ヴァレンティーナの話
冒険者と相談事
「ねえ、ノアって何あげたら喜ぶかな」
「……は?」
レニーは困惑のあまり、メリースにそう返してしまった。酒場ロゼアで、さも当たり前のように向かい側の席に座り、深刻そうな表情で黙り込んでいると思ったら、唐突にそんなことを言い出したのだ。
困惑しないほうが難しいだろう。
何せ、ノアと関わりが深いのも長いのも全てメリースの方だ。レニーに聞く意味がわからない。
「ほ、ほらもうすぐヴァレンティーナの双日じゃない。だから」
もじもじしながらメリースが目を泳がせる。その姿に、レニーは心の中でそっと引いた。しかし、プレゼントを悩んでいる、というのはわかった。
ヴァレンティーナの双日というのは平たく言えば女性が男性に贈り物をする日と男性が女性にお返しをする日だ。正直その限りではないのが、ややこしいところではある。
由来はおとぎ話の竜退治にある。竜討伐の為、死地に赴く勇者に少女がお守りを渡す。七日後に勇者は見事竜退治を成し遂げ、少女に指輪を送り、結婚するといったストーリーだ。
その街の名前がヴァレンティーナという。恋人、夫婦の聖地と呼ばれる場所だ。
それで、少女がお守りを送った日と勇者が指輪でお返しをした日をまとめてヴァレンティーナの双日と呼ぶ。
昔は手作りのお守りを女性が渡し、男性が指輪で返すという結婚が前提の慣習であったのだが、いつの間にか軽く物々交換したり、食べ物を送ったり返したりするようになった。少なくとも冒険者界隈ではそうだ。
その為、特別お世話になっている異性へプレゼントをする日になったのだ。パーティーによっては同性でもイベントとして楽しんでいる者もいる。
というわけで、元のロマンチックさは薄れた。大衆に受け入れられるということはそういうことなのかもしれない。この日をきっかけにカップルになる人たちも少なくはない為、原型が消えたほどではない。
「で、なんでオレに聞くわけ?」
「男でしょ」
「短絡的すぎない?」
すっぱり答えられて呆れる。しかしメリースは人差し指を絡めながら俯いた。
「ノアとちょっと、ほんのちょっとだけ。た、タイプが似てるでしょ? だから参考になるかなぁーって」
「手作りのお守り渡せば。指輪返ってくるでしょ」
「ハードル高いわよ! まだしない!」
バン、とテーブルを叩きながら拒否される。
「そんなこと言われてもな……オレ、ラウラに飴もらったくらいしか経験ないし」
「飴?」
「そう、飴。今度飲みに付き合えそれがお返しだーって」
高笑いしながら顔を真っ赤にして飲みまくる先輩冒険者の顔が浮かぶ。介抱の経験はラウラで積んだと言っていい。
偉大だ。
「にしても期待してるものとか欲しいものあるでしょ」
「ない」
レニーは即答した。元々色恋は自分には向いてないと思っている。それに付随しそうなイベントの知識なぞハナからなかった。
「……もしかしてレニーに頼ろうとしたアタシが馬鹿だった」
「ご名答」
「ムキー! 開き直るなァ!」
レニーの拍手に、メリースが憤慨する。地団駄でもしそうな勢いだった。
「……ま、一緒に選んで交換でもしたどうだい?」
「一緒に?」
「あれこれ店まわりながら欲しいものを話して買いあったほうが無駄がないんじゃないか」
「言い方……でも、そうね」
顎に手を当ててメリースは考え込むと頷く。そして口の端を吊り上げた。
「うん、いいかも。デートになるし、変な気使わせることもないだろうし」
メリースは立ち上がる。
「ありがとう、そうするわ」
「そうかい。まぁ程々にしな」
「程々?」
「盛り上がりすぎるなよってこと」
その場の勢いというものは恐ろしい。店側もイベントにあわせて商品を出すこともある。カモに見られてやけに高額なものをふっかけられて勢いで買うということもありえなくはない。まぁノアがいるなら大丈夫そうだが。
メリースがどう受け取ったのかわからないが急に慌てて両手を振った。顔はリンゴのようであった。
「だだ、大丈夫よ平気平気」
「だといいけど」
「と、とにかく! ありがとねっ!」
話だけしてメリースは立ち去っていく。その楽しげな歩みをレニーは見送った。
「なぁメリースにプレゼントしたいんだけど何がいいと思う?」
「……は?」
なんで
予想外の二度手間にレニーは天井を見上げる。
「キミらペアでしょ……」
レニーの嘆きは誰にも知られず消えていった。
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