冒険者と獣宿し
座敷というらしい。畳と呼ばれる、編み込まれた床の上に、靴を脱ぎ、
テーブルを挟んで、ラフィエそしてタマキと向かい合う。
「セツナさんのご状況ですが、行方不明としかいいようがありません」
タマキが口を開いた。
「サンメンキョウは本来、ラフィエさん、そして弟であるシュンさんのカットルビー昇格の相手でした」
ラフィエが俯き、影を見せる。討伐中に悔しい想いをしたのだろう。
「あいつは結構強かった。ルビーでもきつい」
レニーの言葉にタマキは目を見開く。
「戦ったのですか!? ……よくご無事で」
「悪いが、倒すまではいかなかった」
「いえ、生き延びただけでも凄いことです」
あれがもし人を積極的に襲う魔物であるのなら早めに対処しなければ犠牲が出る一方だろう。セツナが行方不明とはいえルビー冒険者であるのなら力を借りたいほどだ。
「サンメンキョウはルビー冒険者で討伐する魔物ではあります。しかし、その弱い方の魔物なのです」
「じゃ、特殊個体か」
タマキが頷く。
「影の魔法は使いませんし、剣も扱えません。完全に予想外の強さを持つ魔物と化していました。セツナさんは二人を逃がすために囮となり、そしてそのまま……」
行方不明になった事情はわかった。あれだけ強い魔物を相手にしたのだから生きている可能性は低いが、ルビー冒険者として何かしら生き残る手段を持っていて帰れない状況に置かれている可能性もある。
「で、なんで賞金がかけられているわけ」
「ここは武器術……特に剣術が盛んな国でして、より術を極めるための思想と手段があります」
タマキが手でラフィエを示す。
「まず二天です。二つの武器を極めること。これはこの地で伝説となった剣士が二刀流だったことに由来しています。そしてその剣士から由来したものがもう一つ」
タマキは平手を頭の上にのせた。ぴょこぴょこと、まるでウサギの耳かのように動かす。
「獣宿し、です」
それは聞いたことのない単語だった。同時に、獣の耳を生やしていたシュンを思い出す。
「耳は
「肉体改造ってことか」
タマキは頷く。
「恩恵は様々で個人差はありますが、本人の持つ潜在能力を引き出したり、より理想的な身体へと変わっていくのです」
話を聞いている限りではメリットばかりな気がするが、こうして話をされることと、全員がそれを施していないことからデメリットもあるのだろう。
「獣宿しは精神修行も兼ねています。というのも力に呑まれれば
「獣になる、か」
「人は誰しも心の中に獣を飼っています。そしてそれを目覚めさせるのが獣宿しなのです」
人間の本能の部分を言っているのだろうか。それを獣とし、具現化する。その術と言えるのかもしれない。
「二天に至ったものは耳すら残らないと伝えられています。ここで、戦士が目指すのは内なる獣の克服というわけなのです」
「獣になるっていうことは真逆の結果か。それはそれで強そうだけど」
「はい。強いです、
「理性ごとなくなるってわけか」
「その通りです」
最近その類に痛い目に合わされた。つまり、獣になるということは魔人になるということなのだ。
「極限状態に陥る、剣の道を違える、その果てが獣。レニーさんの地域で言う魔人――オチビトです」
オチビト。
獣に堕ちたということだろう。
「獣宿しが行方不明になったとき、必ず賞金がかけられます。獣宿し自体、流派に入門し、ある程度の実力者と認められて施されるものです。とてつもない修行と、決して短くはない期間術を磨き続けたものにだけ、許される秘術なのです」
つまり獣宿しが許される時点で既に強い状態であるのだ。獣になれば強さがそのまま危険度に早変わりする。
「もしオチビトになっていれば討伐対象。なっていなければいいのですが、そうなっていた場合の生死は問わず、というわけなのです」
「なるほど。事情はわかったけど……ちなみにそのオチビトから戻る可能性はあるの?」
レニーの問いにタマキは首を振る。
「伝承に残っている程度で、前例としては存在はしていません。戻れる、というのは眉唾ものと思っていただければ」
「ほぼ不可能ってわけか」
「そうなります」
最悪、セツナがオチビトと化していた場合はルビーのモンスターが二体いる、ということになる。
そんな事態はないと思いたい。
「サンメンキョウの討伐依頼を受けるよ。あとはそのセツナさんを探す。それでいいんだよね、ラフィエさん」
「うん。そうしてもらえると凄く嬉しいけど……いいの?」
「悪かったら来てないさ。シラハ鳥のときみたいに頼りにしてもいいかい?」
レニーの言葉にラフィエはぱっと顔を明るくさせる。
「うん! がんばるね!」
まずはサンメンキョウ討伐だ。
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