冒険者と悪い知らせ
レニーがロゼアにやってくると、フリジットが真剣な面持ちで支援課の受付にいた。いつも通り忙しそうにしており、レニーは依頼を受けに来ただけなので掲示板の方へ向かおうとする。
隣の受付嬢がフリジットの肩を叩き、何かを囁く。フリジットはバッと顔を上げてレニーを見た。
当然目が合う。
いつになく真面目な顔で手招きされる。いつもなら笑顔なのだが、今日はよほど大事な話なのか、少しも表情を緩めなかった。
「やぁ、フリジット。どうしたんだい」
「レニーくん。今から応接室行ける? 仕事のキリがいいところで行くから」
戸惑いがちに頷く。
「左の一番手前が空いてるからそこね」
「わかった」
何かの依頼だろうか。
レニーは階段への扉を開けて階段をのぼり、応接室に入る。使用中の札を下げて、中で待つことにした。
部屋の中には誰もおらず依頼人らしき人物はいない。
しばらく待つとノックされた。
「はい」
「失礼します」
フリジットが入ってきた。部屋の鍵を閉め、仕切りを置き、レニーの真正面に座る。
大きく息を吸い、そして吐いた。
「ねえレニーくん。これから言うことをしっかり受け止めて、口外しないでほしいの。いい?」
「……わかった」
フリジットは数秒黙り込み、やがて意を決したのか、言葉を吐き出した。
「……ルミナさんが意識不明の重体で発見されたわ」
「……は?」
レニーの思考が停止した。
ルミナはソロのルビー冒険者だ。ワイバーンを始めとする化け物を真正面から叩き斬る、英雄に近い力を持つ存在。人によってはもう英雄のようにみられる。
そのルミナが重傷?
「今彼女自身のスキルと現場の医者でどうにかして命を繋ぎ止めてる状態よ」
「何にやられたんだ」
フリジットは首を振る。
「わからない。依頼されてたモンスターの討伐には成功してるの。依頼主のいる町で血だらけになって吊るし上げられてるところを発見されたわ」
「…………」
モンスターの習性か、それとも意図があってのことか。後者であるのなら人間にやられた可能性が高い。
少なくともルビー、カットサファイアの実力はある。
単独か複数かまではわからないが。
「ルミナはどうなる」
「これから医者を連れていくわ。私の元パーティーメンバーだから死ななければどうにかできる、はず」
「つまり助かるかどうかまではわからないってことか」
声を押し殺す。拳を強く握りしめる。目を閉じて、ゆっくり息を吐いた。
「それで、本題は」
「私とその人でルミナのところに行くわ。私はルミナを倒した敵の調査。キミにはルミナさんについていてほしいの」
「わかった。すぐに出よう」
「待って、まだ準備に時間がかかるの」
「どのくらい?」
「医者のほうが準備に手間取ってるの。だから早くても明日の朝とか」
「わかった。どこにいればすぐ出れる?」
「情報管理はギルドだからここにいればスムーズかも」
「明け方に来る。他に手伝えることとか共有できそうなことは」
「キミは待ってて」
きっぱり返される。レニーは立ち上がると応接室の仕切りを退かして鍵を開けた。
「……ごめん。少し気持ちの整理をつけておくよ。だから、頼んだ」
「レニーくん……」
扉を開けて、ギルドを出た。
○●○●
腕を組んで、何度も右足をゆする。
門の近くにある馬宿。その前に用意された馬車の傍でレニーとフリジットは人を待っていた。
フリジットが心配そうにレニーの顔をのぞく。
「えと、ごめんね。時間にルーズな人じゃないんだけど」
ここで合流するはずの医者が来ない。ギルドに早く来て、一時間ほど待ってから、フリジットと合流した。そしてこの馬宿の前で待ち合わせていることを聞き、移動したのだ。
だが、医者は時間を三十分過ぎても来ない。
「気にしなくていい。医者がいなけりゃ始まらない」
「……怒ってる?」
不安げに聞くフリジット。
「怒ってないさ。焦ってる」
頭をかいてから、ため息を吐く。
「ごめん」
「謝らないで。時間を守らないやつが悪いんだから」
「そうじゃなくて」
レニーは右足をゆするのをやめて、フリジットに目を向ける。
「いろいろ疲れてるだろ。なのに神経使わせて、ごめん」
「レニーくん……」
騒いだところでどうにもならないことはわかっている。ただ、頭でわかっているからといって、体や精神が追いつけるわけではない。
頭の中ではルミナがなぜそんな目にあわなければいけないのかという疑問が支配し、一睡もできなかった。
疑問の答えは至極単純だ。
冒険者だから。いずれそうなる。
誰もが明日は我が身と知りながら、見て見ぬふりで依頼をこなし続ける。そしてルミナが今回そうなっただけのことだ。
そうなる他人の姿を何人も見てきた。
ただそれでも、心が納得できなくて。そんな単純な理由で片付けたくなくて、ずっと疑問が付き纏った。
フリジットが手を握ってくる。
「きっと大丈夫だよ、ルミナさん」
「……そうだね。まだ生きてるし」
早朝の霧の中、その男は現れた。
まとわりついた海藻のような髪型をしている。ほっそりとした顔は真っ白い肌をしており、黒い隈を目立たせる。かけている厚底のメガネがやや下にずれている。目は眠たげで生気が薄い。
体も痩せていて猫背気味だ。肩幅が広いのか余計体が丸まってみえる。白衣を身に纏っており、その手には手提げタイプのバッグを持っていた。茶色に着色された革製のもので大きめのものだ。
その人物はレニーとフリジットの前まで来ると、ゆっくり頭を下げた。
「すまない。引継ぎに手間取ってね。仮眠をとったら遅れた」
低い、眠気を誘うような声だった。
「寝坊じゃないの、それ」
責めるようにフリジットが言う。
顔をあげて、男は首に手を置く。
「そうともいう」
「ぶん殴るわよ」
コキリ、と。フリジットが指を鳴らす。
「重傷なのはルビーの冒険者。重戦士と聞いた」
「だから?」
「フリジットと同じで「内功覚醒」と「外功覚醒」のスキルを持っているはずだ。前者は自然治癒を高め、後者は負う傷を軽減させる効果を持っている。聞いたところによると現地の医者もいる。どれほどの腕かは知らないが……しかし、息があるならそう簡単に死なないさ」
淡々と説明する男。
「悪いがわたしの背負っている命はひとつではないのでね」
「だからルミナさんを後回しにしたっていうの」
「そうだ」
フリジットが頭を抱える。男の視線がレニーに向いた。
「彼が、レニーかい」
「そうよ」
「遅刻してすまなかった。わたしはモートン・コンラット、医者だ。よろしく」
手を差し出される。
「レニー・ユーアーン。ルミナのこと頼んだ」
握手を交わす。
「あぁ。生きてるのなら必ず助ける」
手を離す。
「怒って良いからね?」
そう耳打ちするフリジット。
「それよりさっさと出よう。ルミナががんばれてるうちに」
ここで怒ったところで仕方がない。
今この時間で一刻を争うのがルミナだけではない。当たり前だ。そして医者は何人も抱えてる場合がある。
なら医者の判断に任せるだけだ。
縋れるのはそれしかないのだから。
レニーは固く拳を握りしめて、馬車に乗った。
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