冒険者とダンジョン

 レニーのスキルの中に「フクロウの目」というものがある。


 夜目を良くし、見えづらいものを見えやすくするスキルだ。基本的に夜になれば発動を実感するものだが、暗闇であればどこでもいい。


 それを駆使しながら、レニーは中を捜索していた。


 ダンジョン探索だ。


「いや、さすがローグのロールだ、中途半端にいろいろ取っているだけあるな」

「ちょっとジェックスさん。言い方ってものがあるよ」

「すまんすまん」


 今、レニーはジェックスのパーティーと共同の依頼を遂行中だった。


 ――トパーズの冒険者がひとり必要なんだ、頼む。


 頭を下げてきたジェックスの姿をレニーは覚えている。ギルドではフリジットはおらず、レニーは久々にソロで依頼でも受けようと思案していたときだった。


 依頼を受ける条件は等級だけではない。経験と実力からこういった役割の人間が何人必要、または補う場合はこの等級の冒険者が必要等、依頼を達成させる為の条件が細かに決められていることもある。


 ジェックスのパーティーでは条件を満たせなかったのだろう。


 暗闇の中でレニーは視線を後ろに向ける。「ライト」の魔法を発動させている気弱そうな少年は魔法使いだろう。この依頼を達成するために何が必要か心得ているらしい。使っているライトの魔法も杖は使用せず、最低限の明るさで足元が確認できるようにしている。明るすぎるのも返って危険だからだ。


 前衛で戦士のジェックス、大柄で恐らくタンク役の男。そして、回復担当であろう祈祷師。前衛二人に後衛二人。悪くはない。


 今回引き受けた依頼は「魔物モンスターの巣の探索」。分類としてはダンジョンの探索に入る。何の魔物の巣かというと、ムネアカメガバチというハチの大型モンスターだ。メスには羽根があり、オスには羽根がない。アリのように地面に巣をつくるので度々調査対象や討伐対象になる。


 人が通れそうな空間が巣にあるのは、ムネアカメガバチもまた最低限その広さが必要だからだ。ムネアカメガバチは人とさほど変わらないサイズだ。顎で人間の体を真っ二つにもできる。


 オスは食料を集め、メスは卵の寄生対象を探す。


 メスは子どもを他の動物に寄生させる。寄生した母体の免疫能力などで卵のまま死ぬ可能性も高いが、羽化し順調に成長すれば内側から食い破って出てくる。小動物から出てくることがほとんどで、他の生物に寄生して羽化まで成功する確率は低いと言われている。人間の場合は魔法で治療されたり、免疫機能が働いて高熱を出した母体の体温に耐えきれず死ぬのがほとんどだ。ゆえに、寄生はさほど危険視はされていない。


 女王バチという概念はこのムネアカメガバチにもある。一つの巣に複数体存在することもあるが、今回の巣の規模では一匹だと考えられた。女王バチは自ら子どもを産むことが出来る個体で新たな女王と共に数体の子どもを産んで死ぬ。その女王バチの討伐、または巣の形状のマッピングが今回の仕事の目標だ。


 ムネアカメガバチの戦闘力は一匹でパール一人ほど。巨大化した弊害か関節部分を叩けば無力化させやすい。


 ただ、いかんせん数が多い。トパーズの冒険者とはいえ、同時に相手ができるのは三体か、良くて五体だろう。巣の中であれば最低数の三体と考えたほうが良い。メスの奇襲や仲間を呼ばれることを考えると長期戦は避けたい。


「いた」


 女王バチが広まった空間で鎮座していた。大きく膨れ上がった腹で、まともに動けない。


 その両サイドにオスとメス、一匹ずつが護衛バチがいた。他のハチが外に出る昼を狙ったのだ。数が少ないのは当然だ。だがそれでも、パール冒険者だけでは巣の対応ができない。その理由がこの護衛バチの存在にある。護衛バチは通常よりも大型なのが特徴だ。カットトパーズの冒険者でも苦戦することがある歴戦個体な為、パールには危険度が高すぎる。護衛バチはほとんどの場合、女王バチの傍を離れない。


「いくぞ、ガーシェ、ブライグ、テンダ」


 ジェックスがタンク、祈祷師、魔法使いをそれぞれの名を呼ぶ。


 まずタンクのガーシェが仕掛け、気づかせる。オスが攻撃をしてきたところで大盾で防ぎ、他のハチもガーシェを注視させる。メスがガーシェを襲おうとするも、ジェックスが斧を振るい、けん制する。祈祷師のプライグは支援魔法で二人にバフをかけ、魔法使いのテンダが火魔法の準備をする。


 女王は火で燃やすのが一番良い。


 このまま任せていても女王は倒せるな、と思ったところで、テンダの頭上の影が濃くなった。


 オスのハチが天井から落ちてきた。護衛バチだ。敵に備え、潜んでいたのだ。


 レニーはホルスターから杖を取り出す。狙いは当然、テンダを狙ったハチだ。


 魔弾を三発。時間差なしに撃った。


 ハチの攻撃をずらすために頭楯とうじゅん、ダメージを与える為に腹部、吹き飛ばすために中胸に当てる。ハチはそれでも着地はし、目前となったテンダを食い殺そうとする。


「ファイアボ」


 テンダは本来、女王バチに撃つ「ファイアボール」の魔法を眼前のハチに撃とうとする。咄嗟の判断としては正解だ。


「任せて」


 テンダが魔法を発動させる前に、レニーが言葉で制した。テンダとハチの間に入り、カットラスを引き抜く。


 カっと開かれた顎に向けて、カットラスを振り下ろした。


 カットラスは顎によって挟まれ、動きを止める。ハチは前足を上げ、爪で攻撃してきた。


「シャドーハンズ」


 レニーが魔法を発動させた。レニー自身の影から二本の黒い腕が出てきたかと思うと、爪を掴み、食い止める。


 下顎に杖の先を差し込むと、魔弾を発動した。


 頭が弾け飛び、ハチが絶命する。


 レニーはカットラスを地面に叩きつけ、顎の破片を外しながら屈む。


「今っ」


 射線上の障害がなくなったファイアボールが放たれる。魔法は直撃し、女王バチは炎上した。

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