冒険者と珍味
城の中で盛大な宴が開かれていた。楕円形のテーブルで、レニーはルミナとフロッシュ、ルジィナ。そしてフィーヌと座っていた。
レニーとフロッシュの目の前にはたった一切れの肉が皿の上に置かれており、ルミナやルジィナとフィーヌの前には巨大な肉の塊があった。
「じゅるり」
ルミナが目を輝かせてその肉を見ている。フィーヌも同様だった。ルジィナは表情には出さないものの、そわそわしている様子がある。
レニーは目を細め、フロッシュは頬を膨らませた。
「フロッシュたち、少ない」
不満げにフロッシュが言うと、フィーヌは笑った。
「いやぁすまぬすまぬ。嫌がらせではないんだ。むかーし人間に
ナイフとフォークを使ってなれたように肉を切ると、口に頬張る。
「びゃーうまい! そらそなたらも食え。死ぬほど美味いぞ」
レニーはフロッシュに目を向ける。フロッシュはいまだ不満げだった。
ルミナとルジィナは無言で食べ始める。
「一切れならひどい目にはあわないってことか」
「そうなるな」
「ちなみにどんな目に」
「食事中なので詳細は伏せるが、垂れ流しになる」
その言葉だけで容易に何が起こるか想像できた。レニーは油が特殊な魚を思い出す。
「うわ……シロムツみたいなものか」
エルフの消化器官はイヴェールの肉を食べるのに適応しているのだろう。
フロッシュは顎に手を当て、全員の肉を見渡す。
「むぅ、惜しい」
何が惜しいんだ、とはフロッシュに聞けなかった。レニーはフォークを刺すと、肉を持ち上げる。
イヴェールの羽化後に放置された蛇の体にある肉だ。保存食として非常に重宝されるものでもあるらしく、エルフたちに大喜びで解体されていたのを思い出す。これも「恵み」の一つなのだろう。
鱗や皮も武器や道具の素材にされる。ルミナのアリアドネベルトは、イヴェールの素材も使われている。余すところなく活かせるエルフが凄いのか、そういうものを残していくイヴェールが凄いのか……恐らく両方なのだろうが。
まぁ、上位魔法一発分、珍味を味わえるのなら良いことだろう。
食べてみる。
「――うま」
レニーの経験上、調理というものを考えなければ、つまり、純粋に肉の味だけを考えるのであれば、過去一おいしいものだった。
身が舌に溶けるように口全体に広がり、そして爽やかな旨味に支配される。
人によってはリスクを承知の上で、量を食べる者も出るだろう。リスクが安いと思えるほどの味をこの肉は持っている。
しかしレニーにはそのリスクは負いたくないのでこれでやめるのだが。
「さ、酒を飲め! 好きなものを食え! 今宵は祝いじゃあ!」
フィーヌが大声を上げると、周りから歓声が上がった。
夜は長そうだ。
○●○●
夜風に当たる為にテラスに出る。あれやこれやとエルフに話しかけられ、答えていたが疲れたのもあって落ち着きたかったからだ。そこには既にルジィナがいた。月を見上げている。
「……貴様か」
「隣、いいかい」
果実酒を片手に声をかけると、ルジィナは鼻を鳴らした。
「好きにしろ」
「では失礼して」
テラスのフェンスに肘を置き、レニーは国を見下ろす。
「で、ルミナのことどう思ってるんだい」
「……落ちこぼれだ」
「それだけじゃなさそうだけど」
レニーの言葉に、ルジィナはため息を吐く。
「それを知ってどうするつもりだ」
「別に? ただの興味本位」
その返しに、ルジィナは眉を潜める。
「他人の事情にズケズケと。貴様は会ったときから気に食わん。嫌いだ」
「奇遇だね。オレもキミのことは気に入らないよ」
笑顔で応じる。
「でも、兄だろ。ルミナの」
「だからなんだ」
「ちゃんと心配してるじゃないか、ルミナのこと。だからなんで冷たくしてるのか気になっただけさ」
昔は優しかった。ルミナはそう言っていた。
両親も別にルミナを軽蔑しているわけでもなかった。なら、兄のルジィナはなぜルミナを足手まといと、出来損ないと言うのか、それが気になった。
「……失望したのは本当だ」
歯を食いしばりながら、ルジィナは呟いた。
「魔法の才がないとわかったとき。父も母も、特に気にしていなかったが――私は、心底、残念でならなかった」
剣に目を落とす。
「私と並んで、戦う力がない。期待を裏切られた。それが、私の胸の内だった」
レニーは黙って続きを待つ。
「しかしルミナは立派に成長した。私がただ浅はかで、そしてエルフとしてしか妹を見られなかった私自身が愚かなのだ」
つまり。
「私はルミナに好かれる資格はない」
嫌われるための、言葉。自分が許せない故の、言葉。
「……ルミナの気持ちはどうするつもりだ」
「知らん。エルフの価値観はあの子に優しいものではない。むしろ逆だ。外に出たのが正解だったのだ。貴様のことは嫌いで気に食わないが、妹の支えになっているのは嫌でもわかる。だから、しっかりルミナには覚えてもらわねばならん。エルフとはこういうもので、お前の生きられる場所はここではないのだと」
「そうしないと自分を許せない、の間違いじゃないのか」
「否定はしない。私は私が許せない。だが、どうルミナに接していようとだ」
真っ直ぐ、ルジィナは返した。これ以上、レニーからかける言葉はなかった。
そも、目的の方はなぜそういう言動をするのか知りたかった、というだけだ。その先はレニーがやるには野暮というものだろう。
「そうかい。難儀な性格だこと」
「何とでも言え。ただルミナには言うなよ」
「酔ってるから明日には全部忘れてるだろうさ」
「でなければ困る。首をはねる必要が出てくるからな」
「勘弁願いたいね」
貴様はふさわしくない。
勝負の前に、レニーが言われた言葉を思い出す。恐らく、ルミナにふさわしくないという意味だったのではないか、と。レニーは今になって思う。
しかし、ルジィナはそれ以上答えてくれそうにはなかった。
分かり合えたりは、一生できそうもなかった。少なくとも、今は全く想像できない。
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