冒険者と真・ジャイアントキリング
上位魔法であるブラックバート・クルゥーシファイをレニーが成功させ、黒い閃光の錨がイヴェールを縛り付ける。
左からはルジィナが斬撃を当て、右からはフロッシュの雨のような魔法の矢が降り注ぐ。
ルミナはイヴェールの真正面で、己の霊服の封印を解除した。
封印解除と共に装備の形状が変わる。
スカートの裾がふわりと伸び、ふくらみを持つ。胸当てや手甲が解除され、黒と緑色のドレスのようになった。
魔力が漲る。
――そしてジャイアントキリングが、発動した。
黄金の魔力の柱が立つ。ルミナがあふれ出した魔力を抑えきれず、外に漏れた結果だった。イヴェールの視線がルミナに向けられる。漏れ出した魔力量で、脅威を感じたのだろう。
噴き出した魔力の奔流を、ルミナは少しずつ己の中に収めていく。
『今回オレは一発芸しかできないから。任せるね』
戦う前のレニーの言葉を思い出す。イヴェールを拘束できるだけ凄いと思うのだが、レニーはあまり自分を強いとは思っていないらしい。
ルミナは背中から剣を抜く。銀の大剣――レギンエッジだ。両手で構える。
笑う。
自信に満ちた、明るい笑みが、そこにあった。
――今までずっと、漠然とした不安が付きまとってきた。
エルフとしては落ちこぼれで、冒険者としても人間味がなくて、それがルミナにとって怖かった。自分は本当に「ルミナ」としてここにいていいのだろうか、と。
強さを証明すれば感謝される。場繋ぎの承認欲求でどうにか不安を誤魔化していた。冒険者としての強さがルミナとしての存在意義と感じるくらいには、ルミナは自分というものに意義を感じていなかった。
世界が白黒だった。
――ソロ仲間だ。
その言葉をきっかけに、どれほど救われたことか。
きっとレニーがいなくともルミナはルビー冒険者として成功していただろう。ルミナ自身の功績に、彼は大して貢献していない。
それでも支えであった。
少しは甘えていいのだと、正しくなくてもいいのだと、そう教えてくれたし、そうさせてくれた。
レニーの前だけ、自分の弱さを吐き出してもいいのだと、そう思えた。
それがどれほどルミナの、人としての、救いになったことか。
ルミナはレニーにとっての特別ではない。フリジットやラフィエの出来事を振り返れば容易にわかる。仲が良いのは、ルミナがたまたま関わろうとして、関わる機会が多くなって、時間が他の人より長かっただけ。
レニーは関われば応じてくれるが、関わらなければさほどだ。けれど関わった他人のことを普通以上に考えてくれる。ルミナに限らず。
誰にでも。それが、嬉しかった。
つまりルミナは忖度などされたわけではなく、ただひとりの人として見られたわけなのだから。
エルフでも、冒険者でもなく。ルミナとして。
だから。だからこそ、今ルミナは――
「――がんばる」
ルミナはレギンエッジを担ぎ、左半身を前に向ける。
イヴェールは身を捩らせて、ブラックバート・クルゥーシファイを破壊する。咆哮を上げながら、宙に浮かぶ氷の盾を無数に展開し、ルジィナとフロッシュの攻撃を防ぎだす。
そして、ルミナに向けてブレスを放ってきた。
雪崩のような、氷のブレス。
ルミナは横薙ぎにレギンエッジを振るう。それだけで、雪崩を押し返した。イヴェールの顔に雪崩がかかり、視界を奪う。
飛び上がる。
いつだって、ルミナのやることは変わらない。
――ぶった斬る、だ。
大剣を振り上げて、全身を使って叩きつける。
イヴェールの額に大剣が当たった。轟音を響かせながら、イヴェールが地に伏せる。それだけで地面が大きく揺れた。
ルミナは身を回転させながらイヴェールの脳天に大剣をぶつける。凄まじい衝撃音が響く。ドラゴンならこれで終わるが、そうはいかないらしい。
唸るイヴェールの頭から離れ、地面に降りる。
途端に瞳を光らせ、イヴェールが噛みつきに来た。大地をえぐりながら、巨大な顎が迫ってくる。ルミナは片手を突き出し、顎先に手のひらを当てる。
そして、顎を持ち上げた。
強制的に顎を閉じられ、イヴェールの顔が跳ねる。
巨大な影の下、ルミナは突きの構えを取る。そして落ちてくる喉元に向けて剣先を刺した。
衝撃音と共にイヴェールが叫び声をあげる。
叫び声と共に冷気が風となって吹き荒れ、周りを凍らせる。だが、ルミナは魔力を放出して冷気を打ち消した。
ルジィナが魔法の刃でイヴェールの氷の盾をまとめて破壊すると、そこへ巨大な魔法の矢が撃ち込まれた。
フロッシュの上位魔法だ。
それがイヴェールの右目を潰す。追い打ちをするかのように魔法で巨大な刃を形成したルジィナが右目を斬った。
イヴェールが虚空に無数の氷の矢を形成し、ルジィナに飛ばす。ルジィナは剣で全て弾くが攻撃には転じることができなさそうであった。更に見張り台が急に爆発する。
恐らくイヴェールの魔法だろう。危険を感じたのか、フロッシュは見張り台から飛び降りて爆発から逃れている様子だった。
「すぅ、はぁ」
魔力を己の中で嵐とする。
冷気は体温を奪う。いくら事前に他のエルフからバフや保護の魔法をかけられているとはいえ、長期戦はできない。一気に片を付ける。
再度、飛び上がる。
ルミナなど簡単に押しつぶしてしまいそうなほどの
全て斬り裂きながら、ルミナは破片を足場にして跳び続ける。
そして眼前までたどり着いた。
しかし、イヴェールは大口を開け、ブレスを準備している。
「……グッ」
咄嗟にアリアドネベルトを牙まで伸ばし、巻き付ける。そして、全力で大剣を振るった。
ルミナの一撃とイヴェールのブレスがぶつかり合う。先ほどの雪崩のようなブレスよりも威力は数段上だった。
「う、ぐ、ぐうぅう……!」
腕が、重い。それでも魔力を込めて一撃を押し通す。まるで吹雪の中を突き進むような途方のなさがそこにはあった。装備も含めて全身を魔力で保護しているとはいえ、腕は千切れるのではないかと思うほどの痛みがあった。ブレスが空中に放たれていて良かった。地上であれば大惨事になっていたであろう。
アリアドネベルトが悲鳴を上げる。
「ぐ、うぐ……ボク、は……」
大剣に強く魔力を込める。青い石が赤色に変わった。魔力で形成された刃を纏い、ブレスの中を斬り進む。
「ボクはッ、負けない!」
そして、斬り裂く。
ブレスを斬り裂いた衝撃波がイヴェールに当たり、怯ませる。暴風が吹き荒れ、ルミナの体が飛ばされそうになる。アリアドネベルトを巻き付けていたおかげでルミナ自身は耐えきったが、振り切ったレギンエッジを手放してしてしまった。
銀色の光を放ちながら、レギンエッジが地面に落ちていく。
ルミナは息を吐き、背中に手を伸ばした。
アリアドネベルトを収縮させ、イヴェールとの距離を詰める。
大剣をオーバーロードさせながら、ルミナは叫ぶ。
「ボクはッ、ボクは!」
再度ブレスを吐こうとするイヴェール。その左目に、黒い球体が撃ちあがってきた。
追い抜くようにもう一つの黒い球体が飛んできて、ぶつかる。
――ムーンレイズ。
黒い爆発が、イヴェールの左目の視界を奪う。十分な魔力を込められなかったのか、攻撃にはならなかった。とはいえ、刹那の隙ができた。
さらに大きく開けられた口、その喉に巨大な矢が撃ち込まれる。それだけではなく、下顎に巨大な火球が飛ぶ。メリースも使っていたフレア・ノヴァンスという上位魔法だった。フロッシュとルジィナの魔法だ。
火球が爆発し、イヴェールは無理やり口を閉じられる。そして口内で魔法が炸裂する音が響いた。
そして。
ルミナは大きく、剣を振りかぶる。
「――ボクは、ソロ冒険者!」
ルミナが、ぶった斬る。
「ルミナ! だっ!」
上を向いたイヴェールの下顎から腹まで。オーバーロードさせた大剣で斬る。斬撃の範囲増加、それが、イヴェールの巨体を斬るという行為を現実のものとした。
斬撃が走り、イヴェールの鱗を抉る。
その一撃で、刃が耐え切れずに折れた。しかし、二撃目はいらない。確かな手ごたえがあったからだ。
ルミナの確信の通りにイヴェールが力なく倒れる。ルミナはアリアドネベルトを外し、地上に降りた。
そして着地する。揺れる大地によろめきながら、なんとか倒れずに済んだ。目の前でイヴェールが横たわっている。
「はぁ……はぁ……」
大量の汗を流しながら、震える手を見る。大剣はもうボロボロで使いものにならなそうだった。
「おい」
ルジィナが歩み寄ってくる。その手にはレギンエッジがあった。
「陛下からいただいた大事なものだろう。失くすな」
ルミナは折れた大剣を鞘に納めて、ルジィナから受け取る。そして微笑んだ。
「ありがとう、兄様」
「ふん……出来損ないにしてはよくやった」
「……嬉しい。兄様、褒めてくれた」
「褒めてなどいない」
そっぽを向くルジィナ。
遅れてフロッシュと、レニーがやってきた。フロッシュの方は余裕がありそうだったが、レニーはフラフラとした足取りだった。
「やったか?」
フロッシュが倒れたイヴェールを見上げながら、そう言う。
「……あの、フロッシュさん。あんまりそういうこと言わない方が良いと思うんだけど」
レニーが眉を潜めながらぼやいた。
四人でイヴェールを見る。
沈黙、していた。
しばらくして、バキッ、と木が割れるような音が響く。
イヴェールの方からだ。振動しながらバキバキと音を立てている。
ルミナはその音を聞いて、終わったと実感した。安心して、レギンエッジも鞘に納める。
ルジィナも持っている剣を仕舞った。
「はぁ、あれだけ攻撃叩き込んだのに恐ろしいな」
レニーがぼやく。
イヴェールの鱗を突き破って、巨大な
「災害級の出来事がやつにとっては羽化の為の運動なんだから。オレらの攻撃は脱皮の手伝いみたいなものだろ? 次元が違い過ぎて……ほんと、伝説上の生き物って感じ」
レニーの呟きに、フロッシュが頷く。
「しかし綺麗だな。この光景は」
黄緑色に光る、巨大な羽。蛇の体を突き破って、蝶が現れる。
イヴェール本来の姿だ。
黄色い、雪のような鱗粉を降らせながら、イヴェールが羽ばたく。不思議と羽ばたきによる暴風は起こらない。
ふらりと空に浮かび、そして来た道を帰っていく。まるで地上に浮かぶ月のようだった。
その姿が見えなくなるまで、全員がただひたすら、眺めていた。
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