冒険者と攻略
ファングは心の折れる瞬間を見るのが好きだった。堕落していくさまを見ていくのが好きだった。
女を食い物にするようなこのパーティーでファングが仲間であり続ける理由。
至極単純。己も食い物にしているからだ。
心の弱い者が現実を受け止められずに泣き叫ぶ姿も、仲間を目の前で殺されて絶望に落ちて薬と快楽に逃げる姿も、好きだ。
そんな嗜虐性を持つ彼女がリディアと呼ばれる新しい女を迎えて感じたことはひとつ。
コイツ、少しも怖がってない。
多少咄嗟の出来事に怯えるものの、現実感がないのか怖がってはいない。試しに地下牢の階に落として牢に閉じ込めてみたが大人しすぎる。
階段を降りる。
遊びに興じていたシガットがやっと落ち着いたのだ。
溺れきった女の反応なぞ面白くもない。
新しい女はどんな風に壊れていくのか、それがファングの楽しみだった。
暗い地下室に降りる。
いつあのパールの女は心が折れるのか。パールの女から話を聞いて、新しい女は少しは現実を取り戻しただろうか。
ゆっくり歩みを進めながら牢に近づいていく。
……妙に静かだ。
わざと足音を立ててみるものの、パールの女からの反抗的な息遣いも、疲れきったうめき声もしない。
早足になる。
鉄格子の扉にかけられているはずの南京錠がはずれていた。
「……なっ!」
急いで鉄格子を開ける。
パールの女は手枷を外されているが、逃げる気力がなかったのか、その場にいた。
問題は新しい女だ。
「おい、お前! さっきの女は」
「はいチェックメイト」
真横から声がしたかと思うと視界がぐるりとまわった。
グギリと、首から嫌な音が響き、地面に倒れる。
……は?
何も理解することなく、ファングの意識は絶たれ、そして永遠に戻ることはなかった。
○●○●
「はいひとり」
首をへし折ったファングの死体。それを壁際に寄せる。
単純に出るのに邪魔だからだ。
右目に眼帯をしていたから右側の死角から近づいて首の骨を折った。気配隠蔽と「サイレントクリエイター」という物音を立てづらくするスキルの補正もあり、完全に存在感をなくしていたレニーは相手に認識されていなかっただろう。
何が起こったか理解せずに死んだかもしれない。
「……こんな、こんな簡単に」
セツが両手を震わせる。
「まっ、気配消してたし不意打ち完全成功って感じだね。さて」
ファングの腰あたりをまさぐる。
「へぇーいい武器だね」
魔物の素材を使った大型ナイフ。牙のように反りがあり、暗闇の中でも刃は銀色の鈍い光を放っている。
ベルトごと鞘を奪い、自分の腰にベルトを巻きつける。
「武器ゲット」
「あ、あんた人殺して何とも思わないの?」
レニーは瞬きをして、セツを見下ろした。
「おや盗賊退治は初めてかい? なら今回限りにしといたほうがいい。きっと向いてないよ。なんでほとんどの依頼達成の条件に捕縛か殺害と書かれてるのか理解したほうがいい」
結果が悲惨だし。
レニーは殺すと判断したら即座にやる。やるかやられるかならばやる。
元カットトパーズの敵を意識を断っただけで安堵していられるほどおめでたくも余裕があるわけでもない。
「さて、パーティーはあと何人かな?」
「……さ、三人」
「シガットと後は誰」
「大槌使いのヴィッガーと、魔法使いのキンバ」
よし潰すチャンスがあるのなら魔法使いから潰そう。
「シガットは何使ってた?」
「剣と盾」
オーソドックスだな。
「ねえセツさん」
「な、何」
「魔法使いの使ってる部屋わかる?」
「知らない」
屋敷の中にいるとはいえ自由の身ではない。知らないのも仕方ないだろう。
「キミっていつもどこに連れてかれてたの」
「……屋敷の奥の広い部屋。女で遊ぶための部屋なのか、シガットの部屋なのか知らないけど。下手すれば誰もいないだろうし、下手すれば全員いる」
「案内して」
大型ナイフを担ぎながらレニーは言う。
「死ぬ気?」
「キミ、嫌いな人間が死ぬとこ見たくない?」
レニーは死んだファングの姿を指差す。セツはしばらくそれを眺めた後、頷いた。
「決まりだね」
セツに手を差し出す。セツはレニーの手を掴み、立ち上がる。
歩き始める。
セツの足取りは悪く、正直足手まといの雰囲気しかなかった。
それでも道案内は必要だ。
階段をゆっくりあがる。フラフラと軸の定まらない歩みで、それでもセツは階段をのぼった。
屋敷は広いが、普段使わない人間が勝手がわからないだけで造り自体はシンプルだった。二階に行き、大広間に出て、その奥の部屋が目的地だった。
大広間で何かしていたのか女が何人か倒れていた。全員恍惚とした表情を浮かべてる。
正直光景といい、臭いといい、まともにいられない。
セツが足を止めた。
「……どうしたの」
「仲間がいる」
「そ」
レニーは歩みを再開した。もう目的地についたのだ。正直、あとの事は知らない。
そして大きな扉を開く。
「おい、ファング。ノックをしろといったはずだが?」
責めるような声。しかしそこにはどこか甘ったるさを感じる口調だった。
容姿を見れば、なるほど。端麗であった。顔立ちは男らしくしかしシャープで、整っているのがわかる。輝く金髪も、青い瞳も、宝石のようだった。薄い布服の開いた胸元には胸筋が見える。
盗賊団でなく騎士団とかにいれば黄色い声援を浴びていただろう。
性根のほどはともかくとして。
「貴様……!」
レニーは笑みを浮かべた。
──コイツ非武装だ。
つま先に力を入れて、駆ける。
──
武器を使わずとも自分から一方的になぶれるのに、武器なんか持つわけない。ましてや、自分の家で武装なぞするものか。
その点、ファングは用心はしていたのだろう。もしくは、仲間を警戒していたのか。
ナイフを振るう。
「おわっ!」
腐ってもカットトパーズの冒険者か。咄嗟に一撃を避けられる。
それでも、武器がない。
「なんだ、貴様は!」
「リディアだけど」
「そんなわけあるか! 村娘がこんな……待て、ファングはどうした?」
レニーはベルトを叩き、ナイフを見せびらかす。
「わからないか?」
「貴様ァ!」
こんなクズでも仲間意識はあったのか、激昂する男は懐から笛を取り出すと吹こうとした。
考えるまでもない。警笛だ。
それをマジックバレットで破壊する。
「ギャッ」
「確認するけどキミがシガットで合ってるよね」
「く、くそ」
撃たれた右手を抑えながら逃げようと走り出すシガット。
レニーはシャドーステップで加速効果を付与すると回り込んだ。
「ヒッ!」
ナイフを振るって喉をかき斬る。
喉から血が噴き出し、ぐるりと白目を剥くシガット。
膝からゆっくりと崩れ落ちた。
「うん、チョロいな」
元冒険者らしいが最後にまともな戦闘をしたのはいつだろうか。
同等級は? 格上は?
突如襲撃された経験は?
おそらくないだろう。部下の騒ぎを聞きつけて武装、万全の状態で挑んでたに違いない。もしくはそもそも武装して出向いていたか、だ。
盗賊たちに守られているとはいえ、この屋敷はシガットのパーティーの家だ。
油断しきっている相手を襲って、負けるわけがない。
大広間に戻ると、セツが仲間らしき女性を抱きながら泣いていた。
「ごめんね……ごめん」
ただただ同じ言葉を繰り返していた。
レニーは無言でその場を立ち去る。レニーには襲いかかる絶望を払うことはできても既に絶望に落とされた人間を救うことはできない。
そういうのは冒険者の仕事じゃない。
残り二人。どうせそいつらも非武装だろう。
簡単な仕事だ。
「これなら
レニーの呟きは虚しく響くだけだった。
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