冒険者と相談相手

 無言で書類作業を進める。隣では冒険者の悩み事にアドバイスするモーン・メレイスの姿がある。


 接客態度も柔らかく、知識も元冒険者なだけあって、豊富だ。フリジット自身も元冒険者だが、正直強い冒険者パーティーで駆け上がってきたフリジットと様々な経験を得ているモーンとでは引き出せる答えの数が違った。知識面や戦略面のアドバイスはできても、モーンほど経験面や精神的なアドバイスは難しい。


 英雄的な冒険者も憧れの対象だろうが、モーンのような落ち着いたベテランもまた憧れの一つの姿だろう。


 ……結婚してるし。


 相談が終わったのかモーンが手を振り、冒険者を見送る。


「もうすぐ、あれですね」


 作業の手は緩めずに、モーンに話しかける。


「そうですね。ヴァレンティーナの双日ですね」

「夫婦になったら何されるんですか」


 元パーティーメンバーには冒険者時代に軽い菓子を買って配っていたものの、それ以外の経験がなかった。毎年来るこの日に、夫婦は何をしているんだろうという単純な疑問だった。


「うーんとですね、有効期限一年のお守りです」

「有効期限?」

「はい。ほら、毎年あれこれ悩むのも手間ですし、いつまでも残るものだと整理に困るじゃないですか。なので、旦那の一年の無事を祈ってお守りをつくるんです。お返しは外食だったりケーキだったりいろいろですね」

「……素敵ですね」


 素直に感想を口にする。一年分のお守りというのは素敵な考えだと思えた。


「で、いつ告白するんです」

「ぶふぉ!?」


 モーンの突拍子のない発言に思わず吹き出す。飲み物を口に含んでいた場面であったら間違いなく大惨事となっていただろう。


「な、なんでそう言う話になるんですか」


 からかいました、と言わんばかりに舌を出すモーン。


「彼、ルビーになったじゃないですか。きっと狙われてると思うんですよ」


 性格も悪くなければ将来性もある。現状恐らく金銭面の問題も一切ないだろう。女性からしたら十分そういう相手として魅力ではあるのだろう。


「グイグイ行くのも引かれるかもしれませんがアピールはしといた方が良いですよ」

「そう言われてもですね……レニーくん嬉しいのかなぁ」


 恋愛に興味がないと言ったことを思い出す。果たして興味がないのにそういったアピールは喜ばしい行為に入るのだろうか。


 だいたいのことに興味あるとか、本人が本当に好きなものがよくわからない発言ばかりだ。酒場の期間限定だとか、試作品は積極的に食べているし、甘いものも忌避している様子もない。愚痴を聞いてもらうときにいくつか店を行っては見てが、食の好みでさえさっぱりだ。


「サプライズも大事ですけど、本人に聞いておくのは大事ですよ」

「えー、でもこういうのって当日にいきなり渡されたほうが嬉しかったりしませんか?」


 元パーティーメンバーのひとりはギリギリになってそわそわして渡した瞬間に大喜びしていた気がする。モートンにはひとりだけハーブティーのセットを渡していたが「助かるよ、ありがとう」だけで終わっていた。

 思い返せば人それぞれかもしれない。モートンの反応の方がレニーには近い気がする。


 はしゃぐ姿が全く想像できない。


「その人の好みによりますからね。冒険者の血が騒ぐのもわかりますが、最初の一歩は堅実にいった方がいいかもしれませんよ。恋愛というと浮つきがちですが、落ち着くための間柄ですからね」


 モーンはそう言ってウインクをする。


 人生の先輩って、こんなにも余裕ありそうに見えるのだろうか。




 ○●○●




 清潔さを重んじられた狭い診察室で、モートンはさもつまらなげにこちらを見ている。肘をついたテーブルにはフリジットの持ってきたハーブティーのセットが置かれている。


「――というわけなんだけど、何がいいかな」

「どうして縁のない話をわたしにしてきたのか理解に苦しむ」


 モートンはこめかみに人差し指を当てる。フリジットは苦笑いをするしかなかった。

 アポをとって時間をもらったのはありがたいのだが、まさか仕事場に来いという指定になるとは思わなった。昔のように――まぁ他のメンバーはいないが――軽く食事とかできたらよかったのだが。


「その恋愛の話をする仕事の人が、モートンと名前が似てて、ヴァレンティーナの双日の話してたら思い出したから……ダメ?」

「構わないが塵ほど役に立たないことは留意してもらおう」

「医者ってモテないの」


 目をそらされる。


 ……モテてるな、これは。


「ほぉ、気になる人は」

「命を救う立場だ。恩義を恋慕を勘違いする連中はいくらでもいる」

「えーいいじゃない。可愛い子ゲットしちゃいなよ」

「ちなみにこれはヴァレンティーナの前払いというわけか」


 露骨に話をそらし、ハーブティーを指差すモートン。

 フリジットは首を振る。


「ついこの間会ったとき、前より隈とか猫背ひどくなってたから。お返しはいらないよ」

「助かる。お返しを渡す暇などないからな」

「私以外に言わないでね。絶対傷つくから」

「言う相手は選んでいる。きみが患ったときはタダで治療するさ。投資をしたと受け取りたまえ」

「それは……凄いありがたいけど。でも割に合わないよ?」


 モートンはハーブティーの入った箱に目を向ける。


「そう思わせた時点で見合っているのさ。贈り物というものは不思議なものだ。何でもないことのように見えて、それが思った以上に効果をもたらすこともあれば、逆もある。このハーブティーのようにな」

「なんか違うの?」


 懐かしむようにモートンは頬を緩ませる。


「あぁ。意外と、思い出になるものだ」

「意外。冷血漢からそんな言葉出るなんて」

「血色が悪いだけだ」

「誇ることじゃないんだけど。というかこの間教えたマッサージ屋行った?」

「行った。怒られた」


 店側から怒られるってどういうことだろう。


「医者がこんな不健康でいいのかとな」


 モートンはしたり顔で続ける。


「病む心を知らずに治療なぞできるか」


 少しも反省していないようだった。


「とはいえあそこは良い。まさか骨の歪みを矯正できるとは」

「骨歪んでたの?」

「正確に言えば間違った身体バランスのとり方のせいで、骨の並び方が正常ではない状態だな。骨自体に歪みはない」

「大して変わらない気がするけど」

「体の不調という意味ではな。あそこのおかげで体がコリを思い出した。おかげで気持ちが悪い」

「それっていいことなの」

「いいことだ。不調が当たり前の人間は好調になったら気持ち悪くなるものなのさ」


 腕を回しながらモートンが言う。


「……で、レニーくんの話ではなかったのかね」

「うん、そうだけど」

「目的を忘れないことだな」

「いや、モートンと話するのも目的だから」

「それは嬉しい限りだ」


 ちっとも嬉しくなさそうに返すモートン。感情の起伏はさほどない……というか常に疲れ切っている彼だが、物言いははっきりしている。嘘をついた後はすぐに嘘だと明言する。


 隠し事も相手を騙すものでは決してない。思考内容がはっきりしていて本人の感情事態に偽りが少ないから疑わなくていい。気軽に会話できる不思議な人間だった。


 ……デリカシーがないからわりと嫌われることもあるのだが。


 顔が嬉しそうではなくとも言葉に出ればはっきりそれは嬉しいものなのだ。そしてその言葉を受けて、フリジットも少しだけ嬉しくなる。


「個人的な話をすると彼は病気だ」

「え、どこか悪いの」

「体は健康だ。思考回路の方だな」


 頭を指差す。


「やりとりした感じ、感情を殺すのに慣れている。仕事ではとても有能だろう」

「我慢してるってことかぁ」

「わからないな。わたしの専門は体だ。ただ言えるのは彼に欲しいものを聞いてもあまり意味はないだろうということだ」

「うーん、確かに想像できないなぁ。何聞けばいいのかな」

「知りたいか」


 珍しく意地の悪そうにモートンが笑う。フリジットはコクコクと頷いた。


「わたしもだ」


 イスからずり落ちそうになった。

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