだ。


 怖い。


 怖い。


 自分が、怖い。


「――来るな!」


 少女が眉間に皺を刻んで叫ぶ。体が強い風に押し出されて、部屋から真っ暗闇に落ちる。


 ――まけてくやしい。


 違う。そんなこと思ってない。ほっとしてる。


 ――かったら・・・・、嬉しい。


 ……。

 …………。


 ……あの子が、ほしい・・・


 それは、自分も思った。


 ――相談しましょ、そうしましょ。


 おぞましいナニカが自分の中をせり上がってくる。


 誰か。

 誰か、終わらせて。


 私を――して。




  ○●○●




 ギルドロゼアの受付に立っている自分を見て、夢だと実感した。目の前には真剣な表情のスカハがいる。


「やぁ。久しぶり」

「時間がないから端的に言うわ。あの子、置いていきましょ」

「どうして」


 目をそらされる。


「嫌な予感がする。あれを見てるとイライラするの。イライラして、怖くて、気持ち悪い」

「……頼れる大人がいないみたいだし、孤児院までは面倒を見なきゃ」

「間に合わなくなるかも。急いで」


 今までにない焦りようにレニーも戸惑う。ただ、心当たりがないわけではない。


 スカハは『災厄の女王』のひとりだ。三人いるが、別に同時代の人間というわけではない。英雄が活躍した時代に世界を混沌に陥れた者を総括しているだけだ。スカハは英雄に封印され、その一部とレニーが遭遇した。


 縁あってスキルツリーを継承したときに、スカハの魂の一部がレニーに宿ったらしかった。


 そしてスカハがこのように何かを避けるように進言した夢を見たことがあった。スカハの肉体を手に入れた偽物ネクロマンサーと戦うことになった出来事のときだった。フリジットと共に体は消滅させることに成功したため、脅威は去っているはずだが……。


 封印はひとつではない。


 ウタハの髪や瞳。色だけで見れば、スカハに似ている。


「少なくとも泊まる部屋は別々にすべきだし、あまり近づかないほうが良い」

「善処するよ」


 とはいえウタハは普通の少女のようだった。偽物のように悪意があるようには見えない。逆に怯えているようだった。家族にも捨てられて、頼れるものはいないのだろう。


「クリスとは違うわ、レニー」


 クリス……レニーが孤児院に預けた子どもの名前が出る。クリスもウタハのように、レニーが助けて孤児院まで連れて行った子どもだ。


 深刻な顔でスカハは口を開く。


「もしものときは」

「もしものときは?」


 スカハは深呼吸をして、決意したようにその言葉を出した。


「――殺さなきゃ」


 レニーは言葉を返そうとするが、言葉は続かなかった。いつの間にか暗闇が訪れ、会話ができなくなったからである。


 そして意識は深い眠りの中に落ちていった。

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