パトロンの話

冒険者と鍛冶屋

 月の終わり頃のことだ。


 レニーはサティナスの町を歩いていた。サティナスの城下町は入口である門を通り過ぎると露店が並んだ道を進み、中央の広場にたどり着く。その中心の噴水から見て真正面がロゼアとなる。


 広場から左右と、ロゼアを避けるように正面に二つ、計四つ道がある。レニーはその広場で左奥の道へ進んでいた。進み続ければ港にたどり着くが、レニーは入り組んだ道を慣れた足取りで進む。


 実際、毎月通る道だった。


 ある建物の前に立ち止まる。看板は金づちのイラストと鍛冶屋の文字が掘られていた。その扉を開き、中へ入る。


「いらっしゃいませ」


 愛想のいい娘が笑顔で出迎えた。店を入って右側に階段、正面にカウンターがある。

 カウンターはショーケースとなっている。中には包丁や砥石、鍋などが並べられていた。日用品を扱っている鍛冶屋である。


「店員さん、ジンガーいる?」

「親方ですか。少々お待ちを」


 店員はカウンターから出て階段を上がっていく。そして数分後、ガタイの良い男が店員と降りてきた。


「おう、レニーか」


 赤茶の角刈りの髪に、切りそろえられ整えられた髭。レニーが見上げるほどの背丈に、レニーの二倍はあるであろう筋肉。ジンガー、鍛冶屋の主人である。


「武器の手入れか」

「うん、頼むよ。これお金」


 ジンガーが広げた差し出した手の上に硬貨の入った袋をのせる。武器の手入れの為の料金と、プラスして支援金も含まれている。

 レニーは毎月、鍛冶屋に支援金を渡していた。パトロンというやつだ。


「助かるぜ」


 ジンガーが中身を確認し、店員に渡す。店員がカウンターに戻っていくのを確認して、レニーは肩ベルトとホルスターを外した。


 マジックサックだけ背負い、外したものを全てジンガーに渡す。


 カットラスは刃の手入れ、状態が酷い箇所はパーツごと取り換えになる。杖は鉄が使われている部分だけを確認し、交換の必要がなければ返される。ベルトとホルスターは修理が必要ならしてもらえる。ただ、他の業者を頼る場合もあるので一番時間がかかる。


「今回はカットラスとベルト類だけだな。杖は平気そうだ」

「いつ来ればいい?」

「優先してやる。三日後ってとこだな。金入れていた革袋もそのときでいいよな」


 レニーは頷く。


「助かるよ。追加料金あればその時に言ってくれ」

「おう、待ってるぜ」


 要件を済ませたレニーはマジックサックを担ぎ、杖を持って外に出た。


「あれ、レニーくんじゃん」


 外に出ると、フリジット・フランベルがいた。ロゼアで受付嬢をしている、銀髪の少女だった。


「レニーくんもジンガーさんの鍛冶屋で包丁とか見てもらってるの?」

「いや、武器」

「うっそ!」


 フリジットは大きく踏み込んで詰め寄ってきた。ふわりと、さわやかな香りが鼻を抜けていく。香水か、洗髪用の石鹸の匂いだろう。


「ここ、日用品専門だよ? そりゃ、先代は武器つくってたし、今も腕がめちゃくちゃいいから武器つくってほしい人も結構いたけどさ」

「支援してるし、ここの仕入れ先の依頼も受けたりしてるからね。見返りさ」

「パトロンなんだ、珍しい」

「解体用のナイフとか、武器以外も全部ここのお世話になってるし、ないと困るんだ。それよりここに用なんじゃないの」

「包丁一式買おうと思って。冒険者時代の癖で一本で全部やってたんだけどやっぱり一通り揃えたいんだ」

「へぇ。料理するんだ」

「料理……えと、ま、まぁね」


 なぜか目をそらされる。


「レニーくんはこの後帰るの」

「いや、錬金術師の店行って杖見てもらうけど」

「その特殊なやつか。ほうほう」


 顎に手を当て、頷く。手に持っている杖に向いていた。


「何。というか顔近いんだけど」


 後ずさる。


「ほう、顔が近くて何か困ることでも」


 ずいっと、離れた分詰め寄られる。


 視界を専有するフリジットに、一瞬ドキッとする。視線を独占するようなオッドアイの瞳に、いたずらっぽい笑み。間近で感じる息遣いに、香り。いつもと違うカートルの私服……目立たないようにしているのか女性が一般的に着ている腕回りなどがベージュで、胸元からスカートまでが茶色の物を着用している。


キチッとした制服と違い、丸いネックラインで胸元が若干緩く、白い肌が眩しかった。腰回りにベルトを巻いているのもあってボディラインが強調されている。


 誤解されたくなくて、顔を全力で逸らす。


 依頼の時は仕事先の人間と割り切って会話出来ていたが、こう距離を縮められるとどうしても意識してしまう。


「……キミは誰にでもこうなの」


 おそるおそる尋ねると、きょとんとされた。

 それから、困ったような恥ずかしそうな、そんな顔をする。


「レニーくんだけだよ」


 思考が固まった。どう返答すればいいかわからず、顔を真正面から見る。


「もしかして見とれちゃった?」


 顔を覗き込まれる。

 レニーは両手をあげた。


「とりあえず離れてくれ。圧が凄い、気負いする」

「ちぇ」


 ぷくりと頬を膨らませて、フリジットは少し離れた。


「ところで私、レニーくんの秘密が知りたいのです」

「秘密? 具体的に何を」

「例えばその杖とか」


 フリジットは人差し指を立ててウインクする。


「なので、錬金術師のところについていきます」

「いいけど。包丁は」

「今度じっくり選ぶことにするよ。それで、どこなのかな」


 鼻歌まじりに歩き出したフリジットに、レニーはついていくことにした。


「そこ右ね」

「まさかの道案内!?」


 その後はしっかり前を歩いた。

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