冒険者と早撃ち技術

「レニー、私に早撃ちを教えなさい!」


 ビシッ、と。

 音でも鳴りそうな勢いでメリースがレニーに指をさしてきた。


「は?」


 レニーは思わずそんな声を漏らした。フリジットに支援課業務の報告を行っていたところだったからだ。


 フリジットも目を丸くしている。


「フフン」


 見上げるように顔をレニーに向け、ご満悦の様子だった。


 遅れて酒場からノアが出てくると、その光景を見て苦笑いした。


「アタシってば敵を知らずに倒そうとしてたからいけないんだわ! 気づいたのよ、アンタのそのよくわからない撃ち方を知るべきだって」


 腕を組んで何度も頷くメリース。

 レニーはそっとフリジットを見た。


 断っていい?


 そう視線で尋ねたが、フリジットは目をそらした。


「わ、私も知りたいかなって。ほぼ見えないし」 


 両手の指先を合わせる。

 レニーはため息を吐き、ノアに視線を向ける。


「頼んだ」


 両手を合わせて、ノアが片目を閉じた。


「……まぁ、予行練習になるか」

「予行練習?」


 フリジットが顔を傾ける。


「バレットウィザードのクーゲルさんって人に撃ち方教えるんだよ。魔法教わるのと交換条件みたいなもんかな」

「あーあのおっさんか」


 ノアは知っているのか、納得したように頷く。


「誰」

「カットルビーの人さ、最近来たんだよ」


 メリースの疑問にレニーが答える。


「ベテラン中のベテラン。魔弾の射手、スキル名がそのまま異名になっている方です。良い方ですよ」


 腰に手を当て、指で虚空に円を描きながらフリジットが説明してくれた。


 そんなフリジットを見て、レニーはある疑問を抱く。


「フリジットってナンパされた?」

「え、なんで」

「キミ、キレイだし」


 最初の掛け合いを思い出しながら、レニーは考え込む。フリジットの反応を見るに、どうやらナンパされていないらしい。


「キ、キレイかぁ……えへへ」


 レニーは自身の腰にある杖に視線を向ける。

 ここ十数日クーゲルと関わっているが彼が女性に視線を向けることはあっても、口説くような様子はなかった。


 もしかして最初から目星をつけられていた?


「レニー」

「なんだい」

「きみ、ルミナに刺されないように気を付けなよ」

「なんでルミナ?」


 ノアは鼻で笑うと、呆れたように肩をすくめた。


「ノアも人のこと言えないわよ」


 じろりとノアを横目で見上げながら、メリースが低い声で言う。ノアはきょとんとして、メリースの肩を叩いた。


「大丈夫、俺ちゃんと決めてるし」

「な、何をよ」

「そりゃメリ」

「わーわーストップストップ!」


 語ろうとしたノアを、メリースが両手をぶんぶん振り回して口を塞ごうとする。ノアはいたずらっぽい笑みを浮かべて距離をとった。メリースは顔を真っ赤にして頬をふくらませる。


「そういうのっ、おおっぴろげに言わない! ダメッ、ゼッタイ!」

「えー」


 ノアはメリースに近づいて顔をおろす。耳元で何かを囁くと、メリースはあわあわと口を振るわせてアッパーを繰り出した。ノアはそれもひらりとかわす。


「いいなぁ」


 フリジットがそんな二人を見て呟いた。


「何が?」


 レニーが聞くと、フリジットは諦めたような笑みを浮かべて、「へっ」と声を漏らした。


「きっとレニーくんはそういう願望ないから分かんないと思う」

「フリジットはあるんだ、恋愛願望」

「わかってるんかい!」


 バン、とカウンターを叩くフリジット。レニーは勝ち誇ったように口角を上げた。


「顔見ればだいたいわかる」

「今度から仮面でもつけようかしら」

「ならしぐさと声音で判断するだけさ」

「うっわー趣味わるぅ」


 フリジットは自分の体をかばうようにして隠す。


「ま、恋愛事は踏み込み次第だろうさ。相手から見つける事だね」


 仲睦まじいメリースとノアの様子を眺める。

 

 ああいうところは、少しパーティーを羨ましく思ったりする。少しだけだが。


「な、中庭! 中庭行くわよレニー! ちゃんと教えてもらうんだから」

「フリジット、仕事は?」

「ありますとも。というか話しながら作業してるんだからね! 私は今度教えてもらえればいいかな」


 ずいっと体を寄せて、耳元に息がかかる。


「二人っきりでね」

「わかった。じゃ、行ってくるよ」

「うわー反応うっす」


 レニーは中庭へのルートを歩き始めるメリースとノアについていく。

 握りしめた手は汗がにじんでいた。


 掲示板と受付の間の空間に扉。そこを開けて廊下に出て、正面の医務室ではなく、右の階段を通り過ぎ、奥へ進んでいくと中庭にたどり着く。

 中庭では冒険者が模擬戦をやっている。魔弾を撃つだけのスペースはあった。武器のロッカーにカットラスを放り込んで鍵をかけて中に入る。メリースはレニーの隣でふんぞり返った。ノアは中庭の外の通路で観察するようだった。


「じゃ、教えるよ」

「よろしく」


 レニーは頷き、杖に手を伸ばした。


「……手は開く」


 左手を開いたまま、添えるように置く。持ち手に触れるか触れないかで留め、姿勢を低める。


「姿勢は落として狙いを定める」


 適当な仮想敵を浮かべ、頭を狙う。


「狙いを決めたら、握る」


 持ち手を握り、ホルスターから引く。


「後ろに引くんだ。だからホルスターは引き抜きやすい構造と仕組みにしてもらってる」


 低めた姿勢を正しながらやや後ろに体をそらしつつ、左腕を引いて杖を抜く。

 そして引き抜いた杖のシャフトの先を仮想敵に向ける。


「魔力の流れは?」

「手を添えるまでに巡らせておく。あとは魔力射出のスキルで一気に放ってる」

「見せて」


 レニーはホルスターに杖を戻すと、同じ動作をした。握り込んだ左手をパッと開き、そこに魔力を流し込む。そして杖を持ち、引き抜く。

 シャフトの先が正面に向けられた瞬間、魔力が瞬いた。かなり魔力を抑えたので魔弾になる前に光として弾けるだけだった。


「ふーん」


 メリースが手を差し出す。


「じゃ、貸して」

「……やるの?」

「やらないとわからないじゃない」


 レニーはベルトを外し、メリースに渡す。

 メリースは四苦八苦しながら腰にベルトを巻き付ける。


「メリースには大きいんじゃない」


 からかうようにノアが言うが、メリースはベルトに視線を注ぐだけだった。


「……レニー」

「なんだい」

「アンタ、スタイルいいのね」


 若干気落ちしたような声だった。

 メリースは何度もレニーと同じ動作を繰り返し、段々コツを掴んだのか早くなっていく。


「そうそう」

「アンタ、なんでこんな技術身に着けたのよ。というかどこで身に着けたの」

「……自然と、かな」


 特に誰かに教わったわけではない。カットラスを使う上でサブの攻撃手段としてマジックバレットが性に合っていて、使いやすかっただけだ。


 最初の方は指でやっていたし、その後は短杖でなるべく持ち手が斜めか真横のものを使っていた。


 やがて短剣用の革製ホルスターに杖を差し込むようになり、度々杖を壊し、ホルスターを合うものに変え……最終的にたどり着いたのがエレノーラが造ってくれた杖とホルスターだった。


 レニーの冒険者としての唯一無二の技術だ。


「世界は広いわね」


 真剣な顔で、メリースは早撃ちの動作を繰り返す。


「魔力を流し込んで」


 そして撃った。


 真下に。


 閃光のみだったのでどこも傷つかない。ただ、真下に撃たれたということはわかった。

 なぜならメリースが引き抜いた時点で魔力が射出されたからだ。


 そう、早撃ちの速度でマジックバレットを撃とうとするとそうなる。魔力の流し込むタイミングを間違えて、引き抜いた瞬間か、掴んだ瞬間に暴発するのだ。


「シビアね」


 今度はゆっくり。わざと流れを確かめるように順々に撃つ。


「構えて、抜いて、撃つ。構えて、抜いて、撃つ」


 何度も呟き、動作を繰り返す。


「構えて、抜いて……」


 深呼吸し、杖を掴む。


「撃つ!」


 今度は正面に向けて光が瞬いた。


「お見事」

「はぁ。よくわかったわ。アンタこの技術だけは超一流ね」


 ため息を吐きながらベルトを外す。そしてレニーに返した。


「アンタは一秒すらかからずにほぼ同時くらいで連発してたわ。アタシのは断然遅いし一発」

「撃てるだけセンスあると思うよ。極めてみる?」

「いやよ。魔法を極めたいのであってアンタなんて通過点なんだから。魔書で絶対勝ってやる」


 レニーはベルトを自分の腰に巻き付ける。


「その、ありがと。参考になったわ」


 顔をそらしながら小声で、メリースは呟いた。

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