冒険者と壊れるモノ、壊れないモノ

 心の底から驚いたという感じで、ルミナは呟いた。まるで、嬉しいことでもあったかのように。


「だいすき、レニーも。ボクが、フリジットが……えへ」

「いやちょっと待て。フッたんだよルミナ? オレ、酷いフリ方したと思うんだけど?」


 真剣に向き合うつもりがない、そう言われても仕方がない理屈だったと思う。嫌われても、あきらめるつもりでいた。


 逆に、喜ばれるだなんて、これっぽっちも。


「ある意味相思相愛だよね。これだけ真剣に話してくれたんなら」

「うん」


 フリジットの明るい声に、ルミナが頷く。


「……へ?」


 理解できない。恋愛なんて一生できません、無理だと宣言したに等しいのに、どうしてこんなに好意的な反応が返ってくるのか全くもってわからなかった。


「レニーくん。フる男はね、もっとひどいやついっぱいいるんだよ? まぁ、女もだけど」


 フリジットがなぜか得意げに言い始める。


「でもレニーくんは私たちのことなんだよね?」


 ずい、と近づかれて、反射的に後ずさる。


「あ、あんまり連呼しないでくれ」

「えーどうして?」


 目をそらす。


「恥ずかしいだろ」

「レニー、恥ずかしい。思うんだ」

「ねぇ?」

「おい待て。キミらオレのことなんだと思ってるんだ」


 クスクスと二人に笑われる。


「レニーくん」


 フリジットは右手の人差し指を立てた。そして左手で丸をつくる。


「十年経っても同じこと言われたら諦めるよ、私」

「じゅ、十年って」

「うん、十年。レニーくんに好きをこれからいっぱい伝えて、それでも恋人になれないならしっかり諦める。もちろん、他に素敵な人と出会えたらその人と結ばれるかも。その方がレニーくんは気楽でしょ」

「そ、それはそうだけど」


 いつまでも真剣になれるかわからないのに、信じて待たれても困る。


「ぼ、ボクも十年。がんばる。エルフだし、平気」

「報われないのに待ってたって仕方がないだろ」


 レニーの言葉にルミナは首を振る。


「だってさー」


 フリジットはくるりと回ってレニーの右隣にくると、右腕を組んでくる。両腕で抱きしめるように。


 柔らかくて、温かい感覚が伝わってくる。


「こういうの、嫌?」


 甘えるように囁かれる。


「……嫌じゃない、けど」


 不純な気持ちを誤魔化すように左に目をそらす。

 ルミナがいた。


「ぎゅ」


 ぬいぐるみでも抱くかのように腕を組まれる。右腕にだけあった感触が左腕にも増えた。


「嬉しい?」


 子犬のような瞳で聞かれる。


「そりゃ、オレも男だし、二人とも、その……かわいいし」


 俯きながら答える。直視できる気がしなかった。


「……ねえ、ルミナさん聞いた?」

「聞いた。かわいいって」

「キミら。オレで遊ばないでくれ」


 感触で理性が飛ぶ前に。


「今は愛し合えないだけで、好意は受け入れてくれてるわけでしょ。なら、大事に思われてるのは変わらないし、お互いに好きなのも変わらない」


 フリジットはレニーから離れて、レニーの前に立つ。


「モーンさんが言ってたの。恋愛というと浮つきがちだけど、落ち着くための間柄だからって」


 得意げにそう話す。


「さすが既婚者ってそのときは思ったけど、でも、私たちの一番落ち着く間柄が恋人・・とは・・限ら・・ない・・わけじゃない? 夫婦かもしれないし、仲間かもしれない。あるいはもっと遠くな間柄かも――これはあんまり考えたくないけどね。できれば夫婦が良いもーん」


 でも、それでも、とフリジットは続ける。


「やってみなきゃわからないし、近づかなきゃわからない。もしかしたらひどく傷つくかもしれないけど、それってやっぱり、その人が大好きで、愛してるからなんだと思う」


 だから、と笑う。


「素直でいることを、好きを表現することを、受け入れてほしいの。レニーくんにどうしてほしいわけじゃない。選んでほしいわけじゃない。私たちが私たちとして落ち着ける、大好きでい続けられる関係を探したいし、見つけたい」

「それで、十年?」

「そういうことでーす。ま、年数は適当に今決めたんですけれども」


 ニコニコ頷く。


「もしかしたら、レニーくんが恋に目覚めちゃうかもしれないし、やっぱりこのままが居心地が良くて変わらないままかもしれない。でも、きっと今より満足できると思う、お互いにね」


 隣でルミナがぶんぶんと頭を縦に振る。


「……十年経って何もなかったら?」


 レニーの問いにフリジットは片手で輪をつくり、大げさに飲むしぐさをする。そして舌を出してウィンクをした。


「飲み仲間」


 鼻歌でも混じりそうな、明るい答えだった。


「気楽でしょ?」

「…………」


 ――余もそなたも空のグラスだ。


 いつか言われた、エルフの女王フィーヌの言葉を思い出す。


 今でもその通りだと思う。


 己には何にもなくて、特別なことを特別にできなくて。中身を注がれてもすぐ乾いてしまう。だから飾り物くらいがちょうどいいのだ。なぜならそれが本質だから。


 目の前の光景はあまりにも眩しくて、羨ましくて。


 手を伸ばしても届かなくて、飛び立とうとしても翼は溶ける。そんな世界だろうけれど。


 ――そなたもそうしろ。たまには冒険者でなくなれ。


 少しは中身のあるフリをしてもいいだろうか。


「……あぁ、そうだね。気が、楽だ」


 だって、こんなにも寄り添ってくれるのだから。


「ちゃんと良い人が見つかったら幸せになるんだよ?」

「そこは幸せにできるようにがんばるとか言うとこだよ?」

「前向きに検討するよ」


 三人で笑う。


「よーし、ならこの話はおしまい! 三人で飲みに行こう! 退院祝いしてないしね」

「おいしいもの、いっぱい食べる」


 拳を振り上げて歩き始めるフリジットと、束ねた髪を跳ねさせながら続くルミナ。夕焼けに染まる空の下、そんな二人の背中を眺める。


 レニーはゆっくり息を吐く。なんだか気持ちがすごく軽くなった気がした。


「……ありがとう」


 そしてレニーは、歩み始める。

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